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本編

第17話_暗闇を灯す炎

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玄関を出、階段を下がる手前でアカリ葉月ハヅキへ振り返った。
「――心配だな」
ふいなその言葉に目をぱちくりとさせた葉月の反応を見、短くため息をつく。
「お前、さっき蒼矢ソウヤの意見に同調しようとしただろ」
「…っ!」
「顔に出過ぎだ」
そう呆れた風に返すと、灯は視線にやや鋭さを込めた。
「…他人ひとに甘いのは普段なら構わないが、『セイバーこれ』絡みでは出すな。気遣った相手にも、お前にとっても何の得にもならない、むしろ逆効果だ」
「わかってる、でも…、狙われてる彼を向かわせるのは、やっぱり危険過ぎじゃないか…? 次戦を空けて、その次からでも――」
「"狙ってる"奴が、今回の[侵略者]だけじゃないかもしれない。[奴]は、『アズライト』の覚醒を察知してから狙ってきた…俺は固有能力の性質から見て、[異界のもの]の共通認識でアズライトが標的になっている可能性があるとみてる」
「……!」
「『索敵』はおそらく、[異界のもの奴ら]のどんなタイプにとっても相当な脅威だからな。とすれば、参戦するタイミングを見計らっていても意味がない。この先、彼が[奴ら]の標的から逃れられることがないのなら、それを退ける力を彼自身が身に着けていくしかない」
「……」
眉をひそめ、うつむいてしまった葉月へ、灯は一歩歩み寄ってその肩に手をかけた。
「葉月、俺は多分もうすぐ『ロードナイト』を降りることになる」
「……え…っ!?」
突然の告白に一瞬固まった後、葉月は弾かれるように顔をあげる。絶句する彼へ、灯は少し口調を緩めて続ける。
「なんとなくそう感じてる。少し前からだが、予感みたいなものが段々大きくなっているんだ」
「そんな…、灯が抜けたら…っ…」
「『俺たち』は代替わり制だ、今までもそうしてきただろ。まぁ…お前は『オニキス』しか経験がないか」
「そんなに軽々しく言わないでくれ、あの時の比じゃない…!!」
思わず声が荒げてしまう葉月に、灯はおかしそうにくすりと微笑った。
「…俺の見立てでは、お前より蒼矢の方がよほど肝が据わってるぞ」
「…っ…!」
「悪かった、動揺させたな。…まだ少し先の話だが、お前にはいち早く受け入れていて欲しかった」
「…君がいなくなるなんて…どうあったって、受け入れられる気がしない」
「見えている未来だ、遅かれ早かれ必ず来る。…少しずつ気持ちを固めておけよ」
そう言われても首を横に振り、視線を落とす葉月の頬を両手で押さえ、灯は彼の焦茶の瞳をまっすぐに見つめた。
晃司コウシは感情の振り幅が激しいし、影斗エイトはメンタルは強いが私情で動き過ぎる。…俺が抜けたらお前が頼りだ。蒼矢や、俺の次の『ロードナイト』を支えてやってくれ」
そう、至っていつもと変わりのないトーンで伝えると、灯は軽く手を振りつつ階段を下り、視界から消えていく。
葉月は彼の居なくなった方を見つめたまま立ち尽くしていたが、やがてゆっくりとその場にしゃがみこみ、顔を膝に伏せた。
「…どうして…、どうして、今言うんだ…っ……」

楠神社をあとにした灯は、住宅街の小道を通り少し歩いたところで、黒いシルエットが何もない道端に突っ立っているのに気付き、足を止めた。
「…影斗?」
とある住宅の上階あたりに視線をやっていた影斗はその呼びかけに気付き、顔を向ける。
「! …そうか、そこが蒼矢の家なのか」
すぐに察しがついて近付いていくる灯に、舌打ちをしながら顔をそむけた。
「彼は葉月のところだ。今日は家には帰らないぞ」
「…今、あんたの顔見たくねぇんだけど」
「俺に当たるなよ。それ、晃司あいつにやられたのか?」
逆光の夕暮れの中でもわかる彼の殴られた跡を見、灯は少し噴き出した。
その横顔を恨めしげに睨みつつも、影斗は再びきちんと顔を向けた。
「…あんたは、俺の姉貴と葉月が別れた"本当の理由わけ"っての、知ってんの?」
「!」
「さっき、そんな風に匂わされたんだけど」
「…適当言いやがって、あの野郎…」
影斗の言葉と視線を受け、灯は一時彼からそらして沈黙した後、息を吐き出した。
「…俺も、断片的に把握してる部分と想像が混じってて、正確じゃないぞ。――ただ、千花チカから遠まわしに伝えられていることはあった」
「! …姉貴から?」
「そもそも自分たちは交際してるわけじゃないってな。葉月に付き合って貰ってる・・・・んだと」
「…はぁ?」
あからさまに不可解な表情になる影斗へ、灯は髙城家の塀に背をもたれ、やや下を向きながら続けた。
「あいつは、親父さんからの指示で、高校卒業したら縁談相手――今の結婚相手と籍を入れる予定になってたらしい」
「…!?」
「やっぱり知らなかったんだな。弟には話しておけばいいのにな、あいつも…」
影斗の反応に、灯は深くため息をつく。
「将来への不安もあって大学までは出ておきたかった千花は、高校卒業する少し前に理由を明かした上で葉月と交際し始めた。…元々仲は良かったし、葉月もあの性格だからな、無下には断れず了承したんだろう。親父さんを煙に巻けたかどうかはわからないが、相手はそれで納得させられたらしく、その結果大学時代の4年間は待って貰えた。…が、本当のところはそれが理由じゃなかった」
「……姉貴は葉月が好きだったんだろ」
影斗はぼそりと呟くように言う。
家を空けがちだった影斗は話す機会が限られていたものの、顔を合わせる度に姉・千花から葉月との"交際"を嬉しそうに話して聞かされていた。あの時の彼女の表情は、疑いようもなく嘘偽りないものであった。
「俺も彼女からははっきりそう聞いてる。…あわよくば、大学卒業後も葉月と続けることを望んでいた。が、それは叶わなかった…卒業間際に再度、建前を抜きにした本当の想いを伝えた千花に、葉月が応えることはなかった。…あとはお前も知ってる顛末だ」
努めて淡々と伝える灯は一時沈黙し、棒立ちになったままの影斗へ視線をやった。
「……あいつらは、お互いに納得して関係を解消した。そして最終的に応えられなかったにしても、交際期間中ずっと、葉月は千花を守ってやっていた。…それだけは断言できる」
「……」
「お前はずっと、姉さんを掴まえておけなかった葉月を恨んでいたんだろうが、あいつはお前の怒りの矛先が自分に向くことを解ってて、事実を伏せてたんだ。気持ちを汲んでやれなかった千花への贖罪として。…俺はそう解釈してる」
重苦しい面差しから語られる姉と葉月の真相に、影斗はこうべを垂れたままずるずるとその場に座り込む。
「なんだよ…、なんだったんだよ! 結局俺、外野から野次飛ばしてただけだったんじゃねぇか…っ…」
「…それがあいつの意図だったってことだろう。なるべくお前を蚊帳の外に居させて、親父さんと現状以上に揉めないようにと」
「納得…できねぇ。…納得できるわけねぇだろ!!」
地面に向かってがなる影斗を、灯は憂慮するような表情で見やっていた。
「影斗、冷静に考える時間を作れ。葉月はお前のことも大事に思ってる。…今までのあいつの行動原理をもう一度思い返してみたらいい」
そう告げると、灯は影斗をその場に置いて立ち去っていく。
しばらく歩を進め、だいぶ距離が開いたところで振り返ると、影斗は同じ格好のまま、腕の中に顔をうずめていた。
その姿をしばらく眺め、灯は再び踵を返した。
「…これが、お前・・への贖罪になるとは思ってないけどな」
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