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十八
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霧の国では、じきに消えていく朝霧ならともかく、夜の霧の中を船で進むなんて無謀もいいところで、巷には霧の中運行した船や車が突然消え失せたり、事故に合うという事件がよくあった。フジも最初は、船が急にバラバラになったり、恐ろしい怪物に襲われやしないかと気が気でなかったが、そのうちに感覚が麻痺してきたのか、船酔いでそれどころではなかったのか、不安も次第に薄れていった。やがて霧の国から十分に離れてしまうと、夜空が見えるようになった。乗組員たちも嬉しいらしく、夜ごと星空の下で歌を歌ったり、騒いだりして、船は陽気になった。
ある晩、フジはいつものようにトイレを掃除しに船長室をノックした。
ポウは日中いったいどこに隠れているのか、あまり見かけることがない。まる一日姿を見ないという日も多かった。
フジはモップを握りなおして返事を待った。来る前に手櫛で梳かした髪も、もう一度なでつけた。赤いヘアピンもしっかりと飾られている。しばらく待ったが、中からは何の反応もない。
また留守か、と肩を落としてノブをとったとき、ふと後ろを振り返った。犬のボーが船首の方で人影に走り寄って行くところだった。その人影をよく見ると、まさにポウである。船首で一人夜空を見上げている。フジは思わず息を止めた。いつも着ている白いシャツの上に、初めて見る、重そうなコートを羽織っている。
フジが引き寄せられるように一歩を進めると、誰もいないと思っていた物陰から、大きな人影がぬっと出てきた。
「何をしている、お前」
航海長のロディオンだった。月明かりを浴びて全体的にぬらぬらと光っている。噂によると、肌が乾くと体調を崩すため、霧吹きでいつも濡らしているらしい。ポウがどこにも見当たらないのに反して、この航海長はどこにでも現れて、フジが他の人と世間話をするのを薄暗い顔で厳しく咎めた。眼帯で覆ってない方の目でやぶにらみをするのが得意なようだった。
「用もないのにうろつくな」
「いえ、あの、船長のトイレ掃除で来ました」
「なら、さっさと済ませて、下に戻れ」
「は、はい」
フジが急いで回れ右すると、ロディオンの通った後がぬめっているのに足を取られた。とっさにロディオンの手にしがみつこうとしたが、ウナギを捕まえたようにぬるり手が滑り落ちた。そのまま転び、したたかに肘と尻を打った。一方勢いよくぶつかられた大柄の航海長もたたらを踏んだが、その拍子に両の目玉が目の穴から飛び出し、ナメクジの角のようににょっきり顔から伸びあがった。
フジは思わず声をあげそうになったが、どうにか飲み込んだ。その代わり、
「あの、ごめんなさい」
と、足元を滑らせながら立ち上がり、謝罪した。ところがロディオンは耳を貸す気配もない。飛び出た角を力任せに手のひらで押し込むのに夢中だった。
「こいつめ、こいつめ、ひっこんでろ!」
ぐいぐいやって、どうやら目玉の始末がついたようだ。フジも身だしなみを整えようと、尻尾の粘液のせいで顔にへばりついた髪を手で払った。その粘液は泥のような、カビのような、おかしな臭いがする。ひょっとすると、毒マイマイのように、人体に有害な寄生虫や成分が混じっているかもしれない。フジは訊かずにはいられなかった。
「これ、なんかぬるぬるしてるけど、なんですか?汗ですか?体に悪くない?」
ロディオンは手をコートのポケットにしまい込んで、じろりとフジを睨んだ。
「お前には関係ないだろう」
いや、関係おおありでしょう、と返しそうになるのも、なんとか堪えた。航海長に目を付けられると、ろくなことがないらしいじゃないか。
ロディオンが目に力を入れてこちらを睨んでくると、また目玉が飛び出てきそうだ。フジは慌てて視線を落とし、ふと自分が手に何かを握っているのに気が付いた。
「あっ。これは航海長のでしょうか」
そういえば、ロディオンの腰の辺りしがみつこうとしたときに、なにか引きちぎった気がする。よく見ると、それは人間の指の骨に茶色い奥歯をくっつけたようなものだった。
「うひっ」
今度こそ堪らずそれを投げ捨てると、それはロディオンの頬にぽちんと音を立てて当たった。そのまま甲板に落ちた骨を、ロディオンは苦々しげに摘まみ上げた。
「何から何まで癪に障る。こんな子供を連れていっても何の足しにもならん。とんだやっかいものだ」
「なんですと?勝手に連れてきてそりゃないでしょうよ」
「船長が勝手に連れてきたのだ。女なんて、縁起でもない。しかもよりにもよって、色気もないちびの黒焦げなんて!ろくに仕事もこなせないくせに、飯ばっかり食おうとする。ただ飯食って海賊船に乗るなんて、よっぽど図太いガキだ。早く海に落としちまったらいいものを。大体、目上の者に対する言葉遣いも知らんのか」
怒涛の罵詈雑言に、とうとうフジも怒りを隠すことをやめた。
「へっ。ナメクジが年齢のこととやかく言うなんてね。ぶつかったのはこっちが悪いけど、あなたが濡れてるってのも悪いでしょ。どこもかしこもぬるぬるにするくらいなら、そんなに歩き回らないでよ。滑って危ないし、掃除する身にもなってよ」
「なんだと!」
怒りで顔を真っ黒にしたロディオンは、口をパクパクとさせていたかと思うと、やにわにフジを足蹴にした。フジはとっさに頭を腕でかばったから、思い切り蹴りつけられたのは腕で済んだ。ロディオンは足音高く自分の船室に帰っていき、残されたフジは、痺れる肘を感じながら、しばらく動けなかった。痛みやら突如こみあげた怒りの衝動のせいで、頭の中が真っ白だった。
月が明るいので自分の影が甲板にさしているのを見るともなしに見ていた。と、間近に人影がゆっくりと寄ってくる。もしや、と思いながら顔をあげると、予想通り、ポウだった。黒い長袖のコートの輪郭が月明りを浴びて白く光っている。コートはとても上等そうで、ポウによく似合っていた。
フジが上の空でポウを見上げていると、ポウはしゃがみこみ、そのコートのポケットから手ぬぐいを取り出した。そしてロディオンのぬるぬるで汚れたフジの顔を拭い始めた。乾いた指がフジの顎の骨にあたると、知らず身震いした。しつこい汚れがなかなか落ちないようで、いつまでもこすっているが、手つきは優しいように感じる。そのまま身を任せていたいが、黙り続けているとポウがすぐに飽きてしまうような気がしてきた。
「あの、今の人ナメクジのくせにどうして船に乗る仕事にしたんでしょうね?」
ポウは手を止めて、再度フジの顎に手をやり、顔の汚れを点検しながら聞き返した。
「塩水は苦手なのにってことか?」
吐息がフジの髪を揺らした。フジは頷く代わりに瞬きをした。
「もとは人間だったんだよ。魔法でナメクジにされたんだ。難儀してるから、あまりそのことを本人に言わない方がいい」
「わかった。でも、誰がそんな魔法を?」
「俺さ」
顔が近すぎると感じたので、フジは後ろに退いた。
「見よう見まねで魔法を使ってみたら、かかったんだ」
顔はあらかたきれいに片付いたの。ポウは「ま、いろいろと気をつけろよ」と言うと、握っている手ぬぐいに目をやった。
「あ、それ洗って返します」
ポウは頷いて、それをフジに手渡し、元いた船首の方へ戻っていった。
ポウが再び海を見つめ始めたのを見届けると、フジも転がっていたモップを手に取り、立ち上がって船長室に入っていった。姿見には、ポウのシャツが無造作にかけられている。それを手に取り、一度顔を埋めてから、丁寧に畳んだ。床に落ちている他のシャツも畳みながら、フジは鼻歌を始めた。
今日も結構殴られたり蹴られたりしたけど、いい日だった!
隣室にロディオンがいるはずなので、うるさくすると後で嫌味を言われる。しかし浮かれた気分をこらえきれず、音を立てないようにそっと足を踊らせた。スキップをしながらトイレの小部屋に飛び込む。
いつも不思議に思うのだが、朝晩ピカピカになるまで磨いているのに、次の掃除の回には色とりどりの苔が毛足も長く生えそろっている。臭いだって相当だ。いったいどんなトイレの仕方をしているのだろうか。そして、一体何を食べると、トイレがこうなるのだろう。
解せない部分はあるものの、やる気に満ちたフジはバリバリ掃除をしようと腕まくりをした。それから、手探りでランプを探す。このランプには散光苔という魔法の苔が入っていて、魔法を作動させる印を切ると、ぱっと一瞬昼のように明るくなった後、次第に光を落ち着かせ、仄明るい光を持続して放つ。指先で文字を書くように印を切ると、トイレ内は苔に照らされた。その瞬間、小さな生き物が素早くトイレの中央付近から部屋の隅の暗がりまで移動したのが見えた。
ネズミか!
フジは体をこわばらせた。しかし、改めて考えてみると、一瞬認めた影の感じはネズミではなかった。それはむしろ、小人のように見えた。まさか、と思いつつ、部屋の隅を凝視するも、もはや生き物はどこかに消えてしまったようだった。ネズミよりも、小人の方が断然いい。服みたいなのを着ていたし、小人と思うことにしよう、とフジは決めた。なんだか今日はいいことがたくさんある。
「さ、掃除しよっと」
うきうきしながら尻を拭く紙を補充したり、床をモップでこする。いよいよおまるに取り掛かろうと、いつも拝借している船長のハンケチを探すが、小部屋の向こうの寝台にはぶらさがっていない。あちこち探して、ようやく思い当たるところがあった。恐る恐るズボンのポケットから、ポウから手渡された手ぬぐいをつまみ出してみた。まじまじと観察し、においを嗅いでから、フジは声にならない悲鳴をあげて、手ぬぐいを投げ捨てたのだった。
ある晩、フジはいつものようにトイレを掃除しに船長室をノックした。
ポウは日中いったいどこに隠れているのか、あまり見かけることがない。まる一日姿を見ないという日も多かった。
フジはモップを握りなおして返事を待った。来る前に手櫛で梳かした髪も、もう一度なでつけた。赤いヘアピンもしっかりと飾られている。しばらく待ったが、中からは何の反応もない。
また留守か、と肩を落としてノブをとったとき、ふと後ろを振り返った。犬のボーが船首の方で人影に走り寄って行くところだった。その人影をよく見ると、まさにポウである。船首で一人夜空を見上げている。フジは思わず息を止めた。いつも着ている白いシャツの上に、初めて見る、重そうなコートを羽織っている。
フジが引き寄せられるように一歩を進めると、誰もいないと思っていた物陰から、大きな人影がぬっと出てきた。
「何をしている、お前」
航海長のロディオンだった。月明かりを浴びて全体的にぬらぬらと光っている。噂によると、肌が乾くと体調を崩すため、霧吹きでいつも濡らしているらしい。ポウがどこにも見当たらないのに反して、この航海長はどこにでも現れて、フジが他の人と世間話をするのを薄暗い顔で厳しく咎めた。眼帯で覆ってない方の目でやぶにらみをするのが得意なようだった。
「用もないのにうろつくな」
「いえ、あの、船長のトイレ掃除で来ました」
「なら、さっさと済ませて、下に戻れ」
「は、はい」
フジが急いで回れ右すると、ロディオンの通った後がぬめっているのに足を取られた。とっさにロディオンの手にしがみつこうとしたが、ウナギを捕まえたようにぬるり手が滑り落ちた。そのまま転び、したたかに肘と尻を打った。一方勢いよくぶつかられた大柄の航海長もたたらを踏んだが、その拍子に両の目玉が目の穴から飛び出し、ナメクジの角のようににょっきり顔から伸びあがった。
フジは思わず声をあげそうになったが、どうにか飲み込んだ。その代わり、
「あの、ごめんなさい」
と、足元を滑らせながら立ち上がり、謝罪した。ところがロディオンは耳を貸す気配もない。飛び出た角を力任せに手のひらで押し込むのに夢中だった。
「こいつめ、こいつめ、ひっこんでろ!」
ぐいぐいやって、どうやら目玉の始末がついたようだ。フジも身だしなみを整えようと、尻尾の粘液のせいで顔にへばりついた髪を手で払った。その粘液は泥のような、カビのような、おかしな臭いがする。ひょっとすると、毒マイマイのように、人体に有害な寄生虫や成分が混じっているかもしれない。フジは訊かずにはいられなかった。
「これ、なんかぬるぬるしてるけど、なんですか?汗ですか?体に悪くない?」
ロディオンは手をコートのポケットにしまい込んで、じろりとフジを睨んだ。
「お前には関係ないだろう」
いや、関係おおありでしょう、と返しそうになるのも、なんとか堪えた。航海長に目を付けられると、ろくなことがないらしいじゃないか。
ロディオンが目に力を入れてこちらを睨んでくると、また目玉が飛び出てきそうだ。フジは慌てて視線を落とし、ふと自分が手に何かを握っているのに気が付いた。
「あっ。これは航海長のでしょうか」
そういえば、ロディオンの腰の辺りしがみつこうとしたときに、なにか引きちぎった気がする。よく見ると、それは人間の指の骨に茶色い奥歯をくっつけたようなものだった。
「うひっ」
今度こそ堪らずそれを投げ捨てると、それはロディオンの頬にぽちんと音を立てて当たった。そのまま甲板に落ちた骨を、ロディオンは苦々しげに摘まみ上げた。
「何から何まで癪に障る。こんな子供を連れていっても何の足しにもならん。とんだやっかいものだ」
「なんですと?勝手に連れてきてそりゃないでしょうよ」
「船長が勝手に連れてきたのだ。女なんて、縁起でもない。しかもよりにもよって、色気もないちびの黒焦げなんて!ろくに仕事もこなせないくせに、飯ばっかり食おうとする。ただ飯食って海賊船に乗るなんて、よっぽど図太いガキだ。早く海に落としちまったらいいものを。大体、目上の者に対する言葉遣いも知らんのか」
怒涛の罵詈雑言に、とうとうフジも怒りを隠すことをやめた。
「へっ。ナメクジが年齢のこととやかく言うなんてね。ぶつかったのはこっちが悪いけど、あなたが濡れてるってのも悪いでしょ。どこもかしこもぬるぬるにするくらいなら、そんなに歩き回らないでよ。滑って危ないし、掃除する身にもなってよ」
「なんだと!」
怒りで顔を真っ黒にしたロディオンは、口をパクパクとさせていたかと思うと、やにわにフジを足蹴にした。フジはとっさに頭を腕でかばったから、思い切り蹴りつけられたのは腕で済んだ。ロディオンは足音高く自分の船室に帰っていき、残されたフジは、痺れる肘を感じながら、しばらく動けなかった。痛みやら突如こみあげた怒りの衝動のせいで、頭の中が真っ白だった。
月が明るいので自分の影が甲板にさしているのを見るともなしに見ていた。と、間近に人影がゆっくりと寄ってくる。もしや、と思いながら顔をあげると、予想通り、ポウだった。黒い長袖のコートの輪郭が月明りを浴びて白く光っている。コートはとても上等そうで、ポウによく似合っていた。
フジが上の空でポウを見上げていると、ポウはしゃがみこみ、そのコートのポケットから手ぬぐいを取り出した。そしてロディオンのぬるぬるで汚れたフジの顔を拭い始めた。乾いた指がフジの顎の骨にあたると、知らず身震いした。しつこい汚れがなかなか落ちないようで、いつまでもこすっているが、手つきは優しいように感じる。そのまま身を任せていたいが、黙り続けているとポウがすぐに飽きてしまうような気がしてきた。
「あの、今の人ナメクジのくせにどうして船に乗る仕事にしたんでしょうね?」
ポウは手を止めて、再度フジの顎に手をやり、顔の汚れを点検しながら聞き返した。
「塩水は苦手なのにってことか?」
吐息がフジの髪を揺らした。フジは頷く代わりに瞬きをした。
「もとは人間だったんだよ。魔法でナメクジにされたんだ。難儀してるから、あまりそのことを本人に言わない方がいい」
「わかった。でも、誰がそんな魔法を?」
「俺さ」
顔が近すぎると感じたので、フジは後ろに退いた。
「見よう見まねで魔法を使ってみたら、かかったんだ」
顔はあらかたきれいに片付いたの。ポウは「ま、いろいろと気をつけろよ」と言うと、握っている手ぬぐいに目をやった。
「あ、それ洗って返します」
ポウは頷いて、それをフジに手渡し、元いた船首の方へ戻っていった。
ポウが再び海を見つめ始めたのを見届けると、フジも転がっていたモップを手に取り、立ち上がって船長室に入っていった。姿見には、ポウのシャツが無造作にかけられている。それを手に取り、一度顔を埋めてから、丁寧に畳んだ。床に落ちている他のシャツも畳みながら、フジは鼻歌を始めた。
今日も結構殴られたり蹴られたりしたけど、いい日だった!
隣室にロディオンがいるはずなので、うるさくすると後で嫌味を言われる。しかし浮かれた気分をこらえきれず、音を立てないようにそっと足を踊らせた。スキップをしながらトイレの小部屋に飛び込む。
いつも不思議に思うのだが、朝晩ピカピカになるまで磨いているのに、次の掃除の回には色とりどりの苔が毛足も長く生えそろっている。臭いだって相当だ。いったいどんなトイレの仕方をしているのだろうか。そして、一体何を食べると、トイレがこうなるのだろう。
解せない部分はあるものの、やる気に満ちたフジはバリバリ掃除をしようと腕まくりをした。それから、手探りでランプを探す。このランプには散光苔という魔法の苔が入っていて、魔法を作動させる印を切ると、ぱっと一瞬昼のように明るくなった後、次第に光を落ち着かせ、仄明るい光を持続して放つ。指先で文字を書くように印を切ると、トイレ内は苔に照らされた。その瞬間、小さな生き物が素早くトイレの中央付近から部屋の隅の暗がりまで移動したのが見えた。
ネズミか!
フジは体をこわばらせた。しかし、改めて考えてみると、一瞬認めた影の感じはネズミではなかった。それはむしろ、小人のように見えた。まさか、と思いつつ、部屋の隅を凝視するも、もはや生き物はどこかに消えてしまったようだった。ネズミよりも、小人の方が断然いい。服みたいなのを着ていたし、小人と思うことにしよう、とフジは決めた。なんだか今日はいいことがたくさんある。
「さ、掃除しよっと」
うきうきしながら尻を拭く紙を補充したり、床をモップでこする。いよいよおまるに取り掛かろうと、いつも拝借している船長のハンケチを探すが、小部屋の向こうの寝台にはぶらさがっていない。あちこち探して、ようやく思い当たるところがあった。恐る恐るズボンのポケットから、ポウから手渡された手ぬぐいをつまみ出してみた。まじまじと観察し、においを嗅いでから、フジは声にならない悲鳴をあげて、手ぬぐいを投げ捨てたのだった。
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