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奇襲当日4

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 リビングに出ると、そこにはマスターが険しい表情のまま腕を組み俯き加減で待っていた。顔を上げた彼の表情は、どことなく緊張しているように見える。
 さすがの彼でも、これほどの作戦を控えれば緊張するのだろう。そう思うと、エミルは少しほっとしている自分がいた。徐に立ち上がり、マスターが口を開くと。

「もう良いのか? なら、行くか……メルディウス達は一足先に街に行っておる。さっさと仕事を終わらせて、皆で元の世界に帰るぞ!」

 マスターの言葉に深く頷くと、思い出した様にイシェルがポンと手を叩く。

「エリエちゃん達は、今回もお留守番な~。ご飯はキッチンにあるシチューを食べてな~」
「「えぇー!!」」

 不満の声を上げたエリエとミレイニが、テーブルに身を乗り出すようにして立ち上がる。
 2人としては行く気満々だったのだろう。がっかりしているというよりも、隙あらば一緒に付いていこうと考えているのは、その目を見ればすぐに分かる。

 それを察したのか、エリエ達にエミルがため息混じりに呟く。

「エリー? 昨日の事を覚えてるわよね……?」

 彼女の言葉にドキッとしたように身を震わせるエリエ。

 昨日のことというのは間違いなく、昨晩の星の無断外出のことだろう。

 普段から星は、度々良く城を抜け出すことがある。思い付いたら、すぐに行動してしまうことが多いからだが、元々現実世界で頼れる人間のいない星は1人で決断して1人で実行に移す癖がついてしまっているのかもしれない。

 エミルは冷や汗を流している彼女に更に言葉を続けた。

「今日はしっかりと星ちゃんを見ててね! もし、今日もまた外出させたら……分かるわよね?」
「あわわわわ……」

 エミルの影のある笑みに顔を青ざめさせながらエリエが何度も頷くと、エミル達は部屋から出ていった。

 城を出てリントヴルムの背に乗って街に向かう途中、イシェルが何気なくエミルに尋ねた。

「なんであの子をそこまで外出させへんの? なんかまずいことでもあるん?」
「……うーん。まずいと言うか、なんか妙な胸騒ぎがするのよ。前のダークブレットの時のような……」      

 もちろん。この気持ちに確証などない。だが、エミルにはなにか良くないことが起こりそうで仕方なかった。

 大空を風を切って飛ぶリントヴルムの背中から、小さくだが街が見えてきた。
 朝焼けに薄っすらと照らされた街の周囲の至る場所に、無数に光る赤い瞳が不気味で仕方なかった……。

               * * *

 そんなことが部屋で話し合われていることなど露知らず。

 エミルに手を引かれ星が脱衣所までいくと、エミルは険しい表情で終始無言のまま着ている服を脱ぎ始める。
 普段とは明らかに違うエミルの様子を敏感に感じ取ったのか、あえてなにも喋ることもなく星も服を脱ぐ。

 着替えている間に何度かエミルの顔を見ようとしたのだが、星が見る度エミルはあからさまに目を逸らす。
 広い空間の中。シーンと静まり返った脱衣場で、星はエミルに目を逸らされる度、今まで仲良くしてきたことが嘘の様に思えて辛かった……。

 服を全て脱いで一糸纏わぬ姿になると、一足早く着替え終えていたエミルがそっと手を差し出す。やっと目を合わせてくれたエミルの瞳は、どこか悲しそうに見えた。

 浴室に入ると洗い場でいつもの様に星の体をエミルが洗ってくれる。だが、素手で洗われるのはどうしてもくすぐったくて慣れない。

 湯気で視界が霞む中で背中、腕、足と洗っていたエミルの手が突如止まり、後ろから抱きつくように星の小さな体を抱く。
 ゆっくりと肩に回された細い腕は、微かに震えていていつもと変わらないはずの体温も心なしか冷たく感じる。

「……エミルさん?」

 星がエミルの方へと振り向こうとした時、その耳元でエミルがささやくように尋ねる。

「――星ちゃん。もしも……もしもよ? もし、あなたにしかできない事があって、でも自分は死んじゃうかもしれなくて――それでも、多くの人を助けられるとしたら……あなたは……どうする?」

 その声は微かに震えていて、その声を聞いた星はエミルの方を振り向くのを止め、前を向き直すとゆっくりと瞼を閉じて考える。

 そして数秒考えた後に、徐に口を開き聞き返す。

「――それにエミルさん達も含めますか?」 
「……ええ、そうね……」

 小さく弱々しい声で返した彼女の言葉に、星は微笑みを浮かべると、ゆっくりと天井を見上げた。

 湯気で霞む視線の先からは柔らかい光が降り注ぎ、自分を照らしている。

 この時、すでに星の心の中には一切の迷いはなかった。
 もちろん。死んでしまうのは嫌だ……でも、せっかくできた大切な人達を失うのはもっと嫌だった――どっちも救えるならそれに越したことはない。だが、どちらか片方しか選べないんだとしたら……。
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