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エルフの男と触手の大樹5

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 ゲーム内の筋力補正が効いていても、四肢に巻き付いた木の根を振り払うことすらできない。

 最早抵抗できないと悟ると、星は手足に入れていた力を脱力させる。星にとっては、エクスカリバーによる固有スキルの発動が最後の頼みだったのだ――その最後の希望を失って、完全に生存することを諦めてしまったのだろう。

「……まあ、レイを逃がせたし。もういいかな……」

 小さくそう呟いた星は、やりきったという表情で笑みを漏らす。

 星が諦めたと分かると、地面に埋もれていた木の根が地面を裂くように現れ、星の体を宙に持ち上げる。その直後、近くに立っていた大木が突然音を立てて動き出し。大きな枝が項垂れるように広がり、その大木の中央がまるで口のように大きく開く。

 星の体もそれに伴い空高く上がる。星が真上から見ると、その大木は幹の中央部分にびっしりと付いた赤紫色の触手が生き物の様にうねうねと蠢いている。

 その姿はすでに木というより、大地に立つ巨大なイソギンチャクと言った方が正しいかもしれない。

 触手の表面からは紫色の液体が滲み出ていて、捕まえた星を待ち構えている。
 とてもグロテスクな触手を目の当たりにしても、星は冷静だった……いや、もう全てを諦めているからこそ恐怖も何もかも感じない。

 無気力というのはこういうものなのろうか、この感情も今までの人生で初めての感覚だった。どんなに苦しくても、全てを諦めたことなどなかったし。努力し続ければ、きっと最後には報われると思っていたからだ。

 しかし、今はなにも感じない――目の前の木の化け物に捕食されようというこんな状況でも、今の星の心は澄み切った空の様に晴れやかな気分だった。

 全てを悟り覚悟したように星はゆっくりと瞼を瞑る。
 っと、そこに聞き慣れた声が星の耳に飛び込んできた。

「あ~る~じ~!!」

 それは紛れもなくレイニールの声だった。その声に驚き、星は咄嗟にその声の方を向く。

 星の視界に映ったのは、弾丸の様に自分の方に飛んでくるレイニールの姿だった。

「レイ! どうして戻って来たの!? 私は大丈夫だから、早くエリエさんの所に――」
「――何が大丈夫じゃ!」

 言葉を遮ったレイニールは勢い良く飛んでくると、星の右手に絡み付く木の根に飛び付く。

 ぬめりけのある分泌液に包まれたそれを、レイニールが必死で引き剥がそうそうとしている。だが、どう考えても表面がツルツルで、しかも星を捕らえている場所だけが細かい鉤爪状になっている構造であり、それが星の体にしっかりと巻き付き固定されていた。

 この拘束を解くことなどこの大元のモンスターを倒すか、木の根を切り落とす以外に方法はない。
 レイニールも見た目はぬいぐるみのようだが、この形体でも大きなドラゴンの状態と同じ力を持っているはず。だが、そのレイニールが解けないというのはもうどうしようもないだろう。

「レイ。もうダメだよ。離れて……今なら、レイだけなら逃げられるから……」
「何を馬鹿な事を言っているのだ! 逃げるつもりなら最初からそうしているのじゃ! 我輩は主を見捨てて逃げる様な臆病者でも、卑怯者でもない!」

 そう言い放つレイニールに、星は言葉を失っていた。 

「……でも」
「それに主は言ったのだ。今できる事を全力でやると! なら、こんな木の化け物に食べられようとしているこの状況で、諦める事が主の全力なのかッ!?」

 滑る手を何度も掛け直しながら、レイニールが星に向かって逃げるように叫んだ。だが、星は知っていた。努力をしてもどうしようもないことが、この世の中にはたくさんあることを……生まれ持った顔や身長などの身体的なものを始めとして、自分の考えや行動を変えることはできても、他人の考えや行動を変えることはできないということを……。

 今回は明らかに後者だ――モンスターが放してくれるか、誰かが助けてくれる以外抜け出す方法などない。

 現に星は両手両足の自由を奪われ、武器も地面に突き刺さった状態では努力ではもうどうすることもできない。また、レイニールの行動から見ても、掴んで引き剥がすことができない以上。鋭利な刃物で切断する以外に選択肢はなさそうだ。

 そしてなにより。今は何としてもレイニールだけでも、この場から逸早く離脱させることが星にとっては重要だった。

 深呼吸をしてレイニールの目を見つめる星が、ゆっくりと落ち着いた声音で説得するように話し始める。

「――レイ。落ち着いて聞いて……努力してもダメな時はダメなの。私のは、もしもできなかった時に自分を許すための言い訳……」

 そう。今まさに星の口から出ている言葉が紛れもない真実だった……。

 どんなことでも努力すれば、どんなことにも『あれだけ頑張ったんだから』と自分に言い聞かせることで、痛みを軽減して自分を肯定できる。努力とは無理だった時に、自分を慰める為の言い訳以外の何物でもないのだ――。

 俯き加減にそう呟く星に、レイニールが不満を爆発させるように声を荒らげる。

「嘘じゃ! 主はそう言えば、我輩が逃げると思ったのだろうが、我輩の主様はそんな弱音は吐かないのじゃ! 主が我輩の立場なら必ずこういうはずじゃ『大丈夫。きっとなんとかするから』と! それに、もう主を1人にしないと決めたのだ。我輩はいつまでも主と一緒に居たいのじゃ!!」
「……レイ……」

 その言葉に胸がきゅっと締め付けられる様な痛みを感じ、懸命に自分の体の木の根を引き剥がそうする姿が星の瞳が涙で霞む。
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