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4. 神殿
8. 干滝殿の主、死ぬべくにたらずやと思ふに
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廂に通されたゆっぴぃは戸惑っていた。どうも宛木がまだぷりぷりしていて、粗雑な対応をしたらしい。
「なかなか迫力のある女房だね」
「申し訳ない」
「いやいや。ああ、こうして御簾を通すとタキも立派なお姫様に見える。ははは」
烏帽子をかぶり、着慣れた体で直衣をまとうゆっぴぃこそ立派な貴族だった。心なしか話し方が丁寧になっているし、顔立ちからも単純さが拭われて、賢そくて複雑な事情のありそうな大人に見える。直衣というのは人の素直さを隠してしまうものなのらしい。
それでもゆっぴぃはやはり親切者らしく、参内の後、お昼ご飯も食べずにここへ来てくれたという。小雨も降っているというのにありがたいことである。春風のようなゆっぴぃの訪れはぎすぎすした干滝殿の雰囲気を清々しくしてくれている。
私たちは半分ご飯のようなおやつを食べながらしばし近況報告をしあった。彼がこんなに忙しいのに、在命は師永津の報告をすべてゆっぴぃに任せきりだと言う。出勤もせずに遊び惚けているため、先週とうとうゆっぴぃの堪忍袋が破れて大喧嘩をしたらしい。二人の周辺は相変わらず賑やかである。
私の方も梅太郎が都を離れていることを伝えた。
「そっか。在命さんは次の臨時除目で梅太郎殿を治部省に推薦しようとしていたんだ。彼はとっつきづらくて変わってるけどとても優秀だとわかったからね。でも都にいないんじゃ、根回ししづらいなぁ。いつ帰ってくるの」
知らない。絶間がつぶれて金輪際帰ってこないかもしれない。でもそう言うわけにもいかず、私はただ小さく首を振った。ゆっぴぃはちょっと考えてから、おどけた声で言った。
「それにしても、早くも夜離れか。タキも淋しいねぇ」
「別に、大丈夫だよ」
「素直になりなよ。ほら、知っての通り俺も淋しい。タキに振られて、その上毎日仕事漬けでさ。食事をとる時間もあんまりなくてさぁ」
「麦縄だよ。麦縄をちゅるちゅるっと食べればいいんだよ。すぐにお腹に落ちてくから、時間を取らないでしょ」
「俺、あれ以来麦縄が苦手なの」
「ふふふ。お腹痛そうだったものね」
雲行きが怪しくなりそうな話も、ゆっぴぃのさりげない気遣いと話術のおかげで活気を取り戻し、すっかり食べ物もなくなった。そこで宛木に、今度はもっとおやつらしいものを補充してほしいと頼んだ。宛木は相変わらず仏頂面だったが、しずしずと母屋を出て行った。
宛木が去ると、さて、とゆっぴぃが両手を組みなおしながら座に直った。
「呼んでくれたのは、抜け子の件だよね」
急な話の展開に、思わず口を引き結ぶ。
「昨日一昨日と水面下で動きがあったようなのは察知していたんだ。だから今日タキから文をもらってピンときた。連絡をくれてありがとう」
これはなんたること。つまり私がゆっぴぃに連絡などを取らなければ、抜け子と私が接触を持ったことも見透かされず、すべて水面下で行われたかもしれないということか。藪をつついて蛇を出す、余計なことをしてしまったのものだ。
「神子たちはあまり世を知らないから、これまで多くの出奔者が行き倒れになっているんだ。今回はかなりの数の出奔者がいるようで、治部卿も心を痛めていてね。治部卿はとても心の優しい方なんだ」
私は耳がいいので聞き取れるのだが、じぶきょう、と言うときに心持ち声が丁寧になっているし、尊敬しているのだろう。師永津では根無し草のように放浪していたからそうとは思わなかったけれど、真摯に仕事をしているのだな。私は自分の唇を指でつまんだ。
この調子だと当然ゆっぴぃは手助けをしてくれないだろうし、今から私が舟の手配をしようにも、やることなすこと見張られて、最終的に神子たちは治部卿の差配で神殿に引き戻されてしまうだろう。
しばらく考えた末、私は話し出した。
「これから六日の後……」
でたらめを言って、時間を稼ぐしかあるまい。
「河鹿沢に馬を八頭用意してほしいと頼まれました。それから圧戸の国司へ身分不詳の者を世話するように話を通してほしいそうです」
口からでまかせなので、いかにも計画性がない道のりになっていてないといいのだけれど。
今回の件を最初にゆっぴぃから聞いたとき、私は不干渉を保ちたかった。手伝いもせず、邪魔だてもしない。脱走する具体的な理由があるのかはわからないが、衝動的に神殿から逃げたい気持ちというのはわからなくもない。でも、私だったらしない決断だ。できなかった決断でもある。出奔した神子に対して、薄暗い感情を抱くことを抑えられない自分がいる。
ただ、やはり同じ釜で飯を食った者同士、外部の人にはわからない感情を否応なく共有してしまっているのだ。世俗側の人に対する敵愾心のようなものがそこには確かにある。手伝いはできないが、誰かに密告したりして邪魔はしないでおきたかった。ところが今の状況を鑑みるに、すでに私は神子たちの邪魔をしてしまっているらしい。ゆっぴぃの方の追跡も邪魔して、五分にしてやらねば。
突如ゆっぴぃが大きく咳ばらいをした。やましいことを考えている私は、思った以上にびくついてしまって手に握っていた砂金の袋を投げ出してしまった。
砂金のつまった袋は砂金をこぼしながら几帳の外へ転がり出て、ゆっぴぃの目の前で止まった。ゆっぴぃは静かに砂金の粒を手に取った。
「もしかして、タキは」
しばらく黙り込んでから、ゆっぴぃが口を開いた。
「この金を俺に渡して抜け子たちの出奔を手伝ってもら」
「何を馬鹿なことを!」
私は大声でゆっぴぃの言葉を遮った。
「これは私の、あの、へそくりでね。師永津でいろいろとごちそうになったから、返そうと思って。私は出奔には大反対だから」
「いかに俺がタキに惚れてるからって、個人的な頼みを仕事にもちこむことはできな」
「だから違うってば!な、な、なんともはや、言ってることがめちゃくちゃだね、治部少輔も。やきがまわってるね」
ゆっぴぃは砂金を袋にしまうと、几帳の前までいざり寄ってそれを私の前に置いた。
「タキは本当にお人好しで、初心だね」
「う、初心って」
「誰かに何かを言われると、ころっと信じて相手の望みをかなえようとしてしまうんだ。だから他人も自分の頼みを簡単に聞いてくれると思っちゃうんだろうな」
私は几帳の影に身を縮めた。
「抜け子たちが君のところに駆け込むのはそのせいだ。その人の好さに付け込まれてるんだよ」
権禰宜も私に付け込もうとしたのだろうか。でも、権禰宜を別にしても私は先輩神子を助けようと思ったかもしれない。先輩は一方的で高慢ちきで、男か女か良くわからないような風貌だった。しっとりした肌にそぐわない大きい手足、いかった薄い肩、妙に高い声など、彼女を構成するすべてが、俗世ではとてもちぐはぐに見えて、危うかった。誰かの手助けがなければ生きられないという、確信めいた予感を抱かせるに十分なかげろうぶりだった。
そもそも抜け子は神殿から本当には逃れられず、長生きできないのだ。
本当は言ってはいけないのだけれど、前からちらちら出ているし、これを言わないと話が進まないので言ってしまおう。実は神殿は、忌札と呼ばれる、神子たちの忌み名を書いた札を掌握している。
本来の名、つまり忌み名は神殿にあがったときに没収され、それぞれに新しい名を与えられる。忌み名は札に書かれ、しかるべき場所で厳重に祀り上げられているらしいが、どこにあるのかを突き止めた者はいない。おおかた神殿内部ではなく、権禰宜たちのいた吉川大神宮の奥深くで管理しているのだろう。忌み名が縛られている間は神子は神子であり続け、神殿に所属するということになる。
神子であるということは、魂の一部がすでに供物として捧げられているということで、魂を削られればあまり長くは生きられない。これが神子が早死にする理由である。大体齢三十を越えられないし、厳しい抑制を受けて過酷な神事をこなしている神子たちだともっと早い。
出奔者が忌札を持っていないとすると、神殿から出たところで神子であることをやめられず、命がそう長く続かない。それでも残り僅かな生をかけて逃げるというのは、それだけのっぴきならない状況であるということだろう。
ちなみに私は還俗するときに正式に忌札を渡されている。もらったけれど捨てるに捨てづらい、また持っているのも居心地が良くない代物である。仕方がないのでへその緒と一緒にしまってある。この際だし、やはり処分しておこうか。焚きつけのところに置いておけば、誰かがそれと気づかず燃してくれるだろう。ついでにへその尾も一緒に燃やしてもらおう。
「ねぇタキ。君がまだあまり知らないこの外の社会ではね、神殿関連のことはどんなことだって禁忌だと考えられている。手伝ったらタキは本当に困ったことになるよ。君ら神子たちにどんな因縁があって、どんなに強固な絆があるのかわからないけど、タキに目星をつけて援助を乞うた神子は、タキと周囲の人がどうなるかをまったく案じてはいない。いかにそれが禁忌に触れるかを知らないのかもしれないけれど」
「うん……」
「他にも何か聞いたことはない?」
「ないよ……」
力なくうなずいたとき、先ほど頼んだおやつがやってきた。
「遅くなって申し訳のうございますよぅだ」
思わず耳を疑って廂を見た。ございますよぅだ、とはなんだ。
持ってきたのは宛木ではなく、宛木の小間使いをしている見習い女房、青羽根である。宛木は寝殿の方を通りかかった途中で、北の方に呼び止められて用を言いつけられてしまったらしい。宛木ったら、あちらでもぷりぷりして乱暴に立ち動いているのを、見咎められて叱られていたりして。
青羽根は元気はつらつとしている。悩みなんて一つもありません、とその赤くつやつやした頬が言っているようだ。ちょっと言葉遣いがおかしかったことくらい、許してしまえるあどけなさだった。はあ、見ているだけで心がなごむよ、と彼女の頬から首、そして手に捧げ持ったお盆へと視線を下げ、私は目を見開いた。お盆には角虫の死骸のようなものがこんもりと盛られているではないか。私はのけぞって大きな声を出した。
「ふわぉ!」
「うわ!何どうしたの!」
「遠の君様、どうなさいました!」
私の声に驚いたゆっぴぃと青羽根が同時に声を上げた。お盆からぽろぽろと赤黒いものが転がり落ちる。それでようやく角虫ではないことに気づいた。角虫の死骸だったらからからに軽いはずだが、おやつの方はぎっしり中が詰まっているようである。何かの実だろうか。
「ああ、驚いた。何をおやつに持ってきたのかと思っただけだよ」
「人騒がせな」
「ええ、本当に。まったくもー」
ゆっぴぃだけが文句を言ったのなら大声を出したことを謝るけれど、青羽根が同調したために私は謝らないことに決めた。
「へっ、そりゃどうも。ねぇ青羽根、それ、何を持ってきたって言うの」
「姫様はご存じないかもしれませんが、これは女人の味方、干し棗というものでございます」
「知ってるよ、干し棗くらい。そんなしわしわした見てくれのものをわざわざ客さんに出さないでもいいだろうと、こう言っているわけだよ」
まあ、確かに私は少し嫌味な言い方をしたかもしれない。先ほどから青羽根に不意を突かれているので、干し棗ごときに小姑のような難癖をつけてしまった。だけれど、私が言った途端、青羽根はみるみる目に涙を湛えて、口をへの字口にしたのだ。え、こんな些細な意地悪で泣くのか?と私は新世界を見たような気持ちになった。隣に誰かがいたら私の目からうろこがはがれるところを見られたかもしれない。
「ですが、金柑の砂糖まぶしかこれしかないと言われたのです。これだって、台盤所の者に盛りすぎだとさんざん文句を言われながら用意したものでございます」
「金柑の砂糖まぶしでいいじゃないよ」
私はあれが大好きだ。よくある甘葛煮とは違って、お砂糖のしゃりしゃりした食感が口の中で楽しい。お客様に出すのにちょうど良い、おしゃんてぃで最先端の一品である。
「だって、前回金柑の砂糖まぶしを召し上がったときに、姫様はあまりお口に入れすぎたために危うく喉を詰まらせたではございませんか」
言いながら、青羽根は小さな目からぽつりと涙をこぼしたかと思うと、それからは堰を切ったように泣き出した。
「恐ろしかった!あのときの姫様のお顔!わたくし、本当に姫様が亡くなってしまうのではないかと、胸が潰れる思いでございました」
そうなのだ。私は餅も大好物であるとお伝えしたことがあるが、餅は用心して食べるのでいまだかつて詰まらせたことなどない。だが油断していた金柑にここまでやられるとは、想像もしていなかった。焦った宛木が私の背中を強く叩いたから、喉を上に行ったり下に行ったりして余計に詰まったというのもあるけれど。
それにしても、ゆっぴぃの前で言われると、恥ずかしさに拍車がかかる。
まだ若い子だし、後で言うよりも現行犯逮捕で今注意しておこうかと口を開こうとすると、青羽根が一層大きな声で泣き始めた。さすがにゆっぴぃもそわそわし始めたので、私は几帳の影から出て青羽根の背中を撫ぜた。ぐすぐすと泣きながらも青羽根は続ける。
「どうか、この干し棗をゆっくり噛み締めて召し上がってください。とても体にいいものでございますから。そうだそうだ、宛木さんからも言付けがございます。『もはやおひとりの体ではないことを肝に銘じ、姫様の身の内に秘められているはずの女ぶりをあげるものと、体に良いものだけを召し上がってくださいませ。すでに姫様はよそより出遅れているんだから、常のものを召し上がるだけでは到底世の方々に追いつきますまい。お一人ではない、お腹のことをようく考えて、ただそれだけをお念じください』と」
「そう……。わかりました。気を付けて頂きます。ほら、青羽根、泣き止みなさいな。宛木もさ、その言い方やめてくれるといいんだけど。おひとり様だよ、私は」
「ぐすん、ぐすん。ふんだ」
ふんだ、ですと?青羽根を見ると涙にぬれながらも唇を突き出して不満の意を表している。この子、いったいどうしちゃったんだってばよ。
「今まで申し上げたことは全部宛木さんがおっしゃったことですので、お咎めは宛木さんに直接お伝えいただけますか?そうそ、『おやつを召しあがったら、お客様は丁重にお返しして、姫様はお昼寝をしてお体をいたわらなければなりません』。これも宛木さんからの言付けで」
「ご足労いただいてる方を、追い返すような伝え方をするのはいけないよ」
「おっしゃったのは宛木さんでございます」
「青羽根、宛木の言葉をそのまま伝えるのではなく、良く自分の中でかみ砕いてからしゃべりなさい」
「そうでございますよね、食べてすぐ寝るなんて老人じゃあるまいし。宛木さんはあんなに怖い顔してるくせに、姫様を甘やかしすぎでございます。ぐすん」
「青羽根!」
とうとう固い声を出すと、ゆっぴぃが手を顔の前でことさら大きく振りながら、廂を後ずさった。
「いやいや。本当にタキは休んだ方が良さそうだ。体調が悪そうだとは思っていたんだ。でもその、ご懐妊、ていうことだよね?そうとはつゆ知らず長居をして申し訳ない」
「ち、ちが」
「違わなくないんじゃないでございましょう?」
また!何を言い出すのだ、青羽根。
「仰せに従ってわたくしの意見を申し上げますと、可能性は十分にあると、これはかねて宛木さんがおっしゃっているのとわたくしも同意見、ですからわたくしの意見でもございます。遠の君様!」
「な、何をお前……」
意見を言えなどと言った覚えはない。宛木の言葉をかみしめて自分のものにせよと言ったのだ。
「今まで宛木さんを恐れるあまり、宛木さんの言葉ばかりを絶対と奉じてまいりました。が、自分の考えでものを申しても良いのでしたら、わたくしはもう黙りません」
「わかった。お前の意見は後で聞くよ。聞くけど、今はもう意見を言わないでよろしい」
今まで新人の教育を宛木にまかせっきりにしていたつけがこれだろうか。そういえば宛木は青羽根のことをゆとり世代だと言って、何を言っても屁理屈を言いながらふんわりと躱してくるとぼやいていた。
「しゃべるなと言っているわけではないのよ。お客さんの前では意見は控えましょう。必要なことと、何かを問われたときにはそれに対する事実だけを伝えて」
「事実でございますか。はあ。では申し上げます。梅太郎様と姫様がもう幾夜も、それはそれは仲良く過ごしていらっしゃるのは周知の事実。お二人が熱い夜を過ごすと、真冬の寝殿の夜が蒸し暑いわうるさいわ揺れ動くわで、もう寝苦しくって仕方ないと、もう干滝殿ではなくて常夏御殿と名前を変えた方がいいと、こういうお話で」
わかった。憤死、というのはこういう状況でなるのだろう。じきに食いしばった歯から泡が出てきて、私は白目をむいて死ぬ。
ゆっぴぃは最初こそ面食らっていたようだったが、私と青羽根を交互に見ながら、笑いをこらえるのに必死になっている。
しかし誤解である。我々はそんなはしたないことはしていない。おそらく、それはある晩梅太郎が『蘇生術』なる、人間界にはびこる奇怪な術を伝授してくれたときの物音だ。一度息を引き取った死者を黄泉返らせることができるらしい。そう聞くと本当に恐ろしい技だが、技自体は「もしもぅし」と唱えた後に胸を押したり息を吹き込んだりするだけで、特に怪しげな行いをするわけではなかった。ただ、衾を丸めて傷病人に見立てて練習したら、つい二人とも熱が入ってしまい、大きな物音を立てるに至ったのだ。
だから今ゆっぴぃが思っているのは誤解なのである。だが、人間界の怪しげな術を教えてもらっていた、とも説明しづらい。
「お、お前、あることないこと言って。そもそも夜に青羽根は干滝殿につめていないじゃない」
「あることあることでございます。確かな筋からの情報でございます」
言い捨てるように言うと、今度はまた干し棗を見て、しわしわすぎて哀れだと泣きむせぶ。どうにも支離滅裂で手の施しようがない。
私の噛み締める歯がきりきりと軋み音を立て始めた時、ゆっぴぃがひょいと棗を取って口に含んだ。
「この棗は酒に漬かっているんだ。身重の遠の君は食べてはいけないよ。それから、青羽根はつまみ食いをほどほどにした方がいいな」
おいおいと泣いて背中を震わせる青羽根からは、確かにお酒の香りがしないでもない。酔っぱらって絡んだり、泣き上戸になっていたというのか。思わず棗を確認しようとしたところ、
「ほらほら、障りになるから遠の君は棗に触ってもいけない。青羽根、これを下げて。遠の君は青羽根をあまり叱らないようにね、酔っているんだから。それでは、遠の君。改めまして、ご懐妊おめでとうございます。何かまたさっきの話で思い出すことがあれば、すぐに来るから教えて」
そう言うとゆっぴぃはぷるぷると全身を震わせながら帰りの挨拶をした。それでも廂を下がる間は肩を震わせてこらえているようだったが、寝殿を出てからは隠すことなくげらげらと笑いはじめ、屋敷の門を出るまで高笑いが聞こえるほどだった。
「なかなか迫力のある女房だね」
「申し訳ない」
「いやいや。ああ、こうして御簾を通すとタキも立派なお姫様に見える。ははは」
烏帽子をかぶり、着慣れた体で直衣をまとうゆっぴぃこそ立派な貴族だった。心なしか話し方が丁寧になっているし、顔立ちからも単純さが拭われて、賢そくて複雑な事情のありそうな大人に見える。直衣というのは人の素直さを隠してしまうものなのらしい。
それでもゆっぴぃはやはり親切者らしく、参内の後、お昼ご飯も食べずにここへ来てくれたという。小雨も降っているというのにありがたいことである。春風のようなゆっぴぃの訪れはぎすぎすした干滝殿の雰囲気を清々しくしてくれている。
私たちは半分ご飯のようなおやつを食べながらしばし近況報告をしあった。彼がこんなに忙しいのに、在命は師永津の報告をすべてゆっぴぃに任せきりだと言う。出勤もせずに遊び惚けているため、先週とうとうゆっぴぃの堪忍袋が破れて大喧嘩をしたらしい。二人の周辺は相変わらず賑やかである。
私の方も梅太郎が都を離れていることを伝えた。
「そっか。在命さんは次の臨時除目で梅太郎殿を治部省に推薦しようとしていたんだ。彼はとっつきづらくて変わってるけどとても優秀だとわかったからね。でも都にいないんじゃ、根回ししづらいなぁ。いつ帰ってくるの」
知らない。絶間がつぶれて金輪際帰ってこないかもしれない。でもそう言うわけにもいかず、私はただ小さく首を振った。ゆっぴぃはちょっと考えてから、おどけた声で言った。
「それにしても、早くも夜離れか。タキも淋しいねぇ」
「別に、大丈夫だよ」
「素直になりなよ。ほら、知っての通り俺も淋しい。タキに振られて、その上毎日仕事漬けでさ。食事をとる時間もあんまりなくてさぁ」
「麦縄だよ。麦縄をちゅるちゅるっと食べればいいんだよ。すぐにお腹に落ちてくから、時間を取らないでしょ」
「俺、あれ以来麦縄が苦手なの」
「ふふふ。お腹痛そうだったものね」
雲行きが怪しくなりそうな話も、ゆっぴぃのさりげない気遣いと話術のおかげで活気を取り戻し、すっかり食べ物もなくなった。そこで宛木に、今度はもっとおやつらしいものを補充してほしいと頼んだ。宛木は相変わらず仏頂面だったが、しずしずと母屋を出て行った。
宛木が去ると、さて、とゆっぴぃが両手を組みなおしながら座に直った。
「呼んでくれたのは、抜け子の件だよね」
急な話の展開に、思わず口を引き結ぶ。
「昨日一昨日と水面下で動きがあったようなのは察知していたんだ。だから今日タキから文をもらってピンときた。連絡をくれてありがとう」
これはなんたること。つまり私がゆっぴぃに連絡などを取らなければ、抜け子と私が接触を持ったことも見透かされず、すべて水面下で行われたかもしれないということか。藪をつついて蛇を出す、余計なことをしてしまったのものだ。
「神子たちはあまり世を知らないから、これまで多くの出奔者が行き倒れになっているんだ。今回はかなりの数の出奔者がいるようで、治部卿も心を痛めていてね。治部卿はとても心の優しい方なんだ」
私は耳がいいので聞き取れるのだが、じぶきょう、と言うときに心持ち声が丁寧になっているし、尊敬しているのだろう。師永津では根無し草のように放浪していたからそうとは思わなかったけれど、真摯に仕事をしているのだな。私は自分の唇を指でつまんだ。
この調子だと当然ゆっぴぃは手助けをしてくれないだろうし、今から私が舟の手配をしようにも、やることなすこと見張られて、最終的に神子たちは治部卿の差配で神殿に引き戻されてしまうだろう。
しばらく考えた末、私は話し出した。
「これから六日の後……」
でたらめを言って、時間を稼ぐしかあるまい。
「河鹿沢に馬を八頭用意してほしいと頼まれました。それから圧戸の国司へ身分不詳の者を世話するように話を通してほしいそうです」
口からでまかせなので、いかにも計画性がない道のりになっていてないといいのだけれど。
今回の件を最初にゆっぴぃから聞いたとき、私は不干渉を保ちたかった。手伝いもせず、邪魔だてもしない。脱走する具体的な理由があるのかはわからないが、衝動的に神殿から逃げたい気持ちというのはわからなくもない。でも、私だったらしない決断だ。できなかった決断でもある。出奔した神子に対して、薄暗い感情を抱くことを抑えられない自分がいる。
ただ、やはり同じ釜で飯を食った者同士、外部の人にはわからない感情を否応なく共有してしまっているのだ。世俗側の人に対する敵愾心のようなものがそこには確かにある。手伝いはできないが、誰かに密告したりして邪魔はしないでおきたかった。ところが今の状況を鑑みるに、すでに私は神子たちの邪魔をしてしまっているらしい。ゆっぴぃの方の追跡も邪魔して、五分にしてやらねば。
突如ゆっぴぃが大きく咳ばらいをした。やましいことを考えている私は、思った以上にびくついてしまって手に握っていた砂金の袋を投げ出してしまった。
砂金のつまった袋は砂金をこぼしながら几帳の外へ転がり出て、ゆっぴぃの目の前で止まった。ゆっぴぃは静かに砂金の粒を手に取った。
「もしかして、タキは」
しばらく黙り込んでから、ゆっぴぃが口を開いた。
「この金を俺に渡して抜け子たちの出奔を手伝ってもら」
「何を馬鹿なことを!」
私は大声でゆっぴぃの言葉を遮った。
「これは私の、あの、へそくりでね。師永津でいろいろとごちそうになったから、返そうと思って。私は出奔には大反対だから」
「いかに俺がタキに惚れてるからって、個人的な頼みを仕事にもちこむことはできな」
「だから違うってば!な、な、なんともはや、言ってることがめちゃくちゃだね、治部少輔も。やきがまわってるね」
ゆっぴぃは砂金を袋にしまうと、几帳の前までいざり寄ってそれを私の前に置いた。
「タキは本当にお人好しで、初心だね」
「う、初心って」
「誰かに何かを言われると、ころっと信じて相手の望みをかなえようとしてしまうんだ。だから他人も自分の頼みを簡単に聞いてくれると思っちゃうんだろうな」
私は几帳の影に身を縮めた。
「抜け子たちが君のところに駆け込むのはそのせいだ。その人の好さに付け込まれてるんだよ」
権禰宜も私に付け込もうとしたのだろうか。でも、権禰宜を別にしても私は先輩神子を助けようと思ったかもしれない。先輩は一方的で高慢ちきで、男か女か良くわからないような風貌だった。しっとりした肌にそぐわない大きい手足、いかった薄い肩、妙に高い声など、彼女を構成するすべてが、俗世ではとてもちぐはぐに見えて、危うかった。誰かの手助けがなければ生きられないという、確信めいた予感を抱かせるに十分なかげろうぶりだった。
そもそも抜け子は神殿から本当には逃れられず、長生きできないのだ。
本当は言ってはいけないのだけれど、前からちらちら出ているし、これを言わないと話が進まないので言ってしまおう。実は神殿は、忌札と呼ばれる、神子たちの忌み名を書いた札を掌握している。
本来の名、つまり忌み名は神殿にあがったときに没収され、それぞれに新しい名を与えられる。忌み名は札に書かれ、しかるべき場所で厳重に祀り上げられているらしいが、どこにあるのかを突き止めた者はいない。おおかた神殿内部ではなく、権禰宜たちのいた吉川大神宮の奥深くで管理しているのだろう。忌み名が縛られている間は神子は神子であり続け、神殿に所属するということになる。
神子であるということは、魂の一部がすでに供物として捧げられているということで、魂を削られればあまり長くは生きられない。これが神子が早死にする理由である。大体齢三十を越えられないし、厳しい抑制を受けて過酷な神事をこなしている神子たちだともっと早い。
出奔者が忌札を持っていないとすると、神殿から出たところで神子であることをやめられず、命がそう長く続かない。それでも残り僅かな生をかけて逃げるというのは、それだけのっぴきならない状況であるということだろう。
ちなみに私は還俗するときに正式に忌札を渡されている。もらったけれど捨てるに捨てづらい、また持っているのも居心地が良くない代物である。仕方がないのでへその緒と一緒にしまってある。この際だし、やはり処分しておこうか。焚きつけのところに置いておけば、誰かがそれと気づかず燃してくれるだろう。ついでにへその尾も一緒に燃やしてもらおう。
「ねぇタキ。君がまだあまり知らないこの外の社会ではね、神殿関連のことはどんなことだって禁忌だと考えられている。手伝ったらタキは本当に困ったことになるよ。君ら神子たちにどんな因縁があって、どんなに強固な絆があるのかわからないけど、タキに目星をつけて援助を乞うた神子は、タキと周囲の人がどうなるかをまったく案じてはいない。いかにそれが禁忌に触れるかを知らないのかもしれないけれど」
「うん……」
「他にも何か聞いたことはない?」
「ないよ……」
力なくうなずいたとき、先ほど頼んだおやつがやってきた。
「遅くなって申し訳のうございますよぅだ」
思わず耳を疑って廂を見た。ございますよぅだ、とはなんだ。
持ってきたのは宛木ではなく、宛木の小間使いをしている見習い女房、青羽根である。宛木は寝殿の方を通りかかった途中で、北の方に呼び止められて用を言いつけられてしまったらしい。宛木ったら、あちらでもぷりぷりして乱暴に立ち動いているのを、見咎められて叱られていたりして。
青羽根は元気はつらつとしている。悩みなんて一つもありません、とその赤くつやつやした頬が言っているようだ。ちょっと言葉遣いがおかしかったことくらい、許してしまえるあどけなさだった。はあ、見ているだけで心がなごむよ、と彼女の頬から首、そして手に捧げ持ったお盆へと視線を下げ、私は目を見開いた。お盆には角虫の死骸のようなものがこんもりと盛られているではないか。私はのけぞって大きな声を出した。
「ふわぉ!」
「うわ!何どうしたの!」
「遠の君様、どうなさいました!」
私の声に驚いたゆっぴぃと青羽根が同時に声を上げた。お盆からぽろぽろと赤黒いものが転がり落ちる。それでようやく角虫ではないことに気づいた。角虫の死骸だったらからからに軽いはずだが、おやつの方はぎっしり中が詰まっているようである。何かの実だろうか。
「ああ、驚いた。何をおやつに持ってきたのかと思っただけだよ」
「人騒がせな」
「ええ、本当に。まったくもー」
ゆっぴぃだけが文句を言ったのなら大声を出したことを謝るけれど、青羽根が同調したために私は謝らないことに決めた。
「へっ、そりゃどうも。ねぇ青羽根、それ、何を持ってきたって言うの」
「姫様はご存じないかもしれませんが、これは女人の味方、干し棗というものでございます」
「知ってるよ、干し棗くらい。そんなしわしわした見てくれのものをわざわざ客さんに出さないでもいいだろうと、こう言っているわけだよ」
まあ、確かに私は少し嫌味な言い方をしたかもしれない。先ほどから青羽根に不意を突かれているので、干し棗ごときに小姑のような難癖をつけてしまった。だけれど、私が言った途端、青羽根はみるみる目に涙を湛えて、口をへの字口にしたのだ。え、こんな些細な意地悪で泣くのか?と私は新世界を見たような気持ちになった。隣に誰かがいたら私の目からうろこがはがれるところを見られたかもしれない。
「ですが、金柑の砂糖まぶしかこれしかないと言われたのです。これだって、台盤所の者に盛りすぎだとさんざん文句を言われながら用意したものでございます」
「金柑の砂糖まぶしでいいじゃないよ」
私はあれが大好きだ。よくある甘葛煮とは違って、お砂糖のしゃりしゃりした食感が口の中で楽しい。お客様に出すのにちょうど良い、おしゃんてぃで最先端の一品である。
「だって、前回金柑の砂糖まぶしを召し上がったときに、姫様はあまりお口に入れすぎたために危うく喉を詰まらせたではございませんか」
言いながら、青羽根は小さな目からぽつりと涙をこぼしたかと思うと、それからは堰を切ったように泣き出した。
「恐ろしかった!あのときの姫様のお顔!わたくし、本当に姫様が亡くなってしまうのではないかと、胸が潰れる思いでございました」
そうなのだ。私は餅も大好物であるとお伝えしたことがあるが、餅は用心して食べるのでいまだかつて詰まらせたことなどない。だが油断していた金柑にここまでやられるとは、想像もしていなかった。焦った宛木が私の背中を強く叩いたから、喉を上に行ったり下に行ったりして余計に詰まったというのもあるけれど。
それにしても、ゆっぴぃの前で言われると、恥ずかしさに拍車がかかる。
まだ若い子だし、後で言うよりも現行犯逮捕で今注意しておこうかと口を開こうとすると、青羽根が一層大きな声で泣き始めた。さすがにゆっぴぃもそわそわし始めたので、私は几帳の影から出て青羽根の背中を撫ぜた。ぐすぐすと泣きながらも青羽根は続ける。
「どうか、この干し棗をゆっくり噛み締めて召し上がってください。とても体にいいものでございますから。そうだそうだ、宛木さんからも言付けがございます。『もはやおひとりの体ではないことを肝に銘じ、姫様の身の内に秘められているはずの女ぶりをあげるものと、体に良いものだけを召し上がってくださいませ。すでに姫様はよそより出遅れているんだから、常のものを召し上がるだけでは到底世の方々に追いつきますまい。お一人ではない、お腹のことをようく考えて、ただそれだけをお念じください』と」
「そう……。わかりました。気を付けて頂きます。ほら、青羽根、泣き止みなさいな。宛木もさ、その言い方やめてくれるといいんだけど。おひとり様だよ、私は」
「ぐすん、ぐすん。ふんだ」
ふんだ、ですと?青羽根を見ると涙にぬれながらも唇を突き出して不満の意を表している。この子、いったいどうしちゃったんだってばよ。
「今まで申し上げたことは全部宛木さんがおっしゃったことですので、お咎めは宛木さんに直接お伝えいただけますか?そうそ、『おやつを召しあがったら、お客様は丁重にお返しして、姫様はお昼寝をしてお体をいたわらなければなりません』。これも宛木さんからの言付けで」
「ご足労いただいてる方を、追い返すような伝え方をするのはいけないよ」
「おっしゃったのは宛木さんでございます」
「青羽根、宛木の言葉をそのまま伝えるのではなく、良く自分の中でかみ砕いてからしゃべりなさい」
「そうでございますよね、食べてすぐ寝るなんて老人じゃあるまいし。宛木さんはあんなに怖い顔してるくせに、姫様を甘やかしすぎでございます。ぐすん」
「青羽根!」
とうとう固い声を出すと、ゆっぴぃが手を顔の前でことさら大きく振りながら、廂を後ずさった。
「いやいや。本当にタキは休んだ方が良さそうだ。体調が悪そうだとは思っていたんだ。でもその、ご懐妊、ていうことだよね?そうとはつゆ知らず長居をして申し訳ない」
「ち、ちが」
「違わなくないんじゃないでございましょう?」
また!何を言い出すのだ、青羽根。
「仰せに従ってわたくしの意見を申し上げますと、可能性は十分にあると、これはかねて宛木さんがおっしゃっているのとわたくしも同意見、ですからわたくしの意見でもございます。遠の君様!」
「な、何をお前……」
意見を言えなどと言った覚えはない。宛木の言葉をかみしめて自分のものにせよと言ったのだ。
「今まで宛木さんを恐れるあまり、宛木さんの言葉ばかりを絶対と奉じてまいりました。が、自分の考えでものを申しても良いのでしたら、わたくしはもう黙りません」
「わかった。お前の意見は後で聞くよ。聞くけど、今はもう意見を言わないでよろしい」
今まで新人の教育を宛木にまかせっきりにしていたつけがこれだろうか。そういえば宛木は青羽根のことをゆとり世代だと言って、何を言っても屁理屈を言いながらふんわりと躱してくるとぼやいていた。
「しゃべるなと言っているわけではないのよ。お客さんの前では意見は控えましょう。必要なことと、何かを問われたときにはそれに対する事実だけを伝えて」
「事実でございますか。はあ。では申し上げます。梅太郎様と姫様がもう幾夜も、それはそれは仲良く過ごしていらっしゃるのは周知の事実。お二人が熱い夜を過ごすと、真冬の寝殿の夜が蒸し暑いわうるさいわ揺れ動くわで、もう寝苦しくって仕方ないと、もう干滝殿ではなくて常夏御殿と名前を変えた方がいいと、こういうお話で」
わかった。憤死、というのはこういう状況でなるのだろう。じきに食いしばった歯から泡が出てきて、私は白目をむいて死ぬ。
ゆっぴぃは最初こそ面食らっていたようだったが、私と青羽根を交互に見ながら、笑いをこらえるのに必死になっている。
しかし誤解である。我々はそんなはしたないことはしていない。おそらく、それはある晩梅太郎が『蘇生術』なる、人間界にはびこる奇怪な術を伝授してくれたときの物音だ。一度息を引き取った死者を黄泉返らせることができるらしい。そう聞くと本当に恐ろしい技だが、技自体は「もしもぅし」と唱えた後に胸を押したり息を吹き込んだりするだけで、特に怪しげな行いをするわけではなかった。ただ、衾を丸めて傷病人に見立てて練習したら、つい二人とも熱が入ってしまい、大きな物音を立てるに至ったのだ。
だから今ゆっぴぃが思っているのは誤解なのである。だが、人間界の怪しげな術を教えてもらっていた、とも説明しづらい。
「お、お前、あることないこと言って。そもそも夜に青羽根は干滝殿につめていないじゃない」
「あることあることでございます。確かな筋からの情報でございます」
言い捨てるように言うと、今度はまた干し棗を見て、しわしわすぎて哀れだと泣きむせぶ。どうにも支離滅裂で手の施しようがない。
私の噛み締める歯がきりきりと軋み音を立て始めた時、ゆっぴぃがひょいと棗を取って口に含んだ。
「この棗は酒に漬かっているんだ。身重の遠の君は食べてはいけないよ。それから、青羽根はつまみ食いをほどほどにした方がいいな」
おいおいと泣いて背中を震わせる青羽根からは、確かにお酒の香りがしないでもない。酔っぱらって絡んだり、泣き上戸になっていたというのか。思わず棗を確認しようとしたところ、
「ほらほら、障りになるから遠の君は棗に触ってもいけない。青羽根、これを下げて。遠の君は青羽根をあまり叱らないようにね、酔っているんだから。それでは、遠の君。改めまして、ご懐妊おめでとうございます。何かまたさっきの話で思い出すことがあれば、すぐに来るから教えて」
そう言うとゆっぴぃはぷるぷると全身を震わせながら帰りの挨拶をした。それでも廂を下がる間は肩を震わせてこらえているようだったが、寝殿を出てからは隠すことなくげらげらと笑いはじめ、屋敷の門を出るまで高笑いが聞こえるほどだった。
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