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:若社長、項垂れる:

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 一つ屋根の下、人間を回避するというのは思いの外難しいものだった。
 しかもなぜか、辰之進は本社ではなくお屋敷で仕事をしているのである。鉢合わせないように気をつけていても、近くを通ったり声がしたり、その度に彩葉は動揺してしまう。
 大御殿とはいえ、各部屋入り口が都合よく複数あるわけでもない。
 例えば、大広間なら右のドアから辰之進が入ってくるのを視界に捉えるなり左のドアから走って退室すればいいけれども、辰之進も彩葉もよく使う図書室やオーディオルーム、小会議室は入り口が一つしかない上、外から中の様子が見えにくい。だから鉢合わせる可能性が高い。

 今も、辰之進が少し前に自室へ向かって歩いたのを確認してから図書室の掃除に来たのに、すぐに辰之進とナカゾノのバカ御曹司がやってきてしまった。
「しまった!」
 咄嗟に箒を抱えて棚の影に隠れて息を潜める。

ーーはやく立ち去ってよー……

 辰之進は探している本があるのだろう、彩葉に気付くことなく目的の場所へと向かい、再び戻ってくる。
 ナカゾノの馬鹿は英文の雑誌を手に戻ってきた。
「辰之進、この博士の著書あるかい?」
「あ、あるぞ。確か姉上が購入したと言っていたから……」
 お姉さんがいたのね、と、彩葉は目を丸くする。今まで誰もそんな話しはしなかったし、このお屋敷にそんな気配もない。話してくれないには事情があるのだろうが、少し寂しい。
「これだ」
「……ありがとう。辰之進、余計なお世話だとは思うけど彩葉ちゃんとご両親に、その……」
「……そろそろ、言わなきゃならないな」
「大丈夫、あの子なら」
「うむ」
 お姉さんの話題はそこで終わり、本の話題へと移行する。そっと本棚から顔を出して覗けば、その横顔がキリリとしていて思わず見惚れてしまう。
 黙っていれば辰之進は美形ーーというか忘れがちだが、ハイブランドのモデルでもある完璧な容姿の男なのだ。

ーーあの隣に立つの? ちんちくりんのあたしが?

 うむー、と考え込んでしまったため、少し隙ができてしまった。

「わー! 女王様じゃないか! さあぼくを蹴ってくれたまえ」
 と大声で言いながら背後から抱きついてきて、両手で胸をぎゅっと掴んだ者があった。
 ちなみに今日は赤いスーツでやたら光沢のある素材だった。
 出たな馬鹿変態御曹司! と叫びそうになるのをぐっとこらえる。
「や、やめなさい!」
「悪い下僕にお仕置きしたいでしょ? ほらほら、はやくしないとエスカレートするよ? それにしても、またサイズが大きくなったね。辰之進とぼくが揉みまくるからだね」
 もにゅもにゅ、と揉まれ、先端をくりくりと刺激される。
「や、やだ、やめて……」
「明るいところで綺麗な体を見たいから……露出させちゃおうかな! ほら、脱いで」
 どこから取り出したのか、ハサミがその手にある。
「ほら見て! おっぱいがすぐに揉めるよう胸元をセクシーに穴あけしてみたよ」
 は、と彩葉の目が点になった。なぜ胸元に大穴があき、ほらね、と、変態が嬉しそうに手を突っ込んでいるのか。
 減点、いや、そもそもこの男に持ち点はない。幻滅するほどの何かも抱いてはいない。
「あのね!」
 救いようのない馬鹿ですか、と叫ぶが
「え? ダメ?」
 と無邪気な顔だ。
 ダメに決まってるでしょう、と力が抜けてしまう。こんな倫理観が欠落した男が時期社長でナカゾノ工業は大丈夫なのだろうか。
「ね、女王様、動いて見せてよ。エロメイド、辰之進も喜ぶと思うけどな」
「どいつもこいつも! まともじゃない制服で働けるわけないでしょ!」
「ふへへ……女王様、辰之進なんかやめてぼくのとこに嫁に来ない?」
「お断りよっ!」
 彩葉の怒号と華麗なる投げ技の気配に、辰之進がすっ飛んできた。
「あっ……」
 視線がばっちり合ってしまい、顔が赤くなってしまう。
「彩葉大丈夫か! あ、胸を丸出しにしてーーまさか、誘ってくれているのか?」
 はっとして慌てて胸元を隠す。
 赤いスーツの変態を投げた時に、穴から胸がこぼれ出てしまった。
「や、やだっ!」
 こんな格好で辰之進と二人きりになったら、なし崩しで抱かれてしまう。好きかどうか気持ちを確認するまでは、絶対に抱かれてはいけない。

ーーよし、逃げる!

 くるりと回れ右をして、図書室から駆け出す。
「彩葉、待て!」
「いやです」
 毛足の長い、ふかふかの絨毯が敷き詰められた廊下を全力で走る。最初は走りにくいと思った廊下だが、今ではすっかり慣れた。
「止まれ、彩葉!」
 絶対止まらない! と心の中でのみ返事をしてスピードを上げる。
 辰之進が螺旋階段を使うから彩葉は使用人用の階段を使う。それを承知の辰之進もそっちへと走る。
「くそっ、ちょこまかと!」
「捕まるわけにはいかないの!」
「止まれ、逃げるな!」
「お断りよ!」
 屋敷の中を、右へ左へ、上へ下へ。もはや、九条さんも執事も、誰も彩葉には何も言わない。
「九条さん、ぼっちゃまはタフになられましたな。あんなに一生懸命に走って……」
「ええ、諦めのよすぎる点が気にかかっていましたけど、思い通りにならない女性というのも宜しいようで……」
 二人の目の前を、成人男女が追いかけっこして通り過ぎる。

「彩葉、ま、まてーっ!」

ーーぴしゃん、ガチャリ。

 辰之進の目の前で彩葉の部屋の扉が閉まり、鍵までかかった。
「……彩葉、なんでこんなことを……」
 辰之進は扉の前で項垂れた。
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