ガイアセイバーズ5 -歪な虚構の翅-

独楽 悠

文字の大きさ
上 下
4 / 51
本編

第1話_春雪の宵-2

しおりを挟む
斎場の係員が後片付けにちらほらと動き回る中、真っ白な棺の座する最奥へと足を運ぶ。棺の傍らには学ラン姿の大柄な男子が胡座をかいていて、青年はなるべく足音を大きくたてないよう気遣いながら、その背面へ近付いていった。
「――対向4tのスリップの巻き込まれだってさ。こっちはルール守って軽トラでちんたら走ってるだけだったってのに、ついてねぇよな」
声をかけようとした寸前で背中がしゃべりだし、口をつぐんで立ち止まる。
「配達じゃなかったんだ…ちょっと暇になったからって抜けて、ふらっと出掛けただけだったんだ」
黙って後方から見やる彼の視界に入るように、学ランの男は抱えていた小包を自分の横に置く。包装紙が千切れ、何かから大きな衝撃を受けたように傷と凹みにまみれたそれは、青年の知識には疎いものだったが、経験則・・・で単車のどこかしらのパーツだとうかがい知れた。
「……!」
一時、眉をひそめつつもぼんやり眺めていたが、にわかに何かに思い当って目を見開いてから、背中に視線を移した。
学ラン男の家にある750CCの大型バイクは、今は目の前にある棺の中にいる故人のものだったが、白をポイントカラーとした黒塗りだったと記憶している。が、包装紙の隙間からは、複数の赤い単車用アクセサリーパーツが見て取れた。
「…譲る気はねぇ、てめぇで稼げるようになってから買えって散々突っぱねてきたくせに、コソコソ準備しやがってよ。しかも、だせぇ刻印まで入れやがって…今時名前のイニシャルはねぇだろ、さすがに」
呆れたように嘲笑を交え、男は大きく息を吐き出してから沈黙した。青年は静かに歩み寄り、祭壇の段差に手をかけながら男の隣にしゃがむ。横目で浅く確認できた顔貌は思ったより落ち着いていて、少し乱れた前髪の隙間から両目をまっすぐに棺へと向けていた。
「…人ひとり逝っちまうって、あっけないんだな。こっちは何の準備もできてねぇってのに、こんな早くに母ちゃんひとりにしやがって…」
男は包みに手をかけ、力を込めた。
「こんなもののために…、何で命懸けなきゃならねぇんだ…っ…」
少しずつ荒げていく声に合わせ、割れたケースがぴきぴきと握り潰され、破片が手の平にくい込んでいく。
「! よせ、怪我する…」
その手元を見、制止しようとのぞき込むが、男の頭は膝元に垂れ、ばさばさの猫毛を震わせていた。
「俺、これからずっと何年も後悔しながら生きてかなきゃならねぇのかよ…!」
「自分を責めるな、お前のせいじゃ――」
「俺のせいみたいなもんだろ!!」
青年の言葉を遮るように被せてそう怒鳴ると、握っていた拳をひとつ祭壇に叩きつけた。
「俺の用で出掛けて死んじまったんだぞ…! …俺のせいだ。店でじっとしてりゃあ、事故に遭わなくてよかったんだ…!!」
「……」
「くそっ…くそっ…!!」
二度、三度、拳を鳴らし、声を震わせながら男は悪態をつき続けた。
青年は黙ってそれを見守りながら、彼の拳に手を添える。すると拳は祭壇を離れ、青年の腰に抱きついた。ふいに引き寄せられてから次いでずしりと重みがのしかかり、体格差によろめくもなんとかこらえて受け止める。
男は彼の懐に顔をうずめ、声を震わせた。
「…ひでぇよ…っ…、父ちゃん返してくれよぉ…! 俺が代わりになってもいいから、返してくれよ…っ…!!」
青年は、そう途切れとぎれに漏らしながら号泣するその頭を沈痛な面差しで見つめ、肩をさする。
「…レツ、今はそれでもいい。でも、お前は生きていかなきゃ駄目だ。…お前を思っていたおじさんと、残されたおばさんのために」
そして、みずからも頭を彼の背に落とし、優しく包むように覆った。
10年余り付き合ってきてほとんど見せたことの無かった烈の嗚咽が、二人きりの式場内に響いていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

灰かぶりの少年

うどん
BL
大きなお屋敷に仕える一人の少年。 とても美しい美貌の持ち主だが忌み嫌われ毎日被虐的な扱いをされるのであった・・・。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

消えない思い

樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。 高校3年生 矢野浩二 α 高校3年生 佐々木裕也 α 高校1年生 赤城要 Ω 赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。 自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。 そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。 でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。 彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。 そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

【完結】雨降らしは、腕の中。

N2O
BL
獣人の竜騎士 × 特殊な力を持つ青年 Special thanks illustration by meadow(@into_ml79) ※素人作品、ご都合主義です。温かな目でご覧ください。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

処理中です...