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お風呂10

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 すると、その横からイシェルが星の顔を覗き込むと、笑みを浮かべながら「行ってみる?」と星の手を引いて歩き出した。

 イシェルの申し出に、焦った様子のエミルが慌てて止めに入る。

「ちょっとイシェ。サウナって子供が入ってもいいの!?」
「入ってみるやけやし、大丈夫やよ。それにここはゲームなんやし、心配ならエミルも一緒にきたらええやん。気持ちええんよ~」
「えっ? でも、これで気に入って、星ちゃんがリアルでもサウナに行くようになると困るし……それにイシェ。私がサウナ苦手なの知ってるでしょ?」
「大丈夫。ちょっとだけやし、ええやん」

 イシェルにそう言われ、さすがに断れないと感じたエミルは浮かない表情をしながらも「ちょっとだけなら」とその後ろを付いて行く。

 サウナは浴室の一番奥の場所にあり、しかもその入口の前の両側には観葉植物が置いてあったので、一目では分かりにくい。その為、浴室に入った時には星は気が付かなかったのだろう。

(この中にサウナが……どんなものなんだろう……)

 星はそう思いながら、扉を食い入るように見つめている。どうやら、星はサウナをなにか固有名詞だと勘違いしているようだ――。

 その時、横にいたエミルが不安げな声を上げた。

「ねぇ、イシェ。やっぱり私はいいわ……暑いの苦手だし……」
「ここまで来てなにを言うてるの! 何事も経験やよ! 好き嫌いはあかん!」
「経験って……経験したから言ったのだけど……」

 そう言って表情を曇らせるエミルの顔を見上げ星が口を開く。

 エミルのその様子から、どうやら彼女はサウナは苦手の様だ――まあ、大人でもサウナは息苦しさと暑苦しさがあって駄目という人は珍しくない。

「エミルさん! 大丈夫です。サウナが出てきても私が守ってあげますから!」
「えっ? ええ、もし出てきたらお願いするわね……」
(この子。こんなに目を輝かせて……本当にサウナが何か知らないのね……)

 星のその決意と期待の入り混じった瞳を見て、エミルは深いため息をついた。

 星はため息をついているエミルの顔を見つめ、どうして彼女がため息をついているのか分からず、首を傾げている。 

「ほな、開けるよ~」

 イシェルが扉を開けた瞬間、部屋の中からとてつもない熱風が星を襲った。

 初めてな体験に星は驚き、思わず数歩後ろに下がる。すると、扉が閉まり。星は扉の前に取り残されてしまった。

「うわー。びっくりした! サウナって暑いんだ……」

 星が目をぱちくりさせながらそう呟くと、横からエミルの声が聞こえた。

「そうよ。満足した? 星ちゃん」
「え、エミルさん!? どうしてここに!?」

 星は状況が飲み込めず、驚きを隠せない表情で横に立っているエミルの顔を見上げている。
 どうやらエミルも、扉が開いている間にサウナに入りそこねたらしい。まあ、彼女の場合は故意に中に入らなかった可能性の方が大きいのだが。

 数十秒の沈黙の後、エミルは星の顔を見つめると、彼女が徐ろに口を開く。

「――イシェは放っておいて私達はお風呂に入りましょうか」
「……はい」

 星は小さく返事をすると、エミルと一緒に浴槽の方へと向かった。

 エミルと一緒に浴槽に行くと、そこにはお互いに広い浴槽の端の方へと座り無言のまま顔を合わせようとしない2人の姿があった。

 険悪なムードを醸し出しているエリエとカレンにため息をつくと、エミルがそんな2人に声を掛ける。

「2人ともどうしたの? そんな恐い顔して」

 エミルはそう言いながら、2人の間に割って入るようにお湯に浸かった。

 その隣に星もお湯に体をゆっくりと沈める。お湯は熱いというよりぬるい方に近く、星には丁度いい温度だ。

「別に……恐い顔なんてしてないし……」
「俺は別に……」

 2人は小さな声で呟くと、更に不機嫌そうな表情になる。

(はぁ~。この子達にも困ったものねぇ……)

 エミルは困り果てたように頭を抱えると、ふと星の方を見た。

 星は桶にお湯をすくってその中にレイニールを入れると、頭にできたタンコブにゆっくりお湯をかけながら、未だに目を覚まさないレイニールを心配そうに見つめていた。

 おそらく。この行動からみても、星はこのお湯を温泉と勘違いしているのは間違いないだろう。
 確かに傷の回復効果はあるが、それは既存のプレイヤーに対してで、扱いがどこに属しているか分からないレイニールに効果があるかは分からない。

 だが、例え温泉だったとしても、頭にかけてすぐにコブが治るほどの即効性はないだろうが……。

 エミルは真剣な面持ちで、レイニールの頭に今度はお湯をぺたぺたと擦り込むように付けている星に声を掛けた。

「……星ちゃんは何をやってるのかな?」
「えっ? あ……温泉は体に良いって言うので……」

 エミルの方を向くことなく、真剣そのものな顔付きでレイニールの治療に専念する星が言葉を返す。

 それを聞いたエミルは言い難そうに口を開く。

「それがね……このお湯は温泉ではないのよ」
「…………」

 その直後、星の手が止まった。

 当然だ。今まで温泉だと思っていたお湯が温泉ではないと分かったのだ――それは傷口に軟膏を塗っていたものが、実は軟膏ではなく保湿クリームだったことくらいに衝撃的だった。
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