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富士の遺産9

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「さて、落ち着いたところで――今日ももう遅い。明日に備えて早く寝るとしよう」

 マスターにそう言われ、星は視界の右上の方に小さく出ている時間を見ると、時間は23時を回っていた。

 エリエが何かを思い出したように手を叩いた。

「そういえば! すっかり忘れてた!!」
「えっ? 何を……ですか?」

 星は少し不安そうに聞き返す。

 すると、エリエは慌ててコマンドを操作するとエリエの腕に大きなフタ付きのバスケットが現れた。

 それを見た星が、不安そうな表情を見せ眉をしかめた。他の人達は、エリエの腕にしっかりと抱きかかえられたバスケットに目を奪われている。

 星は嫌な予感にぶるっと体を震わせるとエリエは徐ろに「じゃ~ん♪」とバスケットのフタを開け中身を皆に見せた。
 その中には美味しそうなカップケーキがこれでもかというくらい詰め込まれていた。このカップケーキはエミルの城から出る前にエリエがキッチンを使って事前に準備していた物だった。


                  * * *


 それは数時間前に遡る……。

 エミル達がダンジョン攻略に使う為のアイテムを買い出しに出ている間、星とエリエだけが部屋で留守番することになった。

 攻略難度の最も高いダンジョンに行くのだから、それ相応のアイテムを集めなければいけない。

 っと言っても、街で殆どが手に入るレベルのものだが、元々このフリーダムというゲームはプレイヤー個々の能力が大きく反映されるというのは、すでに知られている話だ。それは元の身体能力――っというより、各神経系の反応が早いプレイヤーが有利になる。

 ゲームのアバターはもう一つの身体という考えであり。開発の段階でリアルな感情を忠実に再現する為に、痛覚や味覚などと同じように神経系も再現されている仕様の為、プレイヤーが感知してから各ステータスの数値が反映される。その為、必然的に脳からの信号を各神経系への命令が速い人間が優位に立てる。

 つまり、日常的に必然として神経を鍛えているプロのスポーツ選手などは元々のステータスの数値よりも動きがいいということだ――。

 身支度を整えたエミルは、不安そうにエリエに声を掛ける。

「それじゃ、エリー。星ちゃんをよろしくね?」
「大丈夫。任せといてよエミル姉!」
「そう? ならよろしくね」

 エリエは自信満々に胸を叩く。

「はい。エミルさんも気をつけて下さい」
「ええ、何かあったらすぐにメッセージを送るのよ星ちゃん。分かった?」
「分かりました。いってらっしゃい」
「ええ、いってきます」
「いってらっしゃ~い」

 笑顔で手を振るエリエと星を見つめ少し心配そうな表情をしたまま、エミルはデイビッドと2人で買い出しに出掛けた。

「星。私もちょっと準備することがあるから、キッチンに居るね。何か用事があったら呼んで」

 そう言い残して、エリエはうきうきしながらキッチンに向かって行った。

 エリエの姿が見えなくなってしばらくすると、キッチンの方から甘い匂いが漂ってくる。

(なんだろう。このケーキが焼けるような甘い匂い……)

 星は鼻をくんくんさせながら、その匂いの大本を辿っていくと、そこには鼻歌を歌いながらエプロン姿でオーブンの前に立っているエリエの姿があった。
 しかし、星には今朝のこともあり、あまり歓迎できるものではない。でも楽しそうに料理しているエリエを見ていると、食べるだけではなく作るのも好きなのだろう。

 星は楽しそうにお菓子作りをしているエリエの邪魔をしないようにと寝室に行った。

「はぁ~。お菓子か……」

 寝室のベッドの上に身を投げると星は小さく呟いた。
 正直。当分は甘い物を食べたくないと思っていた星にとって、エリエの行動はあまり歓迎できるものではなかった。

 憂鬱な気持ちのまま、星は瞼を閉じて寝入った……。


                  * * *


 このこともあって、星はエリエがバスケットを取り出した直後、遂にこの時がきたかと思っていたのだ。

「さあ、皆も疲れたでしょ? 甘いものでも食べて明日も頑張ろ~!」

 エリエは嬉しそうにその場に居た全員に、カップケーキを手渡していく。

 っということは、そのカップケーキは星にも渡されるわけで……。

「はい。星には特別大きいのを上げるね!」
「あ……ありがとうございます……」

 星はそれを受け取ると、にっこりと微笑んでいる彼女にぎこちなく微笑みながらお礼を言って、手の中のカップケーキを見つめた。

 性格上、要らないと断ることも出来ずに途方に暮れていると、近くでマスターの声が聞こえた。

「ほう。これは旨いな!」
「ほんとだ。相変わらずお菓子作りだけは上手いんだよなー」
「なによ! そんな事言うなら、デビッド先輩は別に食べなくて良いですよー」

 エリエはデイビットの言葉を聞いて、不機嫌そうに頬を膨らませている。
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