上 下
36 / 69

天使誕生

しおりを挟む
太郎による防衛省襲撃は、失墜しつつあった日本の権威に致命的な影響を及ぼしていた。
「テロリストに一国の軍の中枢が破壊されるなんて、何兆円も予算をかけた国防はどうなっているんだ!」
「警察も自衛隊も政府も当てにならない。私たちの生活を守ってくれるのは誰なんだ」
そんな認識が企業や金持ちの間に広がり、日本を見捨てて国外に脱出する者が富裕層の間に激増する。
それに対して、日本政府は海外への資産の持ちだしを禁止し、追い詰められた者たちは資産保全のために唯一の手段に縋り付いた。
「『アーク』を売ってくれ。金はいくらでも払う」
「日本円なんて信用ならん。山田太郎が価値を保証している仮想通貨を、今のうちに手に入れておかないと」
太郎が作り出した仮想通貨『アーク』の値段は爆上がりし、購入した者の支払った日本円が太郎の口座に振り込まれていく。日本政府は再び銀行に太郎の口座を凍結するように要請したが、もはや従わせる力をもたず、太郎の資産は一兆円を超えた。
太郎はシャングリラ島周辺にも、自らの配下となった亜人族たちの住む土地として新たな島を海底から隆起させ、その領土はどんどん増えていく。そして亜人族たちを通じて自らの資産で食料やモノを買い占めさせ、国民はどんどん貧しくなっていった。
この状況に困り果てた岸本首相は、最後の手段として神頼みにすがる。
密かに伊勢神宮を訪れた彼は、神社の奥深くにある神聖な祭壇に招かれた。
「御禊みそぎ祓はらへ給たまひし時ときに生なり坐ませる祓戸はらへどの月読神等おほかみたち、諸もろもろの禍事まがごと・罪つみ穢けがれ有あらむをば、祓はらへ給たまひ清きよめ給たまへと白まをす事ことを聞食きこしめせと、恐かしこみ恐かしこみ白まをす」
複雑な祝詞を払串を振りながら唱えると、祭壇に設置してある三種の神器に光がともり、壁に立体映像が浮かんだ。
「地をはう虫ケラどもよ。何用があって我を呼び出したか」
冷たい顔をかけてきたのは、怜悧な美貌の白い顔をした男である。男はまるでギリシャ神話の神々がきているようなローブを纏い、周囲には翼が生えた美女たちに囲まりていた。
「地に伏してお願い奉ります。高天原におわす神々よ。いま日ノ本は、汚らわしい異世界帰りの悪魔によって苦しめられております。なにとぞご助力を……」
「知らぬな。我らは地を這うムシケラのことなど関心をもたぬ。ただ贄を差しだせばよいだけだ」
土下座して頼み込む首相に、男ー日本三大神の一人月読はそっぽを向いた。
「そ、そこをなんとか。日ノ本の民から差し出す贄を倍に増やしますから」
日本国の年間行方不明者はおよそ八万人にも及ぶ。ほとんどは事故や借金、生活苦などによる自発的な失踪だが、中には彼ら神々に生贄として連れ去られた者も多かった。政府は日本の政権を彼らから委ねられることと引き換えに、あえて見て見ぬふりをしているのである。
彼ら神々は、地上の富も土地にも関心をもたない。彼らかが欲しがるものは、人間の体そのものだった。
「……よかろう。ならば、地上に転生した堕天使どもの力を貸し与えよう」
月読が顎をしゃくると、周囲にいた天使たちが小さくなって、羽が生えた妖精になる。
彼女たちは太郎に対抗する堕天使たちを覚醒させるために、地上に降りていくのだった。

太郎は単なる治安を乱すテロリストではなく、もはや日本国の公敵となっている。それと同時に、太郎を敵にまわしてしまった偽結婚式に参加した同級生たちに風当たりが強くなっていった。
その中で、最も苦しい立場に追いやられたのは、偽結婚式の主催者の一人である時藤夏美である。
上流階級や富裕層の子女だけで集められたアイドルグループ「高嶺の薔薇」の一員だった夏美は、太郎に英雄との結婚式をぶちこわされた後、ガラス片で怪我をして入院していたのだが、退院後、すっかりグループから干されてしまっていた。
「なんとか、私をグループに復帰させてください」
とある豪華なホテルの一室で、テレビ局の幹部をしている脂ぎった中年男に頼み込む。
「夏美ちゃーん。そうはいうけど、キミあのテロリスト山田太郎に目をつけられているでしょ。もしキミを復帰させたら、テレビ局まで襲われちゃうかもよ」
「そ、そんな……」
断られてしまい、夏美は涙を流す。
「でもねぇ。キミは大口スポンサーの大手時計製造会社の一人娘でもあるしねぇ。ボクだけじゃなくて、何人かの大物の同意があったら、復帰できるかもねぇ。でも、それにはキミの誠意が必要だよ。わかっているね」
いやらしい口調で、夏美の肩を撫でまわす。
「わ、わかっています」
そういうと、夏美は覚悟を決めて服を脱ぐ。
「ぐふふ。あの「高嶺の薔薇」の一人を好きにできるなんて、ボクは幸せものだぁ」
二人はもつれこむようにベッドに倒れこむのだった。
それから何人もの政財界の大物や芸能プロデューサーと寝ることで、必死に媚びを売ることになった夏美は、ベッドの上で悔し涙を流す。
「あんな男に関わるんじゃなかった……あの疫病神め……私をこんな生き地獄に落として……」
もがき苦しみながら太郎への呪詛をもらすが、まだ彼女の心は折れてなかった。
「わたしは負けない、泥水をすすっても、どれだけこの身を汚しても、きっと這い上がってみせる」
そう決意して、どんな嫌な男にも必死に愛想をふりまくる。その甲斐あって、やっとアイドルグループへの復帰が許された。
「でも、太郎が襲い掛かってきたらどうしよう」
今度太郎のせいで周囲に迷惑をかけてしまったら、二度と這い上がれることは、クラスメイトたちの悲惨な近況を知っている夏美にはわかっている。
恐怖に震える夏美の前に、光が差し込んできて、小さな妖精が現れた。
「高天原から堕天した天使よ。そなたに天使の翼を授けます。日本の敵、大魔王山田太郎を討ち取りなさい」
妖精から光輝く羽を受取ると、夏美が光に包まれていく。光が薄れると、真っ白い翼をもつ天使となった夏美が現れた。
「あなたは天上神ツクヨミ様のご加護を得た、天界の巫女聖天使。これからはエンジェルクロノスと名乗りなさい」
「エンジェルクロノス……これが私の力……」
夏美は、自らの体に宿った力に歓喜する。彼女の体からは、魔力がオーラとなって吹き出していた。
「見ていなさい。大魔王山田太郎。あんたなんか私の正義の力で倒してやるわ!」
生まれ変わった夏美は、改めて太郎打倒を誓うのだった。

数日後首相官邸に、四人の美女が招かれていた。
「よくぞあのにっくき悪魔、山田太郎を倒すために集まってくれました。聖天使の方々」
岸本総理が、豪華な応接室でソファに座っている四人の美女たちに頭を下げる。彼らは天の啓示により、天使として覚醒した者たちだった。
時藤夏美のほかには、亜麻色の髪をした中性的なショートカットの美女、潮風かおる。
金髪カールのゴージャスな美女、光明寺さやか。
そして暗い顔をした華奢な黒髪の中学生くらいの少女、闇路ゆみこだった。
「……僕はこんな面倒なことに関わっている暇はないんだけどな。モデルの仕事にも支障がでるし」
かおるが不機嫌そうに聞くが、まあまあとさやかに宥められた。
「かおるちゃんったら。そんなにツンケンしなくても。あいつを倒したら、日本政府もそれなりに配慮していただけるんでしょ?」
「は、はい。日本政府は全力で、あなた方を全面的にバックアップさせていただきます。それだけではなく、報酬も思いのままです」
岸本首相は、汗だくで彼からみたら何十歳も齢若い小娘たちに頭をさげている。
「……」
そんな首相を、ゆみこは覚めた目で見ていた。
「……私はそんなものはいらない。ただ一つ、癌になったお母さんを治してほしい。最新鋭の治療を受けさせてあげて」
「は、はい。すぐに最先端医療機器がそろった国立先進病院への入院を手配いたします」
首相はそういって、再び頭をさげた。
「それで、あのテロリストを始末するのに、日本政府は僕たちにどう協力してくれるんだ?」
再びかおるが不機嫌そうに聞くと、首相は計画書をとりだした。
「まずは罠を張りましょう。あいつが倒される様子が全国に報道され、国民の信頼を取り戻せるようにします。夏美さんがアイドルグループに復帰してテレビに映るようになれば、奴は必ず襲い掛かってくるはずです」
こうして、政府と天使たちによる山田太郎抹殺プロジェクトが開始されるのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

クラス転移したからクラスの奴に復讐します

wrath
ファンタジー
俺こと灞熾蘑 煌羈はクラスでいじめられていた。 ある日、突然クラスが光輝き俺のいる3年1組は異世界へと召喚されることになった。 だが、俺はそこへ転移する前に神様にお呼ばれし……。 クラスの奴らよりも強くなった俺はクラスの奴らに復讐します。 まだまだ未熟者なので誤字脱字が多いと思いますが長〜い目で見守ってください。 閑話の時系列がおかしいんじゃない?やこの漢字間違ってるよね?など、ところどころにおかしい点がありましたら気軽にコメントで教えてください。 追伸、 雫ストーリーを別で作りました。雫が亡くなる瞬間の心情や死んだ後の天国でのお話を書いてます。 気になった方は是非読んでみてください。

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

月が導く異世界道中extra

あずみ 圭
ファンタジー
 月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。  真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。  彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。  これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。  こちらは月が導く異世界道中番外編になります。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第二章シャーカ王国編

「魔王のいない世界には勇者は必要ない」と王家に追い出されたので自由に旅をしながら可愛い嫁を探すことにしました

夢幻の翼
ファンタジー
「魔王軍も壊滅したし、もう勇者いらないよね」  命をかけて戦った俺(勇者)に対して魔王討伐の報酬を出し渋る横暴な扱いをする国王。  本当ならばその場で暴れてやりたかったが今後の事を考えて必死に自制心を保ちながら会見を終えた。  元勇者として通常では信じられないほどの能力を習得していた僕は腐った国王を持つ国に見切りをつけて他国へ亡命することを決意する。  その際に思いついた嫌がらせを国王にした俺はスッキリした気持ちで隣町まで駆け抜けた。  しかし、気持ちの整理はついたが懐の寒かった俺は冒険者として生計をたてるために冒険者ギルドを訪れたがもともと勇者として経験値を爆あげしていた僕は無事にランクを認められ、それを期に国外へと向かう訳あり商人の護衛として旅にでることになった。 といった序盤ストーリーとなっております。 追放あり、プチだけどざまぁあり、バトルにほのぼの、感動と恋愛までを詰め込んだ物語となる予定です。 5月30日までは毎日2回更新を予定しています。 それ以降はストック尽きるまで毎日1回更新となります。

彼女をイケメンに取られた俺が異世界帰り

あおアンドあお
ファンタジー
俺...光野朔夜(こうのさくや)には、大好きな彼女がいた。 しかし親の都合で遠くへと転校してしまった。 だが今は遠くの人と通信が出来る手段は多々ある。 その通信手段を使い、彼女と毎日連絡を取り合っていた。 ―――そんな恋愛関係が続くこと、数ヶ月。 いつものように朝食を食べていると、母が母友から聞いたという話を 俺に教えてきた。 ―――それは俺の彼女...海川恵美(うみかわめぐみ)の浮気情報だった。 「――――は!?」 俺は思わず、嘘だろうという声が口から洩れてしまう。 あいつが浮気してをいたなんて信じたくなかった。 だが残念ながら、母友の集まりで流れる情報はガセがない事で 有名だった。 恵美の浮気にショックを受けた俺は、未練が残らないようにと、 あいつとの連絡手段の全て絶ち切った。 恵美の浮気を聞かされ、一体どれだけの月日が流れただろうか? 時が経てば、少しずつあいつの事を忘れていくものだと思っていた。 ―――だが、現実は厳しかった。 幾ら時が過ぎろうとも、未だに恵美の裏切りを忘れる事なんて 出来ずにいた。 ......そんな日々が幾ばくか過ぎ去った、とある日。 ―――――俺はトラックに跳ねられてしまった。 今度こそ良い人生を願いつつ、薄れゆく意識と共にまぶたを閉じていく。 ......が、その瞬間、 突如と聞こえてくる大きな声にて、俺の消え入った意識は無理やり 引き戻されてしまう。 俺は目を開け、声の聞こえた方向を見ると、そこには美しい女性が 立っていた。 その女性にここはどこだと訊ねてみると、ニコッとした微笑みで こう告げてくる。 ―――ここは天国に近い場所、天界です。 そしてその女性は俺の顔を見て、続け様にこう言った。 ―――ようこそ、天界に勇者様。 ...と。 どうやら俺は、この女性...女神メリアーナの管轄する異世界に蔓延る 魔族の王、魔王を打ち倒す勇者として選ばれたらしい。 んなもん、無理無理と最初は断った。 だが、俺はふと考える。 「勇者となって使命に没頭すれば、恵美の事を忘れられるのでは!?」 そう思った俺は、女神様の嘆願を快く受諾する。 こうして俺は魔王の討伐の為、異世界へと旅立って行く。 ―――それから、五年と数ヶ月後が流れた。 幾度の艱難辛苦を乗り越えた俺は、女神様の願いであった魔王の討伐に 見事成功し、女神様からの恩恵...『勇者』の力を保持したまま元の世界へと 帰還するのだった。 ※小説家になろう様とツギクル様でも掲載中です。

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

処理中です...