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十二 ぴぴっぴぴぴぴぴ
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アリフレートに謝る機会は、早くに訪れた。
その日、あたしは昼食を終えて学院の裏手の倉庫でニッキからの手紙を読んだ。ニッキの優しい手紙にすっかり満足して、暖かい気持ちでアリの巣にパンくずを降らせていると、すぐ隣の木の上から口笛が聞こえてきた。『アリの行進』という童謡だ。
振り仰ぐと、そこにアリフレートがいた。こちらを見下ろして、上手に口笛を吹いている。隣に住むおばさんに器用貧乏と言われたことがあるあたしは、口笛も結構吹ける。あたしはさっそくアリフレートに合わせて一緒に口笛を吹きだした。『アリの行進』は十番まである曲なので、あたしは夢中になって最後まで吹き続けたのだが、途中でアリフレートは演奏をやめたようだった。あたしの方は一通り吹き終えてからもう一度枝を見上げた。アリフレートは木の上で器用に読書をしていた。
あたしはもう一度口をすぼめると、口笛で「殴ってごめんね」と言うことにした。
「ぴぴっぴぴぴぴぴ」
と鳴らすと、彼は
「ぴーぴ」
と返した。たぶん、「いいよ」と言ったのだろう。
あたしは木によじ登ると、アリフレートの座る木の枝の隣に陣取った。相変わらず陰気な肌色で、糸のように細い気だるげな目をしていた。
怪我してない?と口笛で聞いた。
「ぴぴぴぴぴぴ」
すると彼も口笛で「平気」と答えた。
あたしは主に彼の頬を殴ったり叩いたりしたのだが、見た目に腫れているわけではなかった。それに頬をすぼめて口笛が吹けるところを見ると、顔にひどい痛みがあるというわけでもないのかもしれない。
アリフレートの読んでいる本は、あたしも読んだことのある小説だった。あたしはその小説で好きだった台詞だとか、その時代背景にあこがれをもっていることなどを、口笛で話した。そして、まだ彼が読み進めていない箇所についても触れてしまったかもしれないと思い、少し黙った。
するとアリフレートが、
「ぴぴぴぴっぴぴ、ぴぴぴ」
と口笛で返してきた。正直、何と言っているのかてんでわからなかった。でも口笛はいつまでも鳴り続き、あたしは途中で飽きてきたが、適当にぴ、ぴ、と相槌を打っていた。やがて予鈴がなったのをいいことに、
「あ、昼休憩が終わるね。もう帰るよ」
と言って木から降りた。最後に、やはり言葉で
「殴ってごめんね」
と一応言った。伝わっていなかったらいやなので。アリフレートも今度は言葉で、
「いいさ」
と言い、木の上からあたしに手を振ったのだった。
その日、あたしは昼食を終えて学院の裏手の倉庫でニッキからの手紙を読んだ。ニッキの優しい手紙にすっかり満足して、暖かい気持ちでアリの巣にパンくずを降らせていると、すぐ隣の木の上から口笛が聞こえてきた。『アリの行進』という童謡だ。
振り仰ぐと、そこにアリフレートがいた。こちらを見下ろして、上手に口笛を吹いている。隣に住むおばさんに器用貧乏と言われたことがあるあたしは、口笛も結構吹ける。あたしはさっそくアリフレートに合わせて一緒に口笛を吹きだした。『アリの行進』は十番まである曲なので、あたしは夢中になって最後まで吹き続けたのだが、途中でアリフレートは演奏をやめたようだった。あたしの方は一通り吹き終えてからもう一度枝を見上げた。アリフレートは木の上で器用に読書をしていた。
あたしはもう一度口をすぼめると、口笛で「殴ってごめんね」と言うことにした。
「ぴぴっぴぴぴぴぴ」
と鳴らすと、彼は
「ぴーぴ」
と返した。たぶん、「いいよ」と言ったのだろう。
あたしは木によじ登ると、アリフレートの座る木の枝の隣に陣取った。相変わらず陰気な肌色で、糸のように細い気だるげな目をしていた。
怪我してない?と口笛で聞いた。
「ぴぴぴぴぴぴ」
すると彼も口笛で「平気」と答えた。
あたしは主に彼の頬を殴ったり叩いたりしたのだが、見た目に腫れているわけではなかった。それに頬をすぼめて口笛が吹けるところを見ると、顔にひどい痛みがあるというわけでもないのかもしれない。
アリフレートの読んでいる本は、あたしも読んだことのある小説だった。あたしはその小説で好きだった台詞だとか、その時代背景にあこがれをもっていることなどを、口笛で話した。そして、まだ彼が読み進めていない箇所についても触れてしまったかもしれないと思い、少し黙った。
するとアリフレートが、
「ぴぴぴぴっぴぴ、ぴぴぴ」
と口笛で返してきた。正直、何と言っているのかてんでわからなかった。でも口笛はいつまでも鳴り続き、あたしは途中で飽きてきたが、適当にぴ、ぴ、と相槌を打っていた。やがて予鈴がなったのをいいことに、
「あ、昼休憩が終わるね。もう帰るよ」
と言って木から降りた。最後に、やはり言葉で
「殴ってごめんね」
と一応言った。伝わっていなかったらいやなので。アリフレートも今度は言葉で、
「いいさ」
と言い、木の上からあたしに手を振ったのだった。
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