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疑惑のディーノ8
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岬は色々なことを溜め込んでしまう性格な為、彼女がこういうことを言うという時は、決まって相当思い詰めている時だったからだ。
妹の弱気な発言に、エミルは何も言わずに微笑むと「ちょっと待っててね」と言い残して、慌てた様子で病室を出ていってしまう。
「あっ……姉――」
岬は咄嗟に右手を前に出して何か言い掛けたが、すぐにその言葉を飲み込んだ。
エミルが出ていった扉をしばらく見つめていたが、すぐに自分の足に視線を向けた。
(……あたし。何してるんだろう……こんな事聞いたって、姉様が困るだけって分かってたのに……)
岬はその罪悪感からか表情を曇らせると、布団を両手で強く握り締めた。
雨が降っていることもあり。面会者の人数が少ないのか、慣れているはずの病室が普段より静かに感じてしまい、更に不安な気持ちになる。
「姉様。今のであたしのこと嫌いになったかなぁ……」
そう小さく呟いた岬は呆れたように笑みを浮かべ、消えかけそうな声で言葉を続けた。
「……しょうがないよね。嫌われ者は最後までそうなんだもの……」
岬は悲しそうな瞳で、窓の外の灰色の雲を見つめていた。それはまるで今の自分の心と同じ色をしている気がした。
病室を出ていったエミルのことを気にかけながらも、その不安な気持ちを紛らわせる為なのか岬は本を読んでいた。
岬が読むのは伝記やファンタジー系の小説が多い。
その理由は『登場人物に自分を重ね合わせれば何でもできるから』というものだ――。
すると、病室の外から慌ただしい足音と看護師の注意を促す声の後に「すみません」という聞き慣れた声が聞こえてきた。
その直後、病室の扉が勢い良く開いた。
岬が驚いたように目を丸くしていると、そこには雨で制服と髪を濡らしたエミルの姿があった。
「ね、姉様!? ど、どうしたんですか!? びしょ濡れじゃないですか!!」
驚きのあまり思わず叫んだ岬にエミルが「あっ、通りで服が重く感じると思ったわ」とあっけらかんして言った。
その返事にぽかんとて数秒の間を開けて、岬は慌ててベッドの隣にある戸棚からタオルを出してエミルの方に差し出した。
「これを使って下さい。姉様」
「うん。でも、別にこのくらいどうって事は――」
そう口にした次の瞬間、岬の優しそうな表情が一変し彼女は声を荒げた。
「――ダメです! あたしみたいになったらどうするんですか!!」
岬は慌てて口を覆ったが、その時にはすでに言葉が出た後だった。
深刻そうな表情で俯いたエミルが、ゆっくりとした口調で告げる。
「……あ、そ、そうね。私ったら考えもなしに……ごめんなさい。岬」
咄嗟に出た岬のその言葉に、エミルがしょんぼりと肩を落とす。
そんな姉の姿を見て、岬があたふたしながら口を開いた。
「あっ……ち、違うんです。その……ご、ごめんなさい……」
岬はエミルに謝ると、俯いたまま自分の手の甲に視線を落とした。
それは岬が発した『あたしみたいに』という言葉が原因だったのは言うまでもない。
こう言った時は、姉はいつでも辛そうな顔をするのを分かっていた。それでも、時折感情が高ぶると、つい自虐的な言葉が出てしまう。
自分の最も嫌いなところだ――。
(……あたしってダメダメだ……姉様はこういう言葉を一番嫌うのに……こんなだから、あたしは病気にも勝てないんだ……)
岬は心の中でそう呟くと、膝の上で両手を強く握り締めた。
落ち込んだ様子の岬にエミルはそっと近付き、頭を撫でながら優しく話し掛けた。
「どうしたのかしら、今日はなんだかおかしいわよ? 何か嫌な事でもあった?」
「……い、いえ」
岬はそう言いながらも、罪悪感で姉の顔を見上げることができない。
それはエミルがくる数時間前に、彼女の担当の医師から言われた。
『今の治療法が思っていた程。成果が出ていません』
っという一言が原因だった。
その時は生返事で返したが、時間が経つに連れて先の全く見えない不安と苛立ちが襲ってきて、自分でもどうしたら良いか分からなくなっていたのである。
姉にはできるだけいつも通りに接しようと心掛けていたのだが、やはり姉妹なのか、そういう心の内を誤魔化すことはできないらしい――。
エミルは俯き加減に口を閉ざしている妹の顔の前に、取っ手の付いた白い箱を置いた。
岬はそれを見ると、不思議そうな顔でエミルの顔を見上げ、首を傾げている。
「……姉様。これは何ですか?」
その問いかけに答えるように微笑みを浮かべると、ハサミを手にその箱の封を切った。
「わぁ~。これって! いつも混んでるお店の!?」
箱の中身を見た岬は歓喜の声を上げる。
見下ろした箱の中には、まるで宝石のように輝くいちごタルトが2つ入っていた。
「ふふっ。岬が喜ぶと思って雨の中、並んで買ってきたのよ? おかげで1時間近く雨に打たれる事になったけどね!」
「――姉様……そんな……あたしの為なんかに……」
岬が瞳を潤ませながらそう呟くと、エミルは少し不満そうに眉をしかめた。
「もう。岬が喜ぶと思って買って来たのに。そんな顔されたらお姉ちゃん悲しいわ~」
「……は、はい。ありがとうございます。姉様」
岬は両手で溢れそうになる涙を拭うと、にっこりと微笑んで見せた。
エミルはそれを見て満足そうに頷くと、ベッドの脇の戸棚の奥から紙皿とフォークを取り出し、買って来たいちごタルトをその上に乗せた。
妹の弱気な発言に、エミルは何も言わずに微笑むと「ちょっと待っててね」と言い残して、慌てた様子で病室を出ていってしまう。
「あっ……姉――」
岬は咄嗟に右手を前に出して何か言い掛けたが、すぐにその言葉を飲み込んだ。
エミルが出ていった扉をしばらく見つめていたが、すぐに自分の足に視線を向けた。
(……あたし。何してるんだろう……こんな事聞いたって、姉様が困るだけって分かってたのに……)
岬はその罪悪感からか表情を曇らせると、布団を両手で強く握り締めた。
雨が降っていることもあり。面会者の人数が少ないのか、慣れているはずの病室が普段より静かに感じてしまい、更に不安な気持ちになる。
「姉様。今のであたしのこと嫌いになったかなぁ……」
そう小さく呟いた岬は呆れたように笑みを浮かべ、消えかけそうな声で言葉を続けた。
「……しょうがないよね。嫌われ者は最後までそうなんだもの……」
岬は悲しそうな瞳で、窓の外の灰色の雲を見つめていた。それはまるで今の自分の心と同じ色をしている気がした。
病室を出ていったエミルのことを気にかけながらも、その不安な気持ちを紛らわせる為なのか岬は本を読んでいた。
岬が読むのは伝記やファンタジー系の小説が多い。
その理由は『登場人物に自分を重ね合わせれば何でもできるから』というものだ――。
すると、病室の外から慌ただしい足音と看護師の注意を促す声の後に「すみません」という聞き慣れた声が聞こえてきた。
その直後、病室の扉が勢い良く開いた。
岬が驚いたように目を丸くしていると、そこには雨で制服と髪を濡らしたエミルの姿があった。
「ね、姉様!? ど、どうしたんですか!? びしょ濡れじゃないですか!!」
驚きのあまり思わず叫んだ岬にエミルが「あっ、通りで服が重く感じると思ったわ」とあっけらかんして言った。
その返事にぽかんとて数秒の間を開けて、岬は慌ててベッドの隣にある戸棚からタオルを出してエミルの方に差し出した。
「これを使って下さい。姉様」
「うん。でも、別にこのくらいどうって事は――」
そう口にした次の瞬間、岬の優しそうな表情が一変し彼女は声を荒げた。
「――ダメです! あたしみたいになったらどうするんですか!!」
岬は慌てて口を覆ったが、その時にはすでに言葉が出た後だった。
深刻そうな表情で俯いたエミルが、ゆっくりとした口調で告げる。
「……あ、そ、そうね。私ったら考えもなしに……ごめんなさい。岬」
咄嗟に出た岬のその言葉に、エミルがしょんぼりと肩を落とす。
そんな姉の姿を見て、岬があたふたしながら口を開いた。
「あっ……ち、違うんです。その……ご、ごめんなさい……」
岬はエミルに謝ると、俯いたまま自分の手の甲に視線を落とした。
それは岬が発した『あたしみたいに』という言葉が原因だったのは言うまでもない。
こう言った時は、姉はいつでも辛そうな顔をするのを分かっていた。それでも、時折感情が高ぶると、つい自虐的な言葉が出てしまう。
自分の最も嫌いなところだ――。
(……あたしってダメダメだ……姉様はこういう言葉を一番嫌うのに……こんなだから、あたしは病気にも勝てないんだ……)
岬は心の中でそう呟くと、膝の上で両手を強く握り締めた。
落ち込んだ様子の岬にエミルはそっと近付き、頭を撫でながら優しく話し掛けた。
「どうしたのかしら、今日はなんだかおかしいわよ? 何か嫌な事でもあった?」
「……い、いえ」
岬はそう言いながらも、罪悪感で姉の顔を見上げることができない。
それはエミルがくる数時間前に、彼女の担当の医師から言われた。
『今の治療法が思っていた程。成果が出ていません』
っという一言が原因だった。
その時は生返事で返したが、時間が経つに連れて先の全く見えない不安と苛立ちが襲ってきて、自分でもどうしたら良いか分からなくなっていたのである。
姉にはできるだけいつも通りに接しようと心掛けていたのだが、やはり姉妹なのか、そういう心の内を誤魔化すことはできないらしい――。
エミルは俯き加減に口を閉ざしている妹の顔の前に、取っ手の付いた白い箱を置いた。
岬はそれを見ると、不思議そうな顔でエミルの顔を見上げ、首を傾げている。
「……姉様。これは何ですか?」
その問いかけに答えるように微笑みを浮かべると、ハサミを手にその箱の封を切った。
「わぁ~。これって! いつも混んでるお店の!?」
箱の中身を見た岬は歓喜の声を上げる。
見下ろした箱の中には、まるで宝石のように輝くいちごタルトが2つ入っていた。
「ふふっ。岬が喜ぶと思って雨の中、並んで買ってきたのよ? おかげで1時間近く雨に打たれる事になったけどね!」
「――姉様……そんな……あたしの為なんかに……」
岬が瞳を潤ませながらそう呟くと、エミルは少し不満そうに眉をしかめた。
「もう。岬が喜ぶと思って買って来たのに。そんな顔されたらお姉ちゃん悲しいわ~」
「……は、はい。ありがとうございます。姉様」
岬は両手で溢れそうになる涙を拭うと、にっこりと微笑んで見せた。
エミルはそれを見て満足そうに頷くと、ベッドの脇の戸棚の奥から紙皿とフォークを取り出し、買って来たいちごタルトをその上に乗せた。
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