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十二
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フジとニッキは最終日を終え、散々な結果ながらもやり通したことについて、小さなお祝いの食事を買うために街のレストランに出かけた。ニッキの足首ではフジが作ったビーズの足輪がしゃらしゃらと音をたてていたし、フジは梳かした髪に、ニッキからもらったきらきら光る赤いヘアピンを刺して、それぞれお洒落をしていた。
「そのヘアピン、なんだか赤みが増しましたね」
「うん、市できれいなガラスの店に入った時に、色が映ったみたい」
「ま、素敵ですわね。色が映るんですの。さすが、フジ様のビーズですわ」
フジは得意になって鼻をうごめかしたが、急に心配そうに眉を下げた。
「あたしね、昨日でお小遣いを全部使っちゃったの」
「あの木彫りの猫と団子を丸める調理器具でございますね」
「猫はいいんだけど、どうして団子丸め器を買っちゃったのかな、とはちょっと思ってるの」
「確かに、お団子は手で丸めればようございます。衝動的に物を買うのは、よくないことでございますわ」
フジはしょぼんと猫背になっていった。
「うん、それでね、今日の食事のお金なんだけど……」
心配ございません!とニッキが懐を叩いた。水の石の代金は、ニッキの提案で、すべてを貯金に回すことになった。しかしそれとはよそに、今回の出店で稼いだ多少のお金と、捨助が渡してくれた分がある。
「今日の御馳走の分はまだございます。せっかくの機会ですから、フジ様に、たーんと召し上がってお肉をつけていただかなくては」
「店は全然繁盛しなかったね。場所代や宿代を差し引いたら、赤字なんじゃないの?」
「でも、市は楽しゅうございました。色々と、勉強にもなりましたし。最後の晩くらい珍しいものを頂きましょう。少し遠いですけれど、珍しい木の実の入った鳥の蒸し焼きがあるそうです。もう注文してありますから、持ち帰って宿で頂きましょう。あー、楽しみですわ」
二人ははしゃいで歩いていったものの、レストランに到着し、ドアの貼り紙を見た途端に悄然と肩を落とした。
『霧が出てきたため、本日は閉店しました』
確かに、まだ五時半なのに霧が出始めていた。この時期の霧の国は午後七時半ごろに日の入りとなる。霧は闇と共に降り始めるのだが、今日に限って早く降りてきたらしい。しかもその降り方も急だった。
「でも、特別なのを頼んであるんですよ」
ニッキがレストランの扉を叩いて人を呼んだが、皆帰宅したらしく、誰も出てこなかった。
「ニッキ、霧が濃くなってきたよ。帰らなきゃ」
フジの声が一段低くなったので、ニッキは通りを振り返り、霧の濃さを確認した。それから懐にしまった財布の上に手を当てて、厚みを確認すると、再び扉に向きなおって何度も叩いた。
通りを歩いている人々は確実に数を減らし、皆足早に家に向かっている。先ほどまでレストランの屋根の向こうで橙に色づいていた楷の葉は、すでに霧に覆われて灰色の影になっている。
「ほら、ニッキ。行こう」
フジがニッキの手をひくと、ニッキも扉を離れて歩き始めた。道はもうほとんど見えなくなってきていた。
「今日は宿に帰るのはあきらめて、近くの避難所か、人の家に寄せてもらおう」
ニッキが道行く男性に避難所の場所を聞いた。男性が説明している間、向こうから歩いてくる二、三人の中に、昼間見た顔があることにフジは気づいた。
ポウだ!
フジは考える前にポウに向かって進みだした。ニッキの手がフジの腕から離れ、霧の中に落ちるように消えていく。フジは「あっ」と思ったが、ポウの方でも素早い足さばきでこちらに寄ってくるので、吸い寄せられるように歩み寄った。
あと一歩でポウに手が届くというところで、霧が完全に降りてしまった。あたりは真っ白で、自分の手を見るのがやっとだ。しかし数歩先にはポウもニッキも、みんないるはずだ。
「ポウ!」
フジは声を出したが、返事はない。音が消えてしまったようだ。
「ポウ!」
もう一度叫んでみると、今度は自分の声も消えてしまっているような気がしてくる。言葉が唇からこぼれた瞬間に、霧に吸い込まれるように無音になってはいまいか。
「ニッキ?どこ?」
今度はニッキのいた方角に右手を伸ばして歩き出した。もう一方の手で首に下げている呼子笛をまさぐる。誰かがフジの手を力強く握った。ぎょっとして腕を見ると、柄のきつい橙色の服の影がかろうじて見えた。ポウが着ていたものだ。
「ポウ、すぐそこに、連れがいるはずなんだけど、見えなくなっちゃったの」
太い腕を叩いたり引っ張ったりしたが、どこかに連れて行こうと引っ張る力は、むしろ強くなるばかりだった。
「聞こえないの?連れがいるの。そっちじゃない、こっちにいるのよ!」
自分が見つからなければ、ニッキは一人で避難所まで行かないだろう。フジは、「もう、わからずやだな!ごめんね!」と謝ってから相手の太ももと思われるあたりに蹴りを入れようとした。しかし振り回した足は霧の中でどう見切られたのか、手のひらで受け止められ、フジは態勢を崩してうつ伏せに地面に倒れこんだ。地面に倒れる衝撃とともに腹にも重たい一撃があった。
殴られたような気がする。でもまさかそんなこともあるまい。だってそんなことをされる理由も筋合いもない。倒れこんだお腹の下に大きめの石でもあったのだろうか。考えながら意識を薄めていくフジを、ポウは抱えて走り出した。打った腹を強く抑えられていて、息さえできず、フジはとうとう失神した。
「そのヘアピン、なんだか赤みが増しましたね」
「うん、市できれいなガラスの店に入った時に、色が映ったみたい」
「ま、素敵ですわね。色が映るんですの。さすが、フジ様のビーズですわ」
フジは得意になって鼻をうごめかしたが、急に心配そうに眉を下げた。
「あたしね、昨日でお小遣いを全部使っちゃったの」
「あの木彫りの猫と団子を丸める調理器具でございますね」
「猫はいいんだけど、どうして団子丸め器を買っちゃったのかな、とはちょっと思ってるの」
「確かに、お団子は手で丸めればようございます。衝動的に物を買うのは、よくないことでございますわ」
フジはしょぼんと猫背になっていった。
「うん、それでね、今日の食事のお金なんだけど……」
心配ございません!とニッキが懐を叩いた。水の石の代金は、ニッキの提案で、すべてを貯金に回すことになった。しかしそれとはよそに、今回の出店で稼いだ多少のお金と、捨助が渡してくれた分がある。
「今日の御馳走の分はまだございます。せっかくの機会ですから、フジ様に、たーんと召し上がってお肉をつけていただかなくては」
「店は全然繁盛しなかったね。場所代や宿代を差し引いたら、赤字なんじゃないの?」
「でも、市は楽しゅうございました。色々と、勉強にもなりましたし。最後の晩くらい珍しいものを頂きましょう。少し遠いですけれど、珍しい木の実の入った鳥の蒸し焼きがあるそうです。もう注文してありますから、持ち帰って宿で頂きましょう。あー、楽しみですわ」
二人ははしゃいで歩いていったものの、レストランに到着し、ドアの貼り紙を見た途端に悄然と肩を落とした。
『霧が出てきたため、本日は閉店しました』
確かに、まだ五時半なのに霧が出始めていた。この時期の霧の国は午後七時半ごろに日の入りとなる。霧は闇と共に降り始めるのだが、今日に限って早く降りてきたらしい。しかもその降り方も急だった。
「でも、特別なのを頼んであるんですよ」
ニッキがレストランの扉を叩いて人を呼んだが、皆帰宅したらしく、誰も出てこなかった。
「ニッキ、霧が濃くなってきたよ。帰らなきゃ」
フジの声が一段低くなったので、ニッキは通りを振り返り、霧の濃さを確認した。それから懐にしまった財布の上に手を当てて、厚みを確認すると、再び扉に向きなおって何度も叩いた。
通りを歩いている人々は確実に数を減らし、皆足早に家に向かっている。先ほどまでレストランの屋根の向こうで橙に色づいていた楷の葉は、すでに霧に覆われて灰色の影になっている。
「ほら、ニッキ。行こう」
フジがニッキの手をひくと、ニッキも扉を離れて歩き始めた。道はもうほとんど見えなくなってきていた。
「今日は宿に帰るのはあきらめて、近くの避難所か、人の家に寄せてもらおう」
ニッキが道行く男性に避難所の場所を聞いた。男性が説明している間、向こうから歩いてくる二、三人の中に、昼間見た顔があることにフジは気づいた。
ポウだ!
フジは考える前にポウに向かって進みだした。ニッキの手がフジの腕から離れ、霧の中に落ちるように消えていく。フジは「あっ」と思ったが、ポウの方でも素早い足さばきでこちらに寄ってくるので、吸い寄せられるように歩み寄った。
あと一歩でポウに手が届くというところで、霧が完全に降りてしまった。あたりは真っ白で、自分の手を見るのがやっとだ。しかし数歩先にはポウもニッキも、みんないるはずだ。
「ポウ!」
フジは声を出したが、返事はない。音が消えてしまったようだ。
「ポウ!」
もう一度叫んでみると、今度は自分の声も消えてしまっているような気がしてくる。言葉が唇からこぼれた瞬間に、霧に吸い込まれるように無音になってはいまいか。
「ニッキ?どこ?」
今度はニッキのいた方角に右手を伸ばして歩き出した。もう一方の手で首に下げている呼子笛をまさぐる。誰かがフジの手を力強く握った。ぎょっとして腕を見ると、柄のきつい橙色の服の影がかろうじて見えた。ポウが着ていたものだ。
「ポウ、すぐそこに、連れがいるはずなんだけど、見えなくなっちゃったの」
太い腕を叩いたり引っ張ったりしたが、どこかに連れて行こうと引っ張る力は、むしろ強くなるばかりだった。
「聞こえないの?連れがいるの。そっちじゃない、こっちにいるのよ!」
自分が見つからなければ、ニッキは一人で避難所まで行かないだろう。フジは、「もう、わからずやだな!ごめんね!」と謝ってから相手の太ももと思われるあたりに蹴りを入れようとした。しかし振り回した足は霧の中でどう見切られたのか、手のひらで受け止められ、フジは態勢を崩してうつ伏せに地面に倒れこんだ。地面に倒れる衝撃とともに腹にも重たい一撃があった。
殴られたような気がする。でもまさかそんなこともあるまい。だってそんなことをされる理由も筋合いもない。倒れこんだお腹の下に大きめの石でもあったのだろうか。考えながら意識を薄めていくフジを、ポウは抱えて走り出した。打った腹を強く抑えられていて、息さえできず、フジはとうとう失神した。
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