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帝国会議

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ガルムから報告を受けた皇帝は、重臣たちを集めて帝国会議を開く。
パルテノン帝国の長い歴史でも前例のない、平民を貴族に任命するかどうかで、会議は紛糾した。
「帝国貴族とは、魔力を持つ選ばれた存在だ。ただの平民に貴族位を与えるなど、帝国の威信を揺るがし、秩序を乱す行いである」
大将軍をはじめとする軍部は、そういって反対する。
「私たちも反対ですわぁ。われら貴族はオリンポスの神々の血をひく高貴な存在なのよぅ。下賤な平民などとは種そのものが違うのだからぁ」
帝国の儀典を扱う大神官も首を振った。
「無知で粗暴な平民などに貴族位を与えても、その責務を全うできますまい。われら貴族は民を導き、管理する立場にあるのです」
賢者号を持つ大賢者は、話にもならないといった感じでそっぽを向いた。
しかし、彼ら帝国に直接仕える法衣貴族たちとは違い、地方に領土を持つ在地貴族たちの意見は違った。
「ハーピー族たちの連絡網が使えなくなったら、帝国内の物資の流通に大きな弊害が出てしまう」
「それに、土の魔石は帝国の農業にとって肥料として必要だ。その供給が滞ったら、食糧不足により飢饉が発生するかもしれぬ」
彼ら地方貴族にとっては、帝都で生活している法衣貴族と違って通信と肥料は生活に直結する大問題である。帝国の威信などのために、自領を経済破綻させるわけにはいかなかった。
「ヘリックとやらは帝国の通信と土の魔石を握っておる。ここは男爵位でもくれてやって、奴を懐柔すべきではないか?」
彼ら在地貴族にとって大切なのは自領の利益であり、帝国から与えられた爵位など大した価値はない。たかが男爵家が一つ増えることぐらい、どうでもよいといった者が大多数だった。
「ふんっ。臆病ものどもめ!何がヘリックだ。そんな平民など、わが帝国の正規軍をもってすれば、一ひねりで滅ぼしてくれるわ」
軍部を代表する大将軍がそう高笑いするが、そこに冷静な声が投げかけられる。
「無理に攻め入ろうとしても、彼らの本拠地である土星城は空中に浮かんでいます。それを攻めるには、何百ものワイバーンが必要になります」
そう指摘したのは、ワイバーン騎士であるガルㇺだった。
「そうなれば、帝国各地に派遣してあるワイバーン騎士たちを一斉に招集せねばなりません。そうなると、各地で亜人族たちの反乱が勃発する可能性があります」
「ぐぬ……」
そのことを指摘されて、大将軍は言葉に詰まる。空を飛んで偵察と伝達を行うことができるワイバーン騎士は、国防の要である。彼らが各地に張り付いているからこそ、帝国軍は広い領土を効率的にカバーできているのである。
「ならば、土星城を支えているヘスペレオスの町を攻めれば」
「たとえその町を征服しようとしても、ドワーフたちは逃げ出して土星城に立てこもるだけ。無人の町を手に入れて、何を得ようとするのですかな?」
「……」
正論を言われて、大将軍は沈黙した。
「ガルム殿のおっしゃる通りです。平民一人に爵位を与えるだけで、無駄な戦をしかける必要がなくなるのです」
ガルムの発言に勢いをえた在地貴族たちが、皇帝にそう進言する。
「待ってよぅ。帝国の権威が……」
なおも反対しようとする大神官だったが、隣に座っていた大賢者に遮られた。
「たしかに、ヘリックとやらに男爵位を与えるだけで今の帝国の秩序が保たれるなら、特例を認めるべきかもしれませぬ。ただし……」
そこで言葉を切って、皇帝に向き直る。
「無知な平民は学がなく、また帝室に対する忠誠心もございません。男爵位をさずける代わりに、魔法学園に通わせて貴族としての心構えをみっちりと教育させるべきかと思います」
それを聞いて、皇帝は大きくうなずいた。
「大賢者の言やよし。魔法学園に通わせることを条件に、ヘリックに男爵位を認めよう」
こうして、ヘリックに対して帝国から召喚状がだされることになるのだった。

土星城
ケルセウスは、身代金が支払われたので解放されることになった。
「覚えていろよ。いつか絶対にお前に復讐してやるからな」
ツルツルハゲになったケルセウスは、そう言って帝国がよこしたワイバーンにのって去っていく。それを見送ったヘリックは、帝国からの召喚状を開いた。
「なるほど。俺に男爵位を与える代わりに、魔法学園に通うようにとのことか。ここまではゼウスが調整した運命のとおりか……」
どうやらヘリックは貴族になれるらしいが、どうもゼウスが定めた筋書き通りに進んでいるようであまり気分がいいものではない。
これから帝国、そして貴族たちとどう付き合っていくべきか悩んだヘリックは、ガイアとゼフィロスに相談することにした。
「なるほど。男爵位が与えられることになったのですか」
「でも、貴族たちは自分たちが神の末裔だと自称しているから、プライドが高いんだよね。元平民のキミが魔法学園に通っても、バカにされちゃうんじゃないかな」
ゼフィロスはそう言って、心配してくる。
「まあ、別に俺はバカにされてもどうでもいいんだが、元平民だからといって舐められるのは困るな。これから魔法学園で、『当て馬』にされる女子生徒を探してその運命から救ってやらないといけないし」
ヘリックはそう言って思い悩む。
「なら、この際力を見せつけてみたらいかがでしょうか?」
ガイアはそういって、悪戯っぽく笑ってきた。
「どういうことだ?」
「土星城に木星城が融合したことで、「土」と「風」の無限の魔力が使えるようになりました。それらを使ってあるパフォーマンスをするのです」
ガイアの提案を聞くと、ゼフィロスも乗り気になった。
「それって面白そう。人間の帝国を驚かせてやろうよ」
「わかった。それじゃドワーフ族とハーピー族にも協力してもらって、せいぜい派手な貴族デビューをするとしようか」
こうしてヘリックは、自らの存在を帝国にみせつけるための準備をするのだった。

一か月後
王宮の大広間では、あらたに貴族に任命するための叙爵式の準備が整えられていた。
「……遅い!そのヘリックとやらは、いつ出頭するつもりなのよ!」
儀式を担当している大神官である、エリス・ビーナスが吠える。男なのに口紅をして着飾っている彼は、思い通りにことが運ばないことにイラついていた。
本来なら数日前には王都入りしていなければならないヘリックが、今だに現れていないのである。
「もしや、陛下の出頭命令を無視するつもりか?もしそうなら、全軍を率いて土星城に攻め入ってやる」
大将軍であるマルス・マーズも怒りに顔を染めている。
「……所詮は下賤な平民でしたかな。陛下のご拝謁に賜る栄誉も知らぬとみえる」
大賢者であるワイズマン・マーキュリーは、がっかりした様子だった。
そして、彼ら法衣貴族から離れたところにいる在地貴族の中に、周囲から冷たい目で見られている貴族がいる。
「もしや、ヘリックとやらは来ないつもりなのか?」
「だとすると、我らに従う意思は無いとのことだ。そうなったら、卿には責任を取ってもらわねばならぬな」
そういって睨みつけられているのは、この争いの原因を作ったビュピター子爵である。
彼は仲間の在地貴族たちから責められて、汗だくになって弁解していた。
「も、もう少々お待ちください。へ、ヘリックは元は貧しい馬宿のせがれ。皇帝陛下のご威光に逆らえるはずがありませぬ。きっと奴は出頭してきます」
ジュピター子爵がそう言った時、王宮の外を警備していた兵士たちからざわめきが上がる。
「あ、あれはなんだ!」
「こっちに来るぞ!」
そんな声が聞こえてきて、慌てた何人かの貴族が窓から外をみる。
「ひ、ひえええええ!」
彼らは全員が恐怖の叫び声をあげるのだった。

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