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本編

第6話_空白を埋める者

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葉月ハヅキ影斗エイトは線路をくぐる地下道を越え、アカリの自宅の方向へとひた走る。
先ほどの葉月の着信相手である灯の話を聞くと、彼の居る地点の方が目的地に近いようだった。しかし、正確な場所まではわからない。位置が明確化・・・するまで、方々を探してみるしかない。毎度のことだから慣れてしまったが、状況・・が手遅れになることも度々あるので、こうして走り回っているといつもどうにもならない焦燥感に襲われる。
…まだなにも被害が出てなければいいけど…
葉月がそう思いを巡らせながら走っていると、前方で電柱にもたれ、崩れ落ちそうになっている人物を捉えた。
徐々にはっきりしていくその姿に、葉月と影斗は目を見開く。
「…髙城タカシロ君!?」
蒼矢ソウヤ!!」
二人がかけ寄ると、地べたにしゃがみかけていた蒼矢が顔をあげた。
「! 先生…、先輩…!?」
「どうしたんだよ!? 家にいたんじゃなかったのか?」
「…なんだか、居られなく・・・・・なってしまって…」
差し出された葉月の腕に掴まりながら、蒼矢は青白い顔に苦悶の表情を浮かべて返答する。
「…!? お前、まだ具合が…」
「家でじっとしてると、恐ろしいものが迫ってくる気がして、怖くて…。先生のお宅に行こうとしたんですけど…体が思うように動かなくて…」
腕に掛かる彼の手が震えていることを察し、葉月は身体を支えつつゆっくりと立たせた。
「…一緒に行こう。影斗、君は先に行っててくれ」
「…了解」
葉月にそう指示され、影斗は息をついてから立ち上がる。
「…! 先輩、そっちへ行っては駄目です、危ないです…! 何か・・が…、います…」
しかし、二人を置いて行きかけていた方へと足を運び始めると、蒼矢は苦しそうに呼吸をしながら言葉を投げかけてきた。その妙な言い回しに、引き止められた影斗も支える葉月も、眉をひそめながら彼を見る。
「蒼矢、お前…」
「……!!」
葉月は、蒼矢の片方の手が彼の胸元で硬く握られていることに気付く。
震えながら握りしめられるその小さな拳の間からは、微かな光がにじみ出していた。
惹き込まれるようにそれを凝視する葉月の両腕に、鳥肌が立った。



数分後、葉月から再び連絡を受けた灯は、先に集合地点である近郊の大学の敷地脇で待機していた。外壁の柵から緊張した面持ちで中を覗きつつ、彼の到着を待つ。
「――灯!」
やがて後方から葉月が駆け寄ってくるのに気付くと、軽く手を振った。
「ごめん、遅くなって」
「いや。…場所よくわかったな…、…!」
驚きの混じった声色でそう返してから、灯は彼の数歩後ろにいる人物に目を止める。
「…影斗。…今日は驚かされることが多いな」
そっぽ向いたままの彼へやや呆れたような表情を送った後、ついで葉月のすぐ傍らの存在に気付く。
「葉月、その子は?」
葉月は、中学生くらいの子どもを伴って来ていた。具合が悪いのか顔色がすぐれず、彼に支えられるように立っている。
意図が解らず、あからさまに不審な視線を送ってくる灯を、葉月は幾分か顔を強張らせながら見返した。
「…『5人目』だ」
「……!」
葉月の返答とその表情に、ことを瞬時に理解した灯は再び彼の隣の少年に視線を注ぐ。少年――蒼矢は、苦しさをにじませながらも彼を見上げた。
葉月が肩を抱いて促すと、蒼矢は握っていた拳を開き、ゆっくりと差し出す。その華奢な手のひらの中には、灯の見知った装飾の施された銀色のペンダントが収まっていた。トップにはまる濃い青の鉱石は、上がりきった陽のもとでもわかるくらいに、まばゆい輝きを放っている。
「『彼』が、この場所を教えてくれた。…どうやらここ・・でも[あれら]の気配を感じ取れるらしい」
「へぇ…、そういう『能力』ってことか…」
依然険しい顔つきのままでいる葉月へ、灯は呆けたように感想を漏らした後、口元に笑みを浮かべながら深く息を吐き出した。
「すごいな。…さっきから驚かされっぱなしだ」
「――おい」
と、後方の影斗が二人を呼びかけ、振り返る彼らへ柵内を顎で指し示す。
静かさを保っていたキャンパスからはいつの間にか多人数の声が漏れ聞こえてきて、徐々にそれが大きくなっていき、"何かが起き始めている"ことを示していた。
「…行こう」
既に準備・・を整えている3人を、蒼矢は戸惑ったような面持ちで見上げる。
「っ…あの…」
「大丈夫、僕たちだけでがつくから。ただついて来てくれればいいよ」
葉月はそう言いながら少し身をかがめると、蒼矢を正面から見つめた。
「…それに…、君はもう、『覚悟』ができているはずだ」
「……!」
その真摯な視線を、蒼矢の大きく開かれた目が受け止めた。
二人を見守っていた灯は、タイミングを見計らって胸元に下がる紅い鉱石を握る。
そしてその一瞬後、刹那空間が暗転し――キャンパス内の喧騒は少しずつ小さくなっていった。
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