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 トントン、と元気の良いノックの音に、リノリアスは目を覚ました。
 身体は酷くだるいが、不調というほどではない。むしろここ数日のうちで最もよく眠れたといっていい。
「ここは……」
 素早く目線を動かせば白い壁に囲まれているのがわかる。
 丸くくりぬかれた窓のむこうには建物がなくひたすら砂漠が広がっている。すなわちここが王都の外れなのだと嫌でも思い知らされる。
 その窓の下に木製のベッド、傍らに机が置かれ、壁には作りつけの本棚とタンスがある。
 小さな部屋だ。
 そのなかで特徴的なのは扉の上に、この国を作ったと伝わる老女ナーウリア神像が据えられていることだろう。通常この位置には、それぞれの家の紋章を染め抜いた旗であったり組織のエンブレムであったり、何らかの所属や階級を示すものが飾られる。
 その位置に神像があるということはーー。

「ああ、中央公園のねぐらから、王立大神殿に連れてこられたんだったか……」

 再びのノック、身体を起こしてドアの鍵を開ける。
「あ、本当にリノリアス兄上だ! 探しましたよ」
 ひょこん、と顔を出したのは褐色の肌に銀の髪、燃えるような赤い眼の異母弟ゼルカルクだ。
 十も年下の、やっと十五になったばかりの異母弟は、つい先日までリノリアスが持っていたもののほとんどすべてを所持している。
 まず、ミンティウス家に先祖代々伝わる爵位と財産。
 そして王立騎士団団長という肩書と、騎士という仕事。
 わずかながら保有していた火の魔力も、どうしたことか異母弟の方へ移ってしまい、その結果リノリアスのトレードマークだった赤い眼もゼルカルクに移動した。
 結果、リノリアスに残ったものは、剣術の腕前と、銀の髪と色の抜けた灰色の目。

 ーーそして他人の魔力を吸ってしまう特異体質。

 今も、近寄ってきたゼルカルクの魔力を無意識に吸ってしまった。きっとリノリアスの髪と目が赤く染まっていることだろう。
「兄上! また吸い取った!」
「ああ……ゼルカルク、すまない、魔力を返還する」
「まったく……いつになったら魔力泥棒をコントロールできるようになるんですか? ぼくは体内に保有している魔力が少ないので、少しでも減ると仕事に差し障るんですよ。それをわかっていて、吸ってるんじゃないですか?」
「泥棒とは酷い言い草だな」
「だってそうでしょう? そのせいで、有罪判決が下って爵位剥奪の上王都追放が妥当ということになったのに――なぜ王都にいるんですか」
 くっくっく、とリノリアスは小さく笑った。
「皇太子殿下は、俺の学友であり――俺は殿下の腹心だったからな。そう滅多な扱いはできないさ」
「ほんとにっ……悪運だけは強いんですね」
「そうかもな」
 にっ、とリノリアスが笑った拍子に、また魔力が吸い取られ、ゼルカルクが怒る。

 ただでさえ魔力持ちが減っているのに、無差別に他人の魔力を奪うリノリアスの存在は厄介以外の何物でもない。だが、騎士団では有効活用されていた。魔力が無尽蔵の人が何人もそばにいたため、彼らの魔力を吸って攻撃魔法へと変換し、自らの剣に乗せて「属性付き物理攻撃」としていたのである。
 それでもレアケースであることに間違いはなく、王立魔導研究所の連中が寄ってたかってリノリアスの体や事例を研究した。
 だが、過去にそのような魔力や精霊が存在したためしはなく、どのような魔道具も反応しなかったことから、リノリアスのそれは魔力によるものではなく個人の特異な体質、特異な能力だと認定されてしまった。

 国にとって厄介な人物を次期伯爵にするわけにはいかない――そう主張したのは、父の後妻だった。
 彼女は、伯爵家の莫大な財産を、自分が産んだ子ゼルカルクにまるまる相続させたいと考えていたのだ。
 そのために伯爵が病に倒れたタイミングで大規模な廃嫡運動を起こし、貴族社会からリノリアスを追い出すことに成功したのだ。

「ところでゼルカルク、わざわざここへ何をしに来たんだ?」
「あ、そうそう。縁談がいくつか届いているのです」
「なに、伯爵となった瞬間縁談か。わからんでもないが、まだはやいのでは?」
 違う違う、と、ゼルカルクが首を横に振った。
「ぼくじゃなくて、兄上に、ですよ」
「はい?」
「二十歳過ぎてる御令嬢ばかりで、まぁーー美女ですが全員ワケアリです」
 適齢期を過ぎたレディが嫁ぎ先を探しているーーならば、よほど条件に難があるか、社交界で異性絡みのスキャンダルを起こしたか。
「美女というからには醜聞か?」
 異母弟が喋る令嬢たちのプロフィールを聞いていたリノリアスは、最後の一人で思わず顔を顰めた。
「孔雀の羽色の目を持つマリンローズ嬢といえば……有名な、魔力なし令嬢じゃないか」
「はい。彼女が今のところ有力候補です。伯爵家同士で家柄も釣り合います。兄上が気に入ればすぐにでも話を纏めると母上が」
 結婚なんぞするつもりはないぞ、と言えば、異母弟は顔を真っ赤にして怒った。
「何か問題ありますか? 兄上も魔力なしだから魔力なしどうしお似合いかと。それに魔力なしのレディなら兄上が魔力泥棒という犯罪をしてしまう心配もないし。さらに、曲がりなりにも長女なら持参金もたっぷりあるでしょうから、小さな屋敷の一つくらい買えると思いますよ」

 ペラペラとよく喋る異母弟である。
「というわけですので、結婚するかどうか決めたら、ぼくに連絡ください」
 そう言い残してゼルカルクは部屋を出て行った。
「まあ確かにこの縁談断ったら俺は文字通りに行き場がなくて、家に迷惑かけることになる、な……」
 
 とはいえ。
 廃嫡されて何も持たぬ今、とても結婚する気にはなれない。

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