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ゲーム本編編 ヒロインの座を奪い取れ

正面衝突

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 フィラウティアの庭先で運命のお茶会は開かれた。
 招待されたのは五名。
 【博愛の聖女】レンコ、商国の王子ゼニファー、軍国の王子シュラルドルフ、美国の王子アデヤ、賢国の王子シルフィト。
 まあ、錚々たる顔ぶれである。
 彼らを集めたのが、美国の王子の婚約者であるだけの男爵令嬢なのだから、また驚きだ。
 主賓には、アナスタシオスとクロード。
 使用人には、メイとミステール。
 円形のテーブルに使用人以外の七人が座る。

「本日はお集まり頂きありがとうございますわ」

 アナスタシオスは優しく微笑んだ。
 招待客は動揺を隠せていない様子だった。
 レンコ側にいるゼニファーとシュラルドルフはこう思っていた。
──レンコに嫌がらせをしているアナスタシアがレンコをお茶会に招待するなんて、何を企んでいる?
 と。
 アナスタシア側にいるアデヤとシルフィトはこう思っていた。
──何故、アナスタシアの悪評を流すレンコがこの場にいるのだ?
 と。
 クロードは不安で落ち着かなかった。
 重い雰囲気の中、混乱を招いている当の本人アナスタシオスだけは、場に似合わずニコニコとしている。

「アナスタシア……様」

 レンコがおずおずと口を開く。

「何のつもりですか。私をお茶会に呼ぶなんて」
「わたくしはレンコちゃんと仲良くしたいの。だから、一緒にお茶でも、と思って」
「仲良くだなんて……! 今まで散々嫌がらせしてきたじゃないですか!」
「誤解よ! わたくしは嫌がらせなんてしていないもの!」

 レンコが大きな声を上げると、アナスタシオスも声を荒げた。

「アナスタシア嬢」

 ヒートアップする女性二人──片方は女装した男性だが、その間にゼニファーは口を挟む。

「今まで、レンコ嬢をお茶会に呼んだことはなかったでしょう。一体、どういった心変わりで?」
「何度もお誘いしようとしましたわ。しかし、ゼニファー王子がレンコちゃんから距離を取れとおっしゃったから……」

 そうなのか、とシュラルドルフがゼニファーに目を向けた。
 ゼニファーはバツが悪そうな顔をし、三つ編みを指で弄った。

「確かにそう言ったかもしれませんが、一年も前のことでしょう。何故、今更……」
「ええ。今更ですわね。真犯人の思惑通り、わたくし達の溝は広がるばかり……」

 アナスタシオスは首を横に振った。

「いいえ、嘆いていても仕方ありませんわ! 仲良くするのは今からでも遅くありませんもの!」

 アナスタシオスはレンコに笑いかける。

「今日は楽しんで下さいまし。美味しいお菓子もたっくさんご用意しましたのよ!」

 そう言って、アナスタシオスは控えているミステールに目を向ける。
 ミステールは一礼してその場を離れると、ケーキスタンドを携えて戻って来た。
 カップケーキ、バウムクーヘン、マカロン、ビターチョコレート……この場にいる攻略対象達が好きなお菓子達だ。
──兄さん、このチョイスはレンコの心を逆撫でするだけじゃ……。
 これでは、攻略対象を懐柔しようとしていると思われてもおかしくない。
 ちらりと横目でレンコを見てみれば、アナスタシオスを睨みつけていた。
 みんなの好感度をあげるためにお茶会をセッティングしたのね、狡い女!
 そう言っているのが聞こえてきそうだ。
 レンコはふっと、アナスタシオスから目線を外し、ミステールに目を向けた。
 ミステールはティーポットからティーカップに紅茶を注いでいる。

「さあ、召し上がって?」

 アナスタシオスがそう言うと、招待客達は各々のティーカップに手を伸ばした。
 レンコがティーカップに口をつけ、紅茶を一口飲んだとき、それは起こった。
 
「うっ!」

 レンコは口に手を当て、ティーカップをソーサーの上に落とす。
 陶器のぶつかる不快な音が庭に響く。

「レンコ嬢!?」

 ゼニファーとシュラルドルフが咄嗟に立ち上がる。

「どうしたのですか!? まさか、毒──」
「この紅茶、凄く渋いわ!」
「は?」

 ゼニファーとシュラルドルフがポカンと口を開ける。

「……大袈裟じゃない? これくらい普通だと思うけど」

 シルフィトは両手に持った自身のカップの中を不思議そうに見た。
 ゼニファーがレンコのティーカップを掴む。
 レンコが口をつけていない、ティーカップの反対側に口をつけ、紅茶を口に含んだ。
 ゼニファーは校内に広がる苦味に顔を顰めた。

「確かに、これは渋いですね……。しかし、私の紅茶も渋くありませんでした」
「俺の紅茶もだ」

 ゼニファーの言葉にシュラルドルフは頷いた。

「レンコ嬢にだけ、渋い紅茶を入れたのですか?」

 ゼニファーはアナスタシオスを睨みつけた。
 アナスタシオスは平然とした顔で、ミステールの方を見た。

「駄目じゃない、ミステール。時間を置いた紅茶を客人にお出しするなんて」

 ミステールは微笑みを浮かべ、頭を下げる。
──ミステール、なんで笑ってるんだ? 慌てた様子もない。これじゃあ、まるで、こうなることがわかっていたような……。
 最近ミステールの様子がおかしいことに、クロードは気づいていた。
 気づいていて、何も言わなかった。
 ミステールはクロード達の味方であると信じていたのだ。
 しかし、それは間違いだった。
──罠、だったのか。ミステールは既にレンコの手に落ちていて、兄さんを罠に嵌めた……。

「申し訳ありませんわ、レンコちゃん。わたくしの使用人の不手際で」
「不手際って……。彼だけのせいにするつもりですか!?」
「何をおっしゃているの? その紅茶を淹れたのはミステールですわ。貴女も、ここにいる皆様も見ていたでしょう? ね?」

 アナスタシオスは微笑む。
 悪意なんて微塵も感じさせないような、美しい笑みだ。

「ミステールがこんな初歩的なミスをする訳ないでしょう!」

 ゼニファーが声を荒げる。
 ゼニファーはミステールの双子の兄弟。
 彼が貶められるのが許せなかったのだろう。

「貴女がミステールに指示したのでは!?」

──兄さん、どうする?
 兄ならば、この状況を上手く切り抜ける方法を思いついているだろう。
 期待を込めて、クロードはアナスタシオスを見る。
 アナスタシオスは微笑んだ。

「言いがかりは良して下さい。わたくしは何もしていません。ただの使用人のミスですわ」

 今の雰囲気に全くそぐわないアナスタシオスの笑みに、レンコ達はゾッとする。

「目くじらを立てて、糾弾することでもないでしょう。それとも何でしょうか? ミステールが悪意を持って、渋い紅茶を出したとでも?」
「だから、それは、貴女の指示で……!」
「ミステールは主人の指示の意味を考えられない程、愚かではありませんわ。ゼニファー王子もそれはわかっているでしょう」

 ゼニファーは閉口する。
 彼の様子を見て、アナスタシオスはため息をついた。

「レンコ嬢、ゼニファー王子、シュラルド王子。仲良くしましょう? 疑ってばかりではいけませんわ」

 さあて、とアナスタシオスは両の手のひらを合わせた。

「渋い紅茶にはミルクを入れましょう! メイばあや、ご用意して?」

 お茶会は、その場にいた全員に疑惑を残したまま、終わりを迎えた。
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