短編ア・ラ・モード

ゆぶ

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旗ふる少年

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 海のまんなかに、島があった。
 そして、このまんなかの島をとりかこむように、三つの島がそんざいしていた。もうひとつ島はあったのだが、ある日とつぜん、あとかたもなく消えてしまった。
 まんなかの島には、ひっきりなしに三つの島から船がやってきていた。いちばんにぎやかなのは、やはり朝だった。朝市と呼ばれるその時間には、それはもう活気にあふれた声があちらこちらから島じゅうに響きわたっていた。
 まんなかの島の中央には、まっしろな灯台があった。夜はめったに船はまんなかの島には来なかったが、灯台の夜のあかりは世界の果てまでにもとどくほど光っていた。
 
 三つの島には、それぞれ名前があった。悲しみ島。怒り島。楽しみ島。悲しみ島の商人が買うのは、楽しみという感情だった。怒り島の商人が買うのも、楽しみという感情。だからいま、楽しみは、かつてないほどの高値で取引されていた。最近、喜び島が消えてしまったことが、楽しみが高値になってしまったその要因だった。
 では、楽しみ島の商人が買うのはなにかというと、それは悲しみと怒りの両方の感情だった。それでいまはなんとか、この世界は以前のような平和さはないにしても、どうにかこうにかバランスがたもたれていた。
 悲しみや怒りは、海をわたることによって無害化した。楽しみ島の住人にとっては、そのみかえりをもとめない行為によって、日々の暮らしをより豊かにしていたのだった。
 いっぽう、悲しみ島や怒り島の住人たちは、わずかながらでも楽しみをとりいれることで、あれることなく暮らすことができていた。
 しかし、あまりに楽しみの感情がつかわれすぎてしまってがために、楽しみ島の面積がもうほんの残りわずかとなってしまっていた。
 これをうけて、まんなかの島のひろばでは会議がひらかれた。
 まんなかの住人は、中立でけんめいな人々ばかりだったが、それでもこの問題についてはこれといった解決策をなかなか見つけることはできずにいた。会議はやがて、答えを見つけられないまま、時間ぎれとなって終わった。
 そうして、数日後にはついに、楽しみ島はその姿をかんぜんに消してしまったのだった。
 それによって一気にバランスをくずしてしまったこの世界は、いくにちも、はげしい嵐の日々がつづいた。
 そんなある日、まんなかの島に、ひとりの少年がどこともなくあわられた。そして少年は、灯台のとおくを見渡せる踊り場に立ち、持っていた旗を、やさしくふりはじめたのだった。
 少年の旗ふりによって、ふしぎなことにあんなにはげしかった嵐はやみ、そのあとにはきれいな青空がひろがって、世界はふたたび平和な日々をとりもどしたのだった。
 
 美野里(ミノリ)は小学三年生。
 美しいお姫様の伝説が残るおおきな湖があるこの町で生まれ育った。
 美野里のお母さんは病気で、とおくの病院に入院していた。美野里のお父さんさんは市役所に勤めていた。観光案内課というところの主任をしていた。この湖で毎年夏におこなわれる花火大会も、お父さんが担当していた。
 その花火大会を親子三人で見るのが、美野里のいちばんの夢であり、そしていちばんの楽しみでもあったが、お父さんは担当なので花火大会の現場にいなければならず、その夢はまだかなえられずにいた。
 お母さんが入院した夏は、美野里は家でひとり、打ちあがる花火の音だけを聞いてすごした。
 今年の夏休みも、あっというまに終わり、秋になった。そんなとき、美野里のクラスに、転校生がやってきた。栗色のやわらかそうな髪をした、やさしそうな顔をした色の白い少年だった。先生が黒板に『野崎真守』と書いた。きのう席替えがあって、美野里のとなりに席ができていて、そこにその少年が座ることになった。
「のざきまもるです」
 少年は席につくなり、美野里にそう自己紹介した。
「はやかわ、みのりです」  
 美野里ははずかしそうに、そう答えた。
  
 それからふたりは、いろんなことを話した。
朝、授業がはじまるまでと、昼、給食が終わってから午後の授業がはじまるまで。それから夕方、学校からの帰り道も。
 真守の家は、美野里の家からさらに二キロほどはなれていた。学校には美野里の家のほうが近かったので、いつも美野里は、真守が見えなくなるまで家の前の道で見送った。真守はときたまふりむいて、手をふった。そのたびに、美野里は手をふりかえし、真守もまた、手をおおきくふりかえすのだった。
 いつしか真守が朝、美野里の家にむかえにくるようになった。お母さん入院してから、美野里は寝起きがとてもわるくなったので、いつもお父さんが起こしにいき、美野里がボサボサの頭で玄関のドアを出てくるのが日課になっていた。
 そんな美野里の姿を、真守はただ微笑んで見ているだけだった。美野里と真守は、登校とちゅうにあるコンビニで朝食用のパンとパック入りの牛乳を買って、近くの公園でそれを急いで食べるのがふたりの秘密めいた楽しみになっていた。
 真守のお父さんは新聞記者で、ほとんど家には帰って来なかった。いわゆる事件記者で、
警察署のそばのマンションのなかの新聞社の出張所でいつも寝泊まりしていた。
 真守のお母さんは、いまは実家にいた。真守の弟が、もうすぐうまれるからだった。さらには真守のお父さんが帰ってくるのは三日に一日くらいで、それでもその日は掃除や洗濯や三日分の食料などの買い出しについやされて、真守と話す時間などはまるでないような状態だった。

 まんなかの島では、また活気をとりもどしつつあった。あたらしい楽しみ島が誕生したからだった。できたばかりだったが、そこにはすで人々が暮らしはじめているようだった。
 今日はじめて、楽しみ島からまんなかの島に船がやってくることになっていた。旗ふりの少年がおおきく旗をふって、楽しみ島からやってきた船をうれしそうに案内していた。
 
 真守が、大きく手をふっていた。美野里も、手をおおきくふりかえした。道のむこうに真守が消えると、ようやく美野里は、家に入っていった。
 
 美野里は自然とハミングしていた。ごはんの用意をはじめる。手をきれいに洗って、お米をジャーに入れる。無洗米なのでとがなくていい。おかずはお父さんが帰りに買ってきてくれる。今日はなにかな? ハンバーグだったらいいな。チキンカツでもいい。お父さん、つかれてて忘れないかな? でもだいじょうぶ。レトルトのカレーがいくつかまだ残っているから。真守くんの夕食はなんだろう? 今夜もいつものコンビニのお弁当かな? それともスーパーのお弁当かな? お母さんがいれば夕食におまねきできたのにな。ああ、はやくおおきくになりたいな。おおきくなって、うふふ、真守くんのお嫁さんになって、おいしいお料理いっぱいつくってあげたいな。ううん、そうだ、おおきくなるのを待ってる必要はないよね。いまからでもがんばってお料理つくれるようになればいいんだ。火のあつかいは気をつけて。それだけはほんと気をつけないとね。お料理の本、買わなきゃ。図書館で借りたほうがいいかな。でも返さなきゃいけないから、やっぱり買ったほうがいいな。きっと見ながらつくると思うし、きっとよごれちゃうから、次に見る人にわるいものね。ああ、こんなことなら、お母さんのお手伝い、うんとしておけばよかったな。お手伝いしながら、お料理おぼえられたのにな。あっ、もうこんな時間。お風呂わかしておかなきゃ。それからそれから、うんと、あれ、なんだっけな、うふふ、おかしい、お風呂わかして、なにやるんだったけなわたし、うふふ………

 まんなかの島は、かつてないほどの活気にあふれていた。なんたって、喜び島があらたにうまれたからだった。灯台の旗ふりの少年が、こっちこっちと飛びあがって、喜び島からの船をみちびいている。少年は、ここに来られたことがうれしくてたまらなかった。そして、ここでいっしょう、船のために旗をふっていたいと思っていた。

 朝、道のむこうで、真守がこっちこっちと手をふって美野里を呼んでいる。あいかわらず美野里の髪の毛は寝ぐせがついている。そんなことを気にするよりもはやく、美野里は、真守のもとに駆けよっていきたかった。駆けていくその顔は、あふれんばかりの喜びに、みちあふれていた。

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