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本編

最終話_遅い春の訪れ

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時をだいたい同じくして、彼らから少し離れた楠神社には一台の黒塗りのバイクが停まり、敷地内に構えられた居宅の中庭で、縁側に一人の男が腰かけていた。
少し傾きかけている太陽のあたたかな光が差し込む中、手に持つ盆を脇に置き、隣に座った家主の葉月ハヅキがグラスを差し出す。
「…麦茶にしたけど大丈夫かな? ここだと少し暖かいかなと思って」
「…ん」
気遣う彼に、影斗エイトは短く返事をして受け取った。
葉月家へ訪問してからほぼ言葉を発しないでいる影斗に合わせるように、葉月は会話は続けずに中庭に揺れる植木を眺めながら、グラスを傾けた。
二人の間にしばらく無言の時間が流れた後、葉月は小さく言葉を漏らす。
「昨日の再戦…君が来てくれて良かった。…5人全員揃うことなんて、自分が居る間には無いと思ってたけど…、あるべき形になるってこういうことなのかなって、一人で思ってた」
「……」
蒼矢ソウヤは…きっとこれからしばらく厳しい立ち回りを強いられることになると思う。彼自身も、僕らも、手探りの中でやっていかなくちゃならない。持つ能力的にも、僕らの立場とはまた違うプレッシャーを感じるはずだ」
正面を向いて沈黙を続ける影斗の横顔へ、葉月はほんのりと笑みを浮かべながら続ける。
「…君には、彼を支えていってあげて欲しい。『僕たち』は、どうしても年齢が開きがちになる…一番歳が近い君が親しい存在であれば、蒼矢もあまり気負わずにやっていけると思う」
「…」
「本当は僕も、アカリのように…君のことも含めて引っ張っていかなくちゃならないんだけど。…もちろん全力で支えるつもりではいる。でも、僕は…いつでも"迷い"があるから、きっと"お手本"にはなれない。あらゆる面で君が適任だと思う。…不慣れな彼を導いてあげて欲しい」
無表情のままの彼へどこか寂しげな視線を送った後、葉月は真似するように再び中庭を向いた。
「…どういう形であれ、長い年月の中でセイバーズが揃った瞬間に自分が立ち会えたことが、心から嬉しい。…この先いつまで関わっていけるかわからないけど、僕の中で一生、かけがえのない思い出になる」
「……っ」
満ち足りた表情で、そらを見上げながらそうつぶやく隣で、影斗は一気に麦茶を飲み干してがばっと立ち上がると、彼の正面に立った。そして突然のことに驚いたように目を見張る葉月へ、腰から頭を下げた。
「…悪かった、今まで」
「!」
「姉貴のことであんたを恨んだり、つっかかったりしてきちまったけど、見当違いだった。…俺が勝手に、無関係なあんたに不満をぶつけてただけだった」
「…灯から? それとも晃司コウシ?」
「どっちも」
「……」
葉月はそのつむじを見つめていたが、眉をひそめながらうつむいた。
「見当違いなんかじゃないよ。僕は、君のお姉さんを――」
千花・・でいいよ」
「…千花チカを、守れなかった。彼女の苦しさを理解してたはずなのに、決められた籠から彼女を解放できなかった。千花の気持ちに気付いてたのに…応えてあげられなかった。…千花と同じ未来を望んでいた君にも、当然僕は報いなければならない」
「いや、それこそ見当違いだ。そんなのはあんたの義務じゃない、姉貴のわがままに4年も付き合ってくれただけで十分だ」
「……」
姿勢を戻した影斗は、自分の手元に目を落とした黙る葉月を、まっすぐ見やった。
「…俺たち姉弟が甘えちまってただけなんだよ、あんたなら何とかしてくれるって。姉貴自身で解決しなきゃならなかったことを…、俺がもっと、"家族の一員"として、親父に働きかけなきゃならなかったことを…さ」
「影斗…」
その言葉を受けて、少し顔をあげた葉月と目が合い、影斗は少しはにかんだ。
「…本当に悪かった。と、姉貴と付き合ってくれてありがとう。…たぶん、良い思い出になってると思うぜ」
「…っ」
「でもあえて、俺にとってあんたに足りなかったところを挙げるとすれば…、俺はもう少しあんたに頼って欲しかった」
「……!」
「勝手に全部背負い込んで、いなくなって欲しくなかった。…それがあんたなりの俺への優しさだったとしても、本当のことを話して欲しかった」
彼の吹っ切れたような、でもどこかやるせないような表情を見返し、葉月はこみあげてくるものを抑えきれず、ぱたぱたと涙を落としながら頭を下げた。
「…ごめん…」
「もういいんだって。…泣くなよー。俺が苛めてるみてぇじゃんか」
首を細かく横に振る葉月を見、長く息を吐き出す。
「…あんたも、これでやっと解放されたのかもしれねぇな」
「…うん」
次いで強く頷いてみせ、ゆっくり顔をあげた彼へ、影斗は目線を合わせるように座り込んだ。目元と頬を紅く染め、緊張が緩んで呆けた面持ちに、にやりと悪戯気に笑う。
「これからは関係新たに頼むな、葉月・・
「うん」
「…じゃ、"元・義理の弟"としてぜひ聞かせて欲しいんだけど、ちょっとは姉貴に未練あったりするの?」
「!? ぇ、いゃ、あのっ…」
「じゃあ、付き合ってる間に寝た?」
「!! はっ、寝、え…!?」
「重要だよ、答えろって」
「……、……一度だけ」
着物から見えるデコルテから上全部を真っ赤にしながら縮こまる葉月に、影斗は満足気に息をついた。
「ならいーや。ひとまず新品・・のままあのキツネにやらなくて済んだってことだからな」
「!? っぷ、キツネって…駄目だよ影斗、それは」
「いいだろ別に。姉貴だっていまだに不満垂れてるし、多分親父も陰で言ってるぞ」
あっけらかんと言ってのける影斗の表情に、葉月は本格的に笑いだした。心の底から可笑しそうに笑いこける彼を、影斗は穏やかな表情で眺めていた。
「そんなんじゃ、不安だなぁ…。千花に子供が出来たら、その子に罪はないんだから可愛がってあげてよ」
「あったりまえだろ、頬が擦り切れるほど可愛がってやるよ。なんなら俺が親父だって勘違いさせちまえるくらいにな」
中庭を包むひだまりが霞むくらい、二人の間に温かな空気が満ちていた。

―終―
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