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エイダンは穏やかに眠りたい

「他人の恐怖は他人事さ」

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「……あんたの怖いもんに比べたら、わしの怖いもんは小さいもんやな。もっと、ちゃんとせな……」
「恐怖感に大きいも小さいもないだろう。目に見えないのだから。他人は所詮他人。他人の恐怖は他人事さ」
「……せやですね」

 エイダンは下を向いて、少し考え込む。
──この人になら、話してもええかもしれへんな……。
 冷静に考えたら、シャルルルカにだけは相談すべきではないとわかっただろう。
 眠気が丁度良く、エイダンの判断を狂わせてしまっていた。

「わし、もう一つ怖いことがあるんです。聞いて貰えます?」
「話すなら私にも聞こえるかもな」
「寝てしまうことや」

 シャルルルカの言葉を遮る勢いで、エイダンは言った。

「一度寝てしもたら、二度と起きれへんかもしれん。飛行中に眠って、落下して、そんで二度と」

 エイダンは顔を覆った。

「寝るんが怖い。そんでも、寝てまう。わしはどうしたらええんですか……?」

 平常心を保とうとするが、恐怖で声が震えてしまう。
 家族や前の担任教師はまともに取り合ってくれなかった。
 寝るのが怖いなら寝なければ良いと一蹴され、呆れられるのがオチだった。
──それが出来たらしとるわ。出来ないから、こうやって相談しとるんや。
 しかし、シャルルルカは家族や前の担任教師とは明らかに違う。
 まともじゃない。
 だから、ほんの少し、それ以外の返答を期待していた。

「お前のそれはおそらく【魔力超過】よって引き起こされているものだ」
「え……?」
「身体に内在する魔力が満杯になっていると、それを発散すべく、意図しない魔法を使ってしまうことがある。それを【魔力超過症】と言う」
「でもそれは、熱が出てまうとか、鼻水や涙が止まらなくなってまうとかやろ? 眠うなるなんて聞いたことないで」
「熱が出るのは火魔法を、鼻水と涙が出るのは水魔法を、無意識的に使ってしまっているからだ。お前が使ってるのは睡眠魔法じゃないか?」
「睡眠魔法……」

 エイダンはパッと顔を上げた。

「じゃ、じゃあ、怒ると眠うなってまうんは?」
「魔法は感情によってパフォーマンスが変わる。お前にとってそれは、感情が昂ったときなんだろう」
「怒ると睡眠魔法の効力が上がってたっちゅうことか?」
「そう。だから、怒ると寝てしまう」

 エイダンの頭の中がグルグルと回る。
 シャルルルカの言うことは嘘が多く、簡単には信じられなかった。

「【魔力超過症】はまだ研究が浅い。魔力超過によって、睡眠魔法が暴走することも可能性としてある」
「ホンマですか? 嘘じゃなくて?」
「私は嘘をつかない」
「……せやったら、良いですね。わしがだらしない訳やないなら……」
「だらしない?」

 シャルルルカはエイダンの腕を掴み、服の袖を捲っみせた。
 それを見て、ブリリアントが「ひっ」と短い悲鳴を上げた。
 エイダンの腕は傷だらけで青くなっていた。
 ペンの先で何度も何度も刺した跡が、痛々しく刻まれている。

「だらしない人間がここまでするか?」

 エイダンは苦しそうな顔をする。

「……いつから、気づいてはったんですか」
「お前は汗をかいても、上着を脱いで襟元を緩めるだけで、袖を捲らないだろう。何か隠している気がしたんだ」
「……はは。嘘つきに嘘なんてつけへんもんですね」

 シャルルルカはエイダンの腕から手を離す。

「お前のそれは【魔力超過症】によるものだ。適度に魔力を発散させろ。……とはいえ、学生の身分じゃあ、魔法を使うのにも色々と制限があるだろう」
「じゃあ、どうしたらええんです?」
「睡眠魔法の耐性をつける方法を教えてやる。例えば、これ」

 シャルルルカは足元を指差す。
 そこには赤い花が咲いていた。

「これはネムレナクサ。名前の通り、眠れなくなる成分が入っている」

 シャルルルカはネムレナクサの花弁を千切り、エイダンの前に差し出す。
 野花を食すことに抵抗はあったが、エイダンは恐る恐る口に入れた。

「まっず! 土の味がするで……」
「この花弁は擦り潰してから茶に入れて飲むのが一般的だ」
「だったら、最初からそっちで飲ませてくれや!」
「差し出したら食べて驚いたよ。野花を食べるとか、食いしん坊にも程があるな」
「食べると思うやんか!」

 エイダンは手で川の水を掬い、口を濯ぐ。

「あとはそうだな。夜にしっかりと睡眠をとること。昼寝をするもの良いな」
「え? 昼寝?」
「何。ベットじゃないと眠れないのか? 贅沢な奴だな。お前は机に突っ伏して寝とけ。授業が始まったら叩き起こしてやる」
「そうやなくて……寝て良いなんて、初めて言われたわ」

 エイダンは家族から常々言われてきた。

「また居眠りしとんのか」
「だらしない奴やな」
「もっとちゃんとせえよ」

──わし、ホンマは寝たくなんてないんや。起きて、ちゃんとしたい。
 その度にそう思ったが、何も言えなかった。
 言い訳だ、口先だけだ、と言われるだろうから。
──なんでわしだけ出来へんのやろ……。
 その答えが今日わかった。
 病気だったのだ。
 治療が必要だったのだ。

「シャルルルカ先生、わしはちゃんと出来るようになるんか?」
「知らないよ。他人のことなんか」
「……せやですね」

 シャルルルカは立ち上がる。

「休憩は終わりだ。出発するぞ」
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