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本編
第1話_春雪の宵-2
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斎場の係員が後片付けにちらほらと動き回る中、真っ白な棺の座する最奥へと足を運ぶ。棺の傍らには学ラン姿の大柄な男子が胡座をかいていて、青年はなるべく足音を大きくたてないよう気遣いながら、その背面へ近付いていった。
「――対向4tのスリップの巻き込まれだってさ。こっちはルール守って軽トラでちんたら走ってるだけだったってのに、ついてねぇよな」
声をかけようとした寸前で背中がしゃべりだし、口をつぐんで立ち止まる。
「配達じゃなかったんだ…ちょっと暇になったからって抜けて、ふらっと出掛けただけだったんだ」
黙って後方から見やる彼の視界に入るように、学ランの男は抱えていた小包を自分の横に置く。包装紙が千切れ、何かから大きな衝撃を受けたように傷と凹みにまみれたそれは、青年の知識には疎いものだったが、経験則で単車のどこかしらのパーツだとうかがい知れた。
「……!」
一時、眉をひそめつつもぼんやり眺めていたが、にわかに何かに思い当って目を見開いてから、背中に視線を移した。
学ラン男の家にある750CCの大型バイクは、今は目の前にある棺の中にいる故人のものだったが、白をポイントカラーとした黒塗りだったと記憶している。が、包装紙の隙間からは、複数の赤い単車用アクセサリーパーツが見て取れた。
「…譲る気はねぇ、てめぇで稼げるようになってから買えって散々突っぱねてきたくせに、コソコソ準備しやがってよ。しかも、だせぇ刻印まで入れやがって…今時名前のイニシャルはねぇだろ、さすがに」
呆れたように嘲笑を交え、男は大きく息を吐き出してから沈黙した。青年は静かに歩み寄り、祭壇の段差に手をかけながら男の隣にしゃがむ。横目で浅く確認できた顔貌は思ったより落ち着いていて、少し乱れた前髪の隙間から両目をまっすぐに棺へと向けていた。
「…人ひとり逝っちまうって、あっけないんだな。こっちは何の準備もできてねぇってのに、こんな早くに母ちゃんひとりにしやがって…」
男は包みに手をかけ、力を込めた。
「こんなもののために…、何で命懸けなきゃならねぇんだ…っ…」
少しずつ荒げていく声に合わせ、割れたケースがぴきぴきと握り潰され、破片が手の平にくい込んでいく。
「! よせ、怪我する…」
その手元を見、制止しようとのぞき込むが、男の頭は膝元に垂れ、ばさばさの猫毛を震わせていた。
「俺、これからずっと何年も後悔しながら生きてかなきゃならねぇのかよ…!」
「自分を責めるな、お前のせいじゃ――」
「俺のせいみたいなもんだろ!!」
青年の言葉を遮るように被せてそう怒鳴ると、握っていた拳をひとつ祭壇に叩きつけた。
「俺の用で出掛けて死んじまったんだぞ…! …俺のせいだ。店でじっとしてりゃあ、事故に遭わなくてよかったんだ…!!」
「……」
「くそっ…くそっ…!!」
二度、三度、拳を鳴らし、声を震わせながら男は悪態をつき続けた。
青年は黙ってそれを見守りながら、彼の拳に手を添える。すると拳は祭壇を離れ、青年の腰に抱きついた。ふいに引き寄せられてから次いでずしりと重みがのしかかり、体格差によろめくもなんとかこらえて受け止める。
男は彼の懐に顔をうずめ、声を震わせた。
「…ひでぇよ…っ…、父ちゃん返してくれよぉ…! 俺が代わりになってもいいから、返してくれよ…っ…!!」
青年は、そう途切れとぎれに漏らしながら号泣するその頭を沈痛な面差しで見つめ、肩をさする。
「…烈、今はそれでもいい。でも、お前は生きていかなきゃ駄目だ。…お前を思っていたおじさんと、残されたおばさんのために」
そして、みずからも頭を彼の背に落とし、優しく包むように覆った。
10年余り付き合ってきてほとんど見せたことの無かった烈の嗚咽が、二人きりの式場内に響いていた。
「――対向4tのスリップの巻き込まれだってさ。こっちはルール守って軽トラでちんたら走ってるだけだったってのに、ついてねぇよな」
声をかけようとした寸前で背中がしゃべりだし、口をつぐんで立ち止まる。
「配達じゃなかったんだ…ちょっと暇になったからって抜けて、ふらっと出掛けただけだったんだ」
黙って後方から見やる彼の視界に入るように、学ランの男は抱えていた小包を自分の横に置く。包装紙が千切れ、何かから大きな衝撃を受けたように傷と凹みにまみれたそれは、青年の知識には疎いものだったが、経験則で単車のどこかしらのパーツだとうかがい知れた。
「……!」
一時、眉をひそめつつもぼんやり眺めていたが、にわかに何かに思い当って目を見開いてから、背中に視線を移した。
学ラン男の家にある750CCの大型バイクは、今は目の前にある棺の中にいる故人のものだったが、白をポイントカラーとした黒塗りだったと記憶している。が、包装紙の隙間からは、複数の赤い単車用アクセサリーパーツが見て取れた。
「…譲る気はねぇ、てめぇで稼げるようになってから買えって散々突っぱねてきたくせに、コソコソ準備しやがってよ。しかも、だせぇ刻印まで入れやがって…今時名前のイニシャルはねぇだろ、さすがに」
呆れたように嘲笑を交え、男は大きく息を吐き出してから沈黙した。青年は静かに歩み寄り、祭壇の段差に手をかけながら男の隣にしゃがむ。横目で浅く確認できた顔貌は思ったより落ち着いていて、少し乱れた前髪の隙間から両目をまっすぐに棺へと向けていた。
「…人ひとり逝っちまうって、あっけないんだな。こっちは何の準備もできてねぇってのに、こんな早くに母ちゃんひとりにしやがって…」
男は包みに手をかけ、力を込めた。
「こんなもののために…、何で命懸けなきゃならねぇんだ…っ…」
少しずつ荒げていく声に合わせ、割れたケースがぴきぴきと握り潰され、破片が手の平にくい込んでいく。
「! よせ、怪我する…」
その手元を見、制止しようとのぞき込むが、男の頭は膝元に垂れ、ばさばさの猫毛を震わせていた。
「俺、これからずっと何年も後悔しながら生きてかなきゃならねぇのかよ…!」
「自分を責めるな、お前のせいじゃ――」
「俺のせいみたいなもんだろ!!」
青年の言葉を遮るように被せてそう怒鳴ると、握っていた拳をひとつ祭壇に叩きつけた。
「俺の用で出掛けて死んじまったんだぞ…! …俺のせいだ。店でじっとしてりゃあ、事故に遭わなくてよかったんだ…!!」
「……」
「くそっ…くそっ…!!」
二度、三度、拳を鳴らし、声を震わせながら男は悪態をつき続けた。
青年は黙ってそれを見守りながら、彼の拳に手を添える。すると拳は祭壇を離れ、青年の腰に抱きついた。ふいに引き寄せられてから次いでずしりと重みがのしかかり、体格差によろめくもなんとかこらえて受け止める。
男は彼の懐に顔をうずめ、声を震わせた。
「…ひでぇよ…っ…、父ちゃん返してくれよぉ…! 俺が代わりになってもいいから、返してくれよ…っ…!!」
青年は、そう途切れとぎれに漏らしながら号泣するその頭を沈痛な面差しで見つめ、肩をさする。
「…烈、今はそれでもいい。でも、お前は生きていかなきゃ駄目だ。…お前を思っていたおじさんと、残されたおばさんのために」
そして、みずからも頭を彼の背に落とし、優しく包むように覆った。
10年余り付き合ってきてほとんど見せたことの無かった烈の嗚咽が、二人きりの式場内に響いていた。
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