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激昂した刃5
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* * *
フリーダム内で年2回開催される武闘大会――そこで、マスターは大会の決勝戦のリング上に立っていた。
目の前には対戦相手と思われる重鎧を纏ったハンマー使いが、うつ伏せで倒れている。その胸の鎧には拳の痕がくっきりと刻まれていた。
興奮気味にマイクを取った実況者は、実況席のテーブルに足を掛けて叫ぶ。
「遂に勝敗は決した! 優勝は拳帝だ! 今回も圧倒的な力で対戦相手をねじ伏せました!!」
熱の入った実況の声の直後。試合の興奮が冷めやらない会場内が、彼の勝利を祝福する歓喜の渦に包まれた。
鳴り止まない拍手と歓声の嵐は、地面を震わせ会場の温度を引き上げているように思えるほどだ。
その『拳帝』とは、マスターの昔のリングネームで、拳だけ様々な武器を持った敵を次々になぎ倒す様を見て『拳の皇帝』という意味合いで名付けられた。
「さすがマスターだぜ!」「世界サーバーでも最強の男!」「拳帝の名は伊達じゃないぜ!」「拳帝の拳は神の拳だ!」
そんな熱気を帯びた声が会場内を埋め尽くしていた。
司会者が表彰式に移ろうとするやいなや、マスターはリングの上で身を翻し、無言のまま徐にリングを降りた。
マスターはいつものように優勝賞金も賞品も受け取ることなく、足早に試合会場を後にする。
彼が欲しいのは、賞品でもトロフィーでもない。彼が欲しいのは珍しい固有スキルであり。マスターが全力を出せる相手だけだったからだ――。
優勝しても商品も賞金も何も受け取らず、名誉だけを受け取って帰る。
それが拳帝と称されるマスターの名を不動のものにする要因ともなっていたのだ。
だからこそマスター本人はこの戦いに、何とも言いがたい乾きを覚えていた。
(手応えが全くない……儂は何の為に、何の為にこの世界に来た? 現実に敵がおらぬからここに来たはず。だが、どうしてだ? 命の心配をしなくていいこの世界でも、敵が脆弱すぎるということは……)
マスターは声にならない心の叫びを、怒りにも似たこの感情を込めて会場の出口通路の壁に拳を突き立てた。
抑えたつもりだったが、その拳の周囲の壁はひび割れ彼の拳がめり込んでいる。
現実世界ならば生と死の恐怖が常に付き纏う。しかし、ゲーム世界にはその心配はない、ここでの死は仮想のものであり現実の死ではない。
この世界では、致命傷と言える傷を受けても、数分もすれば街の教会で生き返れるのだ――だが、それを持ってしても。マスターは好敵手と呼べる相手に未だに出会えていない。
(儂はもっと高みを目指したい。武闘家とは武道とは強さを極め続けるもの。この程度の敵と戦っておっては高みは……武道の極みには到底辿り着くことはできぬ!!)
マスターが心の中で葛藤していると、後ろから声が聞こえてきた。
「――ようギルマス! どうしたんだよ。勝ったのにしけた面してよ!」
「――マスター。凄かったです! 私、感動しちゃいました!」
憤るマスターにそう言って歩いてきたのは、メルディウスと紅蓮だった。
彼等は興奮冷めやらぬ様子で、笑顔で歩み寄ってくる。マスターはそんな2人に気付くと、平静を装って微笑みを浮かべた。
「なに。今回の大会は、少し物足りなかったと思っただけだ……」
「そんなの毎回の事だろ? あんたが強すぎるんだよ。まっ、マスターなんて名前で弱かったら、それこそ笑えるけどな!」
メルディウスはそう言ってにやりと笑った。
マスターは苦笑いを浮かべながらも「その通りだな」と小さな声で呟く。そこにタイミングを計っていた様に、紅蓮がゆっくりと近付いてきた。
「あの、マスター。優勝おめでとうございます」
紅蓮がそう言って差し出したのは、青みがかった紫色の桜の枝だった。
現実では珍しい色の桜だが、ここではさほど珍しくはない。フィールドによっては燃え続ける薔薇の花なんかもあり、松明代わりに携帯している者さえいるくらいだ。
「これ、昨日ちょっと狩りに行った時に見つけたんですけど、マスターみたいだと思って」
「ほう美しいな。これだけのものを見つけるのは大変だっただろう……ありがとう。紅蓮」
紅蓮はそう言われ頬を赤らめると、恥ずかしそうに俯いている。
(儂に似てるか……儂には紅蓮そのもののように思えるがな――自己主張せず。小さい花びらながらも他の桜とは明らかに一線を画する)
マスターは紫色をした桜の花を見つめ、そんなことを心の中で呟いた。
その時、マスターの心の中にはもう一つ『このままこの場所に居たらダメになるのではないか』という疑問が生まれてきた。
仲間達に囲まれ、ギルドマスターとして慕われる日々――それはとても居心地が良く。同時に、とても不安定なものだ。
時の流れとともに、人の心は移りゆくもので、いつ人間関係が壊れるか分からない。しかも、武闘大会での連続優勝記録を継続していたマスターをよく思わない者も一定数存在するのも事実。
元ベータテスターの四天王くらいしか、この仮想現実の世界で、行動を共にできる者はいない。
以前は、切磋琢磨する存在であるはずの彼等も、今では闘争心のかけらもないほど丸くなってしまった。
このままこの居心地の良さに甘え、彼等の元に留まってしまえば、自分の腕が落ちていってしまうとマスターは感じていた。
それは、マスターの昔から持った思想『武道に平穏な時はない!』という意思があったから他ならない。
フリーダム内で年2回開催される武闘大会――そこで、マスターは大会の決勝戦のリング上に立っていた。
目の前には対戦相手と思われる重鎧を纏ったハンマー使いが、うつ伏せで倒れている。その胸の鎧には拳の痕がくっきりと刻まれていた。
興奮気味にマイクを取った実況者は、実況席のテーブルに足を掛けて叫ぶ。
「遂に勝敗は決した! 優勝は拳帝だ! 今回も圧倒的な力で対戦相手をねじ伏せました!!」
熱の入った実況の声の直後。試合の興奮が冷めやらない会場内が、彼の勝利を祝福する歓喜の渦に包まれた。
鳴り止まない拍手と歓声の嵐は、地面を震わせ会場の温度を引き上げているように思えるほどだ。
その『拳帝』とは、マスターの昔のリングネームで、拳だけ様々な武器を持った敵を次々になぎ倒す様を見て『拳の皇帝』という意味合いで名付けられた。
「さすがマスターだぜ!」「世界サーバーでも最強の男!」「拳帝の名は伊達じゃないぜ!」「拳帝の拳は神の拳だ!」
そんな熱気を帯びた声が会場内を埋め尽くしていた。
司会者が表彰式に移ろうとするやいなや、マスターはリングの上で身を翻し、無言のまま徐にリングを降りた。
マスターはいつものように優勝賞金も賞品も受け取ることなく、足早に試合会場を後にする。
彼が欲しいのは、賞品でもトロフィーでもない。彼が欲しいのは珍しい固有スキルであり。マスターが全力を出せる相手だけだったからだ――。
優勝しても商品も賞金も何も受け取らず、名誉だけを受け取って帰る。
それが拳帝と称されるマスターの名を不動のものにする要因ともなっていたのだ。
だからこそマスター本人はこの戦いに、何とも言いがたい乾きを覚えていた。
(手応えが全くない……儂は何の為に、何の為にこの世界に来た? 現実に敵がおらぬからここに来たはず。だが、どうしてだ? 命の心配をしなくていいこの世界でも、敵が脆弱すぎるということは……)
マスターは声にならない心の叫びを、怒りにも似たこの感情を込めて会場の出口通路の壁に拳を突き立てた。
抑えたつもりだったが、その拳の周囲の壁はひび割れ彼の拳がめり込んでいる。
現実世界ならば生と死の恐怖が常に付き纏う。しかし、ゲーム世界にはその心配はない、ここでの死は仮想のものであり現実の死ではない。
この世界では、致命傷と言える傷を受けても、数分もすれば街の教会で生き返れるのだ――だが、それを持ってしても。マスターは好敵手と呼べる相手に未だに出会えていない。
(儂はもっと高みを目指したい。武闘家とは武道とは強さを極め続けるもの。この程度の敵と戦っておっては高みは……武道の極みには到底辿り着くことはできぬ!!)
マスターが心の中で葛藤していると、後ろから声が聞こえてきた。
「――ようギルマス! どうしたんだよ。勝ったのにしけた面してよ!」
「――マスター。凄かったです! 私、感動しちゃいました!」
憤るマスターにそう言って歩いてきたのは、メルディウスと紅蓮だった。
彼等は興奮冷めやらぬ様子で、笑顔で歩み寄ってくる。マスターはそんな2人に気付くと、平静を装って微笑みを浮かべた。
「なに。今回の大会は、少し物足りなかったと思っただけだ……」
「そんなの毎回の事だろ? あんたが強すぎるんだよ。まっ、マスターなんて名前で弱かったら、それこそ笑えるけどな!」
メルディウスはそう言ってにやりと笑った。
マスターは苦笑いを浮かべながらも「その通りだな」と小さな声で呟く。そこにタイミングを計っていた様に、紅蓮がゆっくりと近付いてきた。
「あの、マスター。優勝おめでとうございます」
紅蓮がそう言って差し出したのは、青みがかった紫色の桜の枝だった。
現実では珍しい色の桜だが、ここではさほど珍しくはない。フィールドによっては燃え続ける薔薇の花なんかもあり、松明代わりに携帯している者さえいるくらいだ。
「これ、昨日ちょっと狩りに行った時に見つけたんですけど、マスターみたいだと思って」
「ほう美しいな。これだけのものを見つけるのは大変だっただろう……ありがとう。紅蓮」
紅蓮はそう言われ頬を赤らめると、恥ずかしそうに俯いている。
(儂に似てるか……儂には紅蓮そのもののように思えるがな――自己主張せず。小さい花びらながらも他の桜とは明らかに一線を画する)
マスターは紫色をした桜の花を見つめ、そんなことを心の中で呟いた。
その時、マスターの心の中にはもう一つ『このままこの場所に居たらダメになるのではないか』という疑問が生まれてきた。
仲間達に囲まれ、ギルドマスターとして慕われる日々――それはとても居心地が良く。同時に、とても不安定なものだ。
時の流れとともに、人の心は移りゆくもので、いつ人間関係が壊れるか分からない。しかも、武闘大会での連続優勝記録を継続していたマスターをよく思わない者も一定数存在するのも事実。
元ベータテスターの四天王くらいしか、この仮想現実の世界で、行動を共にできる者はいない。
以前は、切磋琢磨する存在であるはずの彼等も、今では闘争心のかけらもないほど丸くなってしまった。
このままこの居心地の良さに甘え、彼等の元に留まってしまえば、自分の腕が落ちていってしまうとマスターは感じていた。
それは、マスターの昔から持った思想『武道に平穏な時はない!』という意思があったから他ならない。
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