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父親の影

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 このデスゲームを開始した張本人の狼の覆面を掛けた男によって拉致された星は、薄明かりが照らす研究室の検査台の上に体を拘束された状態で寝かされていた。

 その研究室には星の他にもう一人、モニターの前で忙しなく操作盤を叩いている。
 どうしてゲーム内にこんな研究施設があるのかは謎だ――本来ならば、ゲーム開発は大勢の人員を用いて行うもの。しかもわざわざそれをゲーム内に置くメリットがない。

 それもそうだろう。システムを実行しても不具合などが発生した場合に、自分にも危害が及ぶ可能性があるからだ――。

 メンテナンス時にプレイヤーを入れずに隔離して行うのも、もしもが起きないようにする為なのだ。それをわざわざ、しかも自分自ら行う理由がない。

 っと言うことは、ゲームプログラム以外の何かを行っているとしか考えられない。

 その人物の顔には案の定、狼の覆面がしっかりとその素顔を覆い隠していた。

「……ん? こ、ここは……」

 星が目を覚ますと、自分の手足が拘束されていることに気が付く。
 どうして自分が拘束されているのかは分からないが、これが危機的状況だというのは、ぼんやりとした頭でもすぐに理解することができた。

 試しに手足を動かしてみるものの全く動けず、拘束具からも手足を引き抜くことができない。

(ここはどこで、私はあれからどうなったんだろう……)

 まだはっきりとしない意識の中で、必死に思考を回していると、星の視界に覆面の男が飛び込んできた。

 それは、紛れもない。この事件の首謀者で、しかも星の父親を悪く言った人物だ。

(あの頭……間違いない! このゲームを悪くした悪い人だ!)

 星はその男の背中を睨みながら、心の中でそう呟いた。しかし、検査台に拘束されているこの状況では文字通り手も足もでない。

 っとその時。突如としてその男が振り返り、星の方へと向かってくる。

 覆面の男は星を見下ろすと、徐に口を開く。

「――目が覚めたかね?」
「……ここはどこですか? 私をどうするつもりです……」

 不信感に満ちた瞳でそう言い放った星に、男はすぐに言葉を返す。

 それは少し馬鹿にした様に不敵な笑みを浮かべ。

「いいね。その反抗的な瞳……君の母親に似て、ぞくぞくする……」

 その言葉を聞いて、なんとも言えない恐怖心から全身から汗が吹き出すのを感じて、慌てて視線を逸らした。それもそうだろう。今の状況で彼を刺激すれば、大きな検査台に拘束されている星には為す術はない。

 もし、覆面の男の機嫌を損ねれば一瞬であの世行きだ――いや、あの世に行くよりも、もっと酷いことをされかねない。

「どうしたんだい? 急に怯え出して……怖くなったのかな?」
「…………」

 無言のまま視線を逸らし続ける星に、覆面の男はつまらなそうに舌打ちをすると再び話し始めた。

「いいさ、君のその強情な態度は、母親を見ていれば分かる――博士はその芯の強いところが好きだと言っていた。だが、私はあの女のそういうところが大嫌いだったがね」

 不機嫌そうに告げると、男は研究室の中央に置かれた星の検査台の周りを後ろ手に組みながら回り始める。

「以前会った時の君はどうやら父親の……いや、博士の事を全く聞かされていなかったようだね? 知りたくはないかい? 自分の父親の事を……」
「――ッ!?」

 黙りを決め込んでいた星が、その言葉を聞いて思わず口を開く。

「お、お父さんの事を……?」

 星が動揺するのも無理はない。生まれてから父親の顔を写真ですら見たことがなかったのだから……。

 不自然だとは思っていたが、母親の写真は幼少期からあるにも関わらず。星の父親の写真だけは、アルバムのどこにも写ったものがないのはおかしいと感じていた。

 だが、それを母親に聞くことはできなかった。それをもし聞いたら、親子としても何か終わってしまう気がしていたからだ――不仲というわけではないが、普通の親子とは少し違うというのは普段から感じていた。

 楽しくお買い物や長期休暇のお出掛け、クリスマスにお正月も星には経験したことのないイベントだ。
 それどころか自分の誕生日ですら、今ではお小遣いが貰えるだけの日へと変わってしまった。

 正直。自分は愛してもらっていないと感じたことも何回かあったが、その度に星はそれを頑なに否定してきたのだ。
 しかし、目の前の覆面の男は何かを知っている。それを聞ければ、母親との関係を変えるヒントがあるかもしれない。

 覆面の男はゆっくりと頷くと、星に見下ろしながら告げる。
 
「そうだ、君の父親の事をだよ。……知りたいかね?」

 星は表情を曇らせながらも、小さく頷いた。

 この人物は信用できないが、星にとって亡き父の人柄は他人の言動によってのみ、知ることができる唯一の情報だ。
 母親にはいつも遠慮して聞けないことも、赤の他人であるこの人になら聞ける気がした。だが、一度だけ父親の墓の前で母親が口を滑らせこう言ったのだ――。

『あなたの父親は優秀な人だったのよ』と……。

 星は今まで、その言葉だけを励みに生きてきた。

 同級生から父親が居ないことで揶揄されることも多くあったが、それにも今日まで必死に耐えてきた。
 それは『自分の父親は凄いんだ』という何の根拠もない絶対的な自信があったからだ。しかし、目の前の男は以前、富士のダンジョンでそれを真っ向から否定した。そのこともあってか、星の中の父親像が揺らいでいるのは確かだった。

 今の星にとって、少しでも亡き父親の情報が欲しいと思うのは当然のことなのだ。

 覆面の男に向かい、星は困惑した表情をしながらも震える声で言った。

「……教えてください。お父さんの事を……」
「ああ、いいだろう。良く聞きたまえ!」

 その言葉にしっかりと頷いて見せると、狼の覆面を被った男が嬉しそうな声を上げた。

 覆面の男は大きく手を広げ、オーバーアクションで話し出す。

「私は君のお父さん――大空博士の後輩だ。博士は素晴らしい科学者だった……何を隠そう。このゲームだって、君のお父さんの研究を元に作られているのだ」
「――お父さんの研究?」

 オウム返しの様に星が聞き返す。
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