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ライラの企み5
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もちろん。全く力を入れずに無駄のないスピードで、だが丸太を切り抜くことなく素人の星が見ても美しいフォームだった。その姿を羨望の眼差しで見つめていた。
エミルは剣を地面に刺し、星の方をくるりと向き返すと瞳を煌めかせている星を見た。
「とりあえず。基本的なこの3種類の攻撃モーションを覚えてもらおうかな」
だが、星にはとてもエミルのような、鋭い攻撃を放つことができそうにない。
まあ、ゲームを始めてまだ一ヶ月程度の星に、ベテランプレイヤーのエミルと同じような動きをしろと言う方が無理だろう。
不安そうに眉をひそめている星に向かって、エミルが悪戯な笑みを浮かべ呟く。
「これくらいできるようになってもらわないと、合格点はあげらないわよ?」
「――ッ!?」
それを聞いた星は首を振ると、真剣な面持ちで剣の柄を握り締める。
直感的に、星にはエミルの言葉は本心から出たものだと確信した。もし、ここで自分が無理だと言ってしまえば、きっと次にエミルが戦うことを許可してはくれないだろう。
待ちに待ったこのチャンスを、みすみす逃す訳にはいかない。
星は木製の剣を自分の前に構え、地面に突き刺さっている丸太を見据え。
「やります。私はもっともっと強くならないとダメだから」
っと、勢い良く地面を蹴って剣を振り下ろす。
勢い良く丸太の上段にヒットした星渾身の一撃の直後、当たった反動で星の持っていた剣が弾き飛ばされ、クルクルと空中を舞って遥か後方の地面に刺さった。
星は自分の手を見下ろしながら、ジンジンと痛む両手をぎゅっと握る。
(……すごい衝撃だった)
内心驚きを隠せない星だったが、すぐに地面に刺さった剣を抜く。
普段の戦闘時の星は体が強張るほどに力を入れていた。だが、今回は脱力しつつ剣速を上げることを意識している。
当たった直後に力を込める……言葉の意味は理解できるが、剣速を意識しすぎると力を込めるタイミングが遅れてしまう。その為、脱力した状態で丸太に当たって、容易に弾き飛ばされてしまったのだ。
もちろん。ここはゲームの世界。大人と子供のステータスに違いはなく、その差はリーチとその数値分の攻撃力くらいなものだ――。
でも、こんなことくらいで弱音を吐いていたら、敵と戦うことなんてできるわけがない。
しかも、今の状況下で戦う相手はモンスターではないのだ――意志を持って向かってくるプレイヤーが相手になる。素人の星でも、対人戦の方が難しいのは理解している。
生半可な覚悟では戦えない。AIと違い、思考を持って戦う相手との戦闘には戦闘技術以外にも、想いの力が強く作用することを星は分かっていた。それは敵意であり決して好意ではない。星は強い憎悪を向けられたら、きっと萎縮してしまってまともに戦えなくなるだろう……。
だからこそ、誰にも負けないくらいの技術が必要なのだ。それに……これ以上。皆の後ろに隠れているのが星には我慢できなかった。
仲間が傷付くのを後ろで指を加えて見ているくらいなら、自分が傷付いた方が何倍も楽だと星は本気で思っていた。
自己犠牲とかそういう簡単な言葉では表せない。もっと深い何かが、自分を心と体を突き動かすのを感じる。
何度も何度も剣を飛ばされながらも、星は丸太相手に剣を振り続けた。
いくら額を汗が流れようとも、その汗が目に入ろうとも、一心不乱に星は剣を振り下ろす。その姿からは、星の戦いに対する強い想いを感じざるを得ない。
次に星の耳にエミルの言葉が飛び込んできた時には、激しい西日が横顔を照らしていた。星が練習を始めて、すでに数時間を経過している。
「星ちゃん、そろそろ終わりにしましょう。さすがにオーバーワーク過ぎよ? 急いだって、すぐに上手くなるわけじゃないわ……」
心配そうに星の顔を覗き込んでエミルが告げたのだが、星は剣を振る手を止めようとはせずに、丸太にカンカンと木の剣を打ち付けている。
「はぁ、はぁ……先に、言ってて下さい。もう少しだけ……」
肩で息を繰り返し、流れる汗を拭うと星は得物をもう一度構え直す。
視線を逸らすことなく木の剣で丸太を叩きながら、星がそう言葉を返すと、エミルは「また、呼びにくるわね」とだけ言い残して、浮かない表情のまま城へと戻っていく。
その途中、木の上に座って星の練習風景を眺めていたレイニールに声を掛けた。
「レイニールちゃんも、星ちゃんに何か変化がないか気にかけておいてね。もし、なにかあったら、すぐに彼女を止めて私に知らせてちょうだい」
木に凭れ掛かるように、木の枝に寝そべっていたレイニールは背筋を正した。
「うむ。分かった……だが、主も初日から無理しないと思うぞ? きっと疲れたら止めるのじゃ」
「……そうね。そうだといいんだけど……」
エミルは一抹の不安を覚えながら、剣を振り続ける星を一瞬だけ見て、重い足取りで城の方へと戻っていく。
部屋に戻ると、いつの間にか戻ってきていたミレイニとエリエがキッチンでホットケーキを焼いていた。
エミルは剣を地面に刺し、星の方をくるりと向き返すと瞳を煌めかせている星を見た。
「とりあえず。基本的なこの3種類の攻撃モーションを覚えてもらおうかな」
だが、星にはとてもエミルのような、鋭い攻撃を放つことができそうにない。
まあ、ゲームを始めてまだ一ヶ月程度の星に、ベテランプレイヤーのエミルと同じような動きをしろと言う方が無理だろう。
不安そうに眉をひそめている星に向かって、エミルが悪戯な笑みを浮かべ呟く。
「これくらいできるようになってもらわないと、合格点はあげらないわよ?」
「――ッ!?」
それを聞いた星は首を振ると、真剣な面持ちで剣の柄を握り締める。
直感的に、星にはエミルの言葉は本心から出たものだと確信した。もし、ここで自分が無理だと言ってしまえば、きっと次にエミルが戦うことを許可してはくれないだろう。
待ちに待ったこのチャンスを、みすみす逃す訳にはいかない。
星は木製の剣を自分の前に構え、地面に突き刺さっている丸太を見据え。
「やります。私はもっともっと強くならないとダメだから」
っと、勢い良く地面を蹴って剣を振り下ろす。
勢い良く丸太の上段にヒットした星渾身の一撃の直後、当たった反動で星の持っていた剣が弾き飛ばされ、クルクルと空中を舞って遥か後方の地面に刺さった。
星は自分の手を見下ろしながら、ジンジンと痛む両手をぎゅっと握る。
(……すごい衝撃だった)
内心驚きを隠せない星だったが、すぐに地面に刺さった剣を抜く。
普段の戦闘時の星は体が強張るほどに力を入れていた。だが、今回は脱力しつつ剣速を上げることを意識している。
当たった直後に力を込める……言葉の意味は理解できるが、剣速を意識しすぎると力を込めるタイミングが遅れてしまう。その為、脱力した状態で丸太に当たって、容易に弾き飛ばされてしまったのだ。
もちろん。ここはゲームの世界。大人と子供のステータスに違いはなく、その差はリーチとその数値分の攻撃力くらいなものだ――。
でも、こんなことくらいで弱音を吐いていたら、敵と戦うことなんてできるわけがない。
しかも、今の状況下で戦う相手はモンスターではないのだ――意志を持って向かってくるプレイヤーが相手になる。素人の星でも、対人戦の方が難しいのは理解している。
生半可な覚悟では戦えない。AIと違い、思考を持って戦う相手との戦闘には戦闘技術以外にも、想いの力が強く作用することを星は分かっていた。それは敵意であり決して好意ではない。星は強い憎悪を向けられたら、きっと萎縮してしまってまともに戦えなくなるだろう……。
だからこそ、誰にも負けないくらいの技術が必要なのだ。それに……これ以上。皆の後ろに隠れているのが星には我慢できなかった。
仲間が傷付くのを後ろで指を加えて見ているくらいなら、自分が傷付いた方が何倍も楽だと星は本気で思っていた。
自己犠牲とかそういう簡単な言葉では表せない。もっと深い何かが、自分を心と体を突き動かすのを感じる。
何度も何度も剣を飛ばされながらも、星は丸太相手に剣を振り続けた。
いくら額を汗が流れようとも、その汗が目に入ろうとも、一心不乱に星は剣を振り下ろす。その姿からは、星の戦いに対する強い想いを感じざるを得ない。
次に星の耳にエミルの言葉が飛び込んできた時には、激しい西日が横顔を照らしていた。星が練習を始めて、すでに数時間を経過している。
「星ちゃん、そろそろ終わりにしましょう。さすがにオーバーワーク過ぎよ? 急いだって、すぐに上手くなるわけじゃないわ……」
心配そうに星の顔を覗き込んでエミルが告げたのだが、星は剣を振る手を止めようとはせずに、丸太にカンカンと木の剣を打ち付けている。
「はぁ、はぁ……先に、言ってて下さい。もう少しだけ……」
肩で息を繰り返し、流れる汗を拭うと星は得物をもう一度構え直す。
視線を逸らすことなく木の剣で丸太を叩きながら、星がそう言葉を返すと、エミルは「また、呼びにくるわね」とだけ言い残して、浮かない表情のまま城へと戻っていく。
その途中、木の上に座って星の練習風景を眺めていたレイニールに声を掛けた。
「レイニールちゃんも、星ちゃんに何か変化がないか気にかけておいてね。もし、なにかあったら、すぐに彼女を止めて私に知らせてちょうだい」
木に凭れ掛かるように、木の枝に寝そべっていたレイニールは背筋を正した。
「うむ。分かった……だが、主も初日から無理しないと思うぞ? きっと疲れたら止めるのじゃ」
「……そうね。そうだといいんだけど……」
エミルは一抹の不安を覚えながら、剣を振り続ける星を一瞬だけ見て、重い足取りで城の方へと戻っていく。
部屋に戻ると、いつの間にか戻ってきていたミレイニとエリエがキッチンでホットケーキを焼いていた。
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