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本編

第1話_名門校の不良(ワル)

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某日某N区。
小雨が降り注ぐ中を雑踏に紛れて青年が一人、N駅改札出口から離れていく。
華奢な体躯とすらりと伸びた手足に似合う、お決まりのジャケットに細身のパンツ姿で、傘を片手に少し進んで一旦歩道の端で止まってから、携帯を耳に寄せる。
「――先輩、駅に着いたんですが…」
『おう、たった今スマホに店名と地図送ったから、辿り着いて来い』
「わかりました」
『懐かしいだろ、その近辺。初めてお前と遊んだとこだよな』
「…そうですね…良い思い出半分、悪い思い出半分、という感じです」
そう返しつつ、青年は辺りの景色を見回した。雨曇りの中、周囲はいつもより暗くなるのが早く、居酒屋やダイニングバーの看板が雨に濡れながら煌々とした光を放っていた。
彼の返答に、電話の向こうの男が苦笑した。
『そだな。でも今のお前にとっちゃあ、さほど危なくはねぇだろ?』
「…まぁ。でもやっぱり苦手ですね。早くお店に着きたいです」
『おー、こっち・・・も楽しみに待ってるよ、お前のこと』
「近くなったらまた連絡します」
『了解』



約四年前…

都内某S区に位置するT大付属高等学校へ、一台のバイク音が近付く。
学校敷地内に入る直前、裏門近くに店を構える定食屋の駐車スペースへ滑り込み、門から丁度死角になるところにバイクを停め、黒ずくめの男が緩慢な動作でバイクスーツを脱ぐ。
ジャケットの下から現れた制服は目の前の学校のものらしく、裏門を迂回して慣れた所作で脇から滑り込み、手ぶらのまま敷地内へと入っていった。

構内の外れに位置する化学準備室内で、白衣にスーツ姿の教員らしき男が、劇薬入りのガラス瓶がずらりとひしめく薬棚を目の前にゆったりと腰かけ、淹れたてのコーヒーを優雅にすすっていた。
早朝のこの静かなルーティーンを大事にしている彼だったが、にわかに準備室の引き戸が開き、至高のひと時は終了する。
「ふぁ~あ」
頭を掻きながら大きくあくびをし、部屋に侵入してきた先ほどのバイク男は教諭の前を通り過ぎると窓際の椅子へどかっと座り、ひとつ伸びをしてからをしてから肘掛けに腕をもたれた。
「めずらしー。始業前なのにもう来たの?」
カップを置くと、教諭は脚を組んで男へ声をかける。
「んー、特に意味ねぇけど。朝帰り泊まり先から直行しただけ」
「…よくやる高校生だこと。今年入って何回目?」
呆れた風に息をつく教諭だったが、にじみ出る好奇心は口元の緩みを隠しきれていなかった。
短めの細眉に、高校生という立場にしては派手なスタイルの黒髪に片耳のピアス、着崩した制服の胸元に二連ネックレスという出で立ちのその男子生徒は、視線を合わさないまま、他人事のように興味無さ気な表情をする。
「…もうしばらくねぇよ。今朝切れた」
「え。最近楽しそうにしてたじゃん。なんでまた」
「まぁ色々」
「……」
投げやりに思えるその言動に、教諭は頬杖をつき、眉を少しひそめた。
「…君さぁ、もう少し相手選んで付き合ったら? 年相応のさ」
「んー…」
「他人の恋愛事情をとやかく言うつもりないんだけどね。…君には年下の子も合うと思うんだ」
教諭の口上をぼんやりと聞いていた男子生徒だったが、急ににやりと笑う。
鹿野カノちん、誰か紹介してよ。同窓生とか」
「…悪いけど、僕友人関係は大事にしたいから」
「…けーち。そんなだから彼女できねぇんだよ」
「放っといて。…ちょっと宮島、ここ煙草禁止だからね! 化学準備室ここでヤニ臭いとか、僕の首飛ぶだけじゃ済まなくなるんだからね!」
「…わーってるって…」
気分に乗じて口にくわえかけた煙草をケースに戻し、宮島ミヤジマ 影斗エイトは大きくため息をついた。
"鹿野"と呼ばれた教諭は、影斗の前にコーヒーを置き、同時に一枚のコピー用紙を差し出した。
「ねぇ、せっかく早くから学校来てるんだしさ、コレ出ていかない?」
「…入学式…新入生歓迎式典?」
差し出された用紙を受け取り、影斗はさらっと目を通し始める。
「っへー、今日ってそんな日だったんだ」
「そうなんだよ。君ももう最上級生だよ? …在学中に一度くらい出席してみたら? 記念にさ」
「…自分のもまともに出てねぇのに?」
ぷっと噴き出すと、ひらりと用紙を鹿野へ投げ返す。鹿野は慌てて手を差し伸べ、白刃取りするように受け止めた。
「こんなん、俺出たって邪魔になるだけじゃん」
「そんなことないって。君同級生とすら疎遠じゃない? 最後の一年くらい、他の子と関わってみなよ。後輩も含めてさ」
「手塩かけて育てた良い子ちゃんが、不良になっちゃうよ?」
「僕は君と話してて楽しいけどな。ずっと年下なのに僕がやってない事沢山経験してるし、すごく興味深いよ」
「……」
歳不相応に無邪気な笑顔を向けてくる化学教諭に、影斗は少し照れを隠すように鼻で息をついた。
「いや本当にね、今日は是非出席して出てくべきだと思うのよ。ちょっと例年と違って、面白いことになってるんだ。面白いっても、教諭陣僕らの間でだけなんだけどね」
そういうと、鹿野は椅子ごと影斗に接近し、先ほどの用紙を指差しながら影斗に見せる。
「新入生挨拶…」
「そう、注目は新入生代表の挨拶。ここはいつもは高等部一年の内部生があてられるんだけど、今年は異例で外部生が選出されてるんだ」
「…内部生って、中学からの持ち上がりの奴らだっけ?」
「そうそう、うちの学校大体内部生だけど、毎年一割くらいは入試から採ってるんだよね。…君は外部生だったよね!」
「…まぁ」
そういういきさつから外部生の優秀さが解っている鹿野は、冷めた顔をする影斗ににこりと笑う。
「代表に選ばれるような子は、進学考査でトップだったり中等部で生徒会役員だったりするし、僕ら高等部の教員や式運営委員にも気心が知れてるから何かとスムーズなんだよね。
…ただ今年は、外部入試で歴代トップと並ぶスコアを取って、内申も優秀な成績を修めている外部生がいたとかで、例外的にその子にやらせてみようってことになったらしいんだ」
興味なさげな視線を送る影斗だったが、鹿野は嬉々として一方的にしゃべり続ける。
「何しろ慣例に沿わないことだから、古参の先生方の間では賛否あるみたいだけど…、内部生にも一部にリークされちゃって、今校内でも噂になりつつあるね。なんにせよ、みんな興味津々なんだ。
しかもさ、僕も式のリハーサルに来た彼を一度見かけたんだけど――」
と、鹿野が興奮気味にトーンアップしたところで、準備室のドアが開かれ、影斗がぬるっと退室する。
「って、興味ゼロ!? ちょっと、式はー!?」
「どーでもいいよ、そんなの。俺今更学校ここに浸かるつもりねぇし。…教諭陣あっちだってそう思ってるでしょ」
慌てて呼び止める鹿野へ振り返り、影斗はにやっと笑ってみせた。
「コーヒーごっそさん」
そう一言だけ言い残し、準備室のドアが閉じられる。そのままあっさりドアから人影が消えると、腰を浮かしかけた姿勢で止まっていた鹿野は一気に脱力し、がくりと椅子に身体を落とした。
「も~…、…失敗」
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