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神竜の寝床

「契約を違えたな」

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「痛っ……」

 レイは身体を無理やり起こした。
 全身がズキズキと痛む。

「何が……起きたんだっけ……」

 レイは記憶を辿る。
──火の魔法が結界に当たったと思ったら、洞窟の奥から強い風が吹いて……。
 周囲が明るくなっていることに気づいて、バッと顔を上げた。

「ここ、洞窟の外……?」

 レイはいつの間にか洞窟を追い出されたようだった。
 周囲を見回すと、洞窟内にいたほとんどの人間が、レイと同じように地面に倒れて、痛みに唸っている。
 レイはシャルルルカの姿を探す。
 シャルルルカはすぐ隣にいた。
 彼は苦い顔で【神竜の寝床】を睨みつけている。

「シャルル先生! 一体何が……?」
「退避だ……」
「え?」
「麓まで逃げろ! 今すぐに!」

 シャルルルカの必死の形相に、これは嘘ではないと直感した。
 レイは倒れているマジョアンヌに駆け寄る。

「逃げますよ! マジョ子ちゃん!」
「は、はい……」

 レイはマジョアンヌに肩を貸し、立ち上がらせる。

「皆さんも逃げましょう!」

 レイは他の生徒にも呼びかけつつ、麓へ続く山道へと向かう。
 生徒達は訳もわからず、逃げる。
 叫びながら。足を引き摺りながら。這いずりながら。
 一方、シャルルルカはキョーマに近づいていた。
 キョーマは先ほどの強風の際、右腕を地面に打ち付けて負傷していた。
 その場に蹲り、痛みに耐えている。
 そんなことはお構いなしに、シャルルルカはキョーマの襟を掴んだ。

「お前、何したかわかっているのか!?」
「違っ……! 俺はただ、結界の強度を試そうと……!」
「言い訳はあとで聞く。さっさと山を降りろ、クソガキ!」

 シャルルルカはキョーマを麓へ続く山道の方に放り投げる。
 地面に叩きつけられたキョーマは「うう」と痛みで唸った。
 その直後だった。

「オオオオオオ」

 洞窟の奥から唸り声が響く。
 その声はだんだんと近づいてくる。

「来る……!」

 洞窟から声の主が飛び出した。
 その拍子に再び強風が吹き荒れる。
 シャルルルカは下を向き、帽子を手で押さえて、それをやり過ごす。
 次に彼が顔を上げたとき、巨大な魔物が翼を使って、暗雲が垂れ込めている天へと浮き上がっていた。
 それは、蛇のような身体に、硬そうな翼、そして、額に巨大な魔法石が埋め込まれている。

「あれが……神竜ガルディアン様……」

 レイは足を進めながら、神竜ガルディアンを見上げた。
 神竜ガルディアンは口を開く。

「我が眠りを妨げる者には死を」

 神竜ガルディアンの背後に複数の光の矢が出現し、下界に降り注ぐ。
 レイが気づいたときには、矢は直ぐそこまで来ていた。

「レイ!」

 ドン、と胸を押され、レイは尻餅をつく。
 レイが肩を貸していたマジョアンヌもその場に倒れた。

「ううっ……」

 レイは目を開けて、顔を上げる。
 目の前には、光の矢に貫かれているシャルルルカがいた。

「しゃ、シャルルルカ先生……!?」

 光の矢はシャルルルカの腹部を貫通し、地面に突き刺さっている。

「……はあっ」

 シャルルルカは苦しげに息を吐く。
 彼はかろうじて地面につく足を踏ん張り、後ろ手で腹に刺さった矢に手をやる。
 そして、矢をゆっくりと引き抜いた。
 矢を引き抜いたところから、どろどろと血が溢れ出る。

「先生、血が……!」

 レイが傷口を抑えようと手で触れる。

「《回復ソワン》! 《回復ソワン》……! 血が……血が止まらない……! 止まって! 止まってよ!」

 レイの顔や服に血が降りかかる。
 そんなこと、レイは気にしてられなかった。
 血を止めることが最優先だった。

「ハハハ! ざまあないな! 偽物!」

 ピエーロが笑っている。

「シャルルルカ様の名を騙るから、天罰が下ったんだ! ハハハハハ!」
「なんで、笑ってるんですか……? 先生が死にそうなんですよ!?」

 レイがそう言っても、ピエーロは心底愉快そうに笑うだけだった。

「人間……契約を違えたな。我の領域を侵した罪は重いぞ」

 天に浮く神竜ガルディアンは咆哮する。

「神竜を倒したことあるんだろう!? 見せてみたまえ! 大魔法使いシャルルルカ!」

 ピエーロはそう言って、シャルルルカを煽る。
 シャルルルカは治療するレイの手を乱暴に振り払った。

「せ、先生……?」

 心配するレイを他所に、シャルルルカは神竜ガルディアンの元にフラフラと歩み寄る。
 神竜ガルディアンは自身に近づく存在に気づき、目を向ける。

「汝、何用だ」

 そう尋ねた直後、シャルルルカはどさりと地面に膝をついた。
 そして、両手をつき、最後に頭をつく。

「神竜ガルディアン様、この度は貴方様の眠りを妨げて申し訳ありません。貴方様の怒りは尤もです。人間側の裏切り……契約を破棄されても致し方ないでしょう」

 シャルルルカは自身の杖を掌に乗せ、神竜ガルディアンに捧げた。

「これは、魔王を討った希少な杖でございます。お納め下さい。そして、どうか、どうか、お許し下さい……」

 その杖は、シャルルルカが大魔法使いシャルルルカである証だ。
 彼の教員採用試験のとき、そのようなことを言っていた。
──あの杖は先生の大事なものなのに。そんな簡単に手放して良いの?
 神竜ガルディアンは顔を近づけ、捧げられた杖をまじまじと見つめる。

「ふむ……。これは世界樹の木で出来ているのか。それにこの巨大な魔法石……素晴らしい品だ」

 神竜ガルディアンはシャルルルカの杖を受け取り、宙に現れた空間の裂け目にそれをねじ込んだ。
 その空間の裂け目が、神竜ガルディアンのバッグ代わりなのだろう。

「今回はそなたに免じて許そう。しかし、次はないぞ」

 神竜ガルディアンはそう言い残すと、洞窟へと帰っていった。
 垂れ込めていた暗雲が消え去り、辺りがしん、と静まり返る。

「許して……貰えた……?」

 レイはその場にへたり込んでしまった。
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