86 / 130
魔蛭
「……──おせぇよ、この阿呆が」
しおりを挟む
「今は、まだ魔蛭らしいな」
息を切らし、明人は前に立ち尽くしている人物に声をかける。だが、その声に返答はなく、彼と他の三人の息遣いだけが響く。
「おい、俺はてめぇがかけた呪いのせいで、体がいてぇんだよ。聞こえてんのか?」
苛立ち混じりに言うと、魔蛭はゆっくりと振り返り、彼を見る。肌は真っ黒で、目は赤い。悪魔のような姿は変わらず、明人は一瞬息を飲んだ。
『お前は、許さない』
魔蛭の声とは思えないほど低く、憎しみの籠った声。重苦しく、息をする事すら許されないような圧に、明人は直ぐ返答する事が出来なかった。
『俺は、お前を殺す。精神的にも、肉体的にもだ』
本気で明人を殺そうとしているのが分かる声色だが、それが真陽留自身の本心では無い事は、彼自身分かっている。
下から三人が不安げに明人を見上げる。
「それがお前の本心なら、俺は全力でやり合おう。負ける気しねぇけどな。でも、真陽留の本心じゃないのなら、俺は魔蛭を許さない」
明人はそのまま魔蛭へと近づく。
『それ以上、近づくな』
魔蛭は何かを操作しているように手を動かし始める。すると、周りから鋭く尖った黒い影が現れ、明人目掛けて襲いかかった。
黒い空間に黒い影。彼は「ちっ」と舌打ちをしながら何とか横へ飛び避けたがその際、呪いによって痛みつけられている体が悲鳴をあげ、明人は直ぐに体を起こす事が出来なかった。
先程より汗が流れ、歯を食いしばる。体が震え、もう動かす事すら難しい。
それでも、魔蛭の攻撃は止まらない。
その場に倒れてしまっている明人に向かって、空中に浮かんでいる尖った黒い影が飛び交い続ける。
「ク、クソがっ!!」
痛む体にムチを打ち、明人は必死に避けるが、黒の背景に黒い影。見極めるのも困難なこの状況で、全てを避け切るのは不可能。
少しずつではあるが、徐々に攻撃が当たり始めてしまった。
腕、足、額、頬。次々と傷つき始めてしまう。だが、記憶の中なため、血が流れ出る事は無い。
そんな事より、体を蝕む呪いの方が彼にとって煩わしいかった。肩を支え、顔を歪める。
「ちっ、話をする気はねぇのかよ!!!」
明人の声に、魔蛭はなんの反応も見せない。魔蛭は話し合いすら隙を見せない。
苛立ち始める彼に、死角から一本の黒い影が浮かび上がるように飛んでいく。
それに気付き、彼は反射で避けようとするも体に痛みが走り、動けなかった。そして、その黒い影は明人の左胸に深く突き刺さる──はずだった。
茶髪の少年。子供時代の真陽留が明人の身代わりになり、尖った影が胸に深く刺さってしまった。
「な、にして──」
目の前で広げられた光景に明人は、驚きのあまり言葉が出なかった。そして、真陽留は明人に目を向け口を動かす。すると、そのまま闇に溶け込むように消えてしまった。
残された二人は、覚悟していたような表情を浮かべている。同じ状況になれば身代わりになるつもりで、いつでも動けるようにしていた。
その姿を見て、明人はその場に立ち尽くす。だが、それでも影は動き続け、彼へと襲いかかる。
『終わりだ』
魔蛭が口にし、影を一斉に明人へと向かわせるように操作した。
明人に影が一気に襲いかかる。これでは、二人が身代わりになったところで意味は無い。
二人は何とか駆け寄ろうとするも、彼はそれを制しし、そのまま勢いよく走り出した。
姿勢を低くしていたため、影には掠った程度で済み、そのまま魔蛭へと近づく。だが、近づくにつれ影に当たる確率は高くなってきた。
体をひねらせたり、しゃがんたり跳んだりと。なんとか避けているが、全てを避けきれない。どうしても掠ってしまう。
その一本がとうとう明人の肩に深々と刺さってしまった。
「ぐっ!! くそっ」
それでもお構い無しに走り出し、手を伸ばし魔蛭の腕を掴んだ。覚悟を決めたように口を大きく開け、思いっきり言い放つ。
「──俺も、あいつの事が好きだったよ!!!」
明人がめいいっぱい叫んだ声。この空間に響き渡る覚悟を決めたような声に、魔蛭が操っていた影は空中で一度動きを止めた。
「まだ記憶を思い出した訳でもないし、この時俺が何を思っていたかなんて知らねぇ。だが、おそらく俺は好きだった。だから、あいつを俺の隣に置きたくなかった。あいつを縛り付けたくなかった。多分だが、そう思っていたんだと思う。でも、それが正しいかは分からん」
彼の言葉を聞いているのかわからない魔蛭だが、動きは止め、明人の目を見続ける。
「俺は、しっかりと記憶を思い出し、お前らに伝えたい。俺の本来の気持ち、想いを。だから、頼む。正気に、戻ってくれ──」
今にも泣き出しそうな表情を浮かべながら、魔蛭の腕を掴んでいる手に力を込めた。しかし、魔蛭はなんの反応も見せない。
その時──
『俺が絶対、おとちゃんを幸せにする!!!』
明人の後ろで、少年が大きな声で叫んだ。真剣な表情で、魔蛭を見ながら。
『お前、負けを認めるな!! 僕とお前、いつも一緒に居た!! おとちゃんと三人で一緒にいた!! 逃げるな!! 僕達から逃げるな!!!』
いじけているような、怒っているような。そんな涙声に明人は驚きつつ、乾いたような笑みを浮かべた。
「餓鬼の分際で、何を言ってんだか……」
呆れたように漏らすが、何か思いついたように。明人は、魔蛭を掴んでいた手を離した。
「改めて言うよ。俺、音禰が好きだった」
優しく微笑みながら口にする彼に、魔蛭は赤い目を見開き、一筋の涙を零した。そして──
「……──おせぇよ、この阿呆が」
笑いながら魔蛭ではなく、真陽留は口にした。すると、この空間に光が差し込み二人を照らす。
蜘蛛の巣のように光が広がっていき、暗闇の空間が壊れた。
「お前の記憶、音禰が預かってる。仕方がねぇから返してやるよ」
「当たり前だわ、返せよ。そして、あいつを俺のもんにする」
「言ってろ、阿呆が」
笑いながら言う真陽留の体は、徐々に薄くなっていく。明人の体も同じように薄くなり始めた。
明人は幸せそうに笑みを浮かべているが、なぜか少しだけ、悲しげにも見える。 まるで、何かを諦めているような表情をし、そのまま光に包まれていった。
息を切らし、明人は前に立ち尽くしている人物に声をかける。だが、その声に返答はなく、彼と他の三人の息遣いだけが響く。
「おい、俺はてめぇがかけた呪いのせいで、体がいてぇんだよ。聞こえてんのか?」
苛立ち混じりに言うと、魔蛭はゆっくりと振り返り、彼を見る。肌は真っ黒で、目は赤い。悪魔のような姿は変わらず、明人は一瞬息を飲んだ。
『お前は、許さない』
魔蛭の声とは思えないほど低く、憎しみの籠った声。重苦しく、息をする事すら許されないような圧に、明人は直ぐ返答する事が出来なかった。
『俺は、お前を殺す。精神的にも、肉体的にもだ』
本気で明人を殺そうとしているのが分かる声色だが、それが真陽留自身の本心では無い事は、彼自身分かっている。
下から三人が不安げに明人を見上げる。
「それがお前の本心なら、俺は全力でやり合おう。負ける気しねぇけどな。でも、真陽留の本心じゃないのなら、俺は魔蛭を許さない」
明人はそのまま魔蛭へと近づく。
『それ以上、近づくな』
魔蛭は何かを操作しているように手を動かし始める。すると、周りから鋭く尖った黒い影が現れ、明人目掛けて襲いかかった。
黒い空間に黒い影。彼は「ちっ」と舌打ちをしながら何とか横へ飛び避けたがその際、呪いによって痛みつけられている体が悲鳴をあげ、明人は直ぐに体を起こす事が出来なかった。
先程より汗が流れ、歯を食いしばる。体が震え、もう動かす事すら難しい。
それでも、魔蛭の攻撃は止まらない。
その場に倒れてしまっている明人に向かって、空中に浮かんでいる尖った黒い影が飛び交い続ける。
「ク、クソがっ!!」
痛む体にムチを打ち、明人は必死に避けるが、黒の背景に黒い影。見極めるのも困難なこの状況で、全てを避け切るのは不可能。
少しずつではあるが、徐々に攻撃が当たり始めてしまった。
腕、足、額、頬。次々と傷つき始めてしまう。だが、記憶の中なため、血が流れ出る事は無い。
そんな事より、体を蝕む呪いの方が彼にとって煩わしいかった。肩を支え、顔を歪める。
「ちっ、話をする気はねぇのかよ!!!」
明人の声に、魔蛭はなんの反応も見せない。魔蛭は話し合いすら隙を見せない。
苛立ち始める彼に、死角から一本の黒い影が浮かび上がるように飛んでいく。
それに気付き、彼は反射で避けようとするも体に痛みが走り、動けなかった。そして、その黒い影は明人の左胸に深く突き刺さる──はずだった。
茶髪の少年。子供時代の真陽留が明人の身代わりになり、尖った影が胸に深く刺さってしまった。
「な、にして──」
目の前で広げられた光景に明人は、驚きのあまり言葉が出なかった。そして、真陽留は明人に目を向け口を動かす。すると、そのまま闇に溶け込むように消えてしまった。
残された二人は、覚悟していたような表情を浮かべている。同じ状況になれば身代わりになるつもりで、いつでも動けるようにしていた。
その姿を見て、明人はその場に立ち尽くす。だが、それでも影は動き続け、彼へと襲いかかる。
『終わりだ』
魔蛭が口にし、影を一斉に明人へと向かわせるように操作した。
明人に影が一気に襲いかかる。これでは、二人が身代わりになったところで意味は無い。
二人は何とか駆け寄ろうとするも、彼はそれを制しし、そのまま勢いよく走り出した。
姿勢を低くしていたため、影には掠った程度で済み、そのまま魔蛭へと近づく。だが、近づくにつれ影に当たる確率は高くなってきた。
体をひねらせたり、しゃがんたり跳んだりと。なんとか避けているが、全てを避けきれない。どうしても掠ってしまう。
その一本がとうとう明人の肩に深々と刺さってしまった。
「ぐっ!! くそっ」
それでもお構い無しに走り出し、手を伸ばし魔蛭の腕を掴んだ。覚悟を決めたように口を大きく開け、思いっきり言い放つ。
「──俺も、あいつの事が好きだったよ!!!」
明人がめいいっぱい叫んだ声。この空間に響き渡る覚悟を決めたような声に、魔蛭が操っていた影は空中で一度動きを止めた。
「まだ記憶を思い出した訳でもないし、この時俺が何を思っていたかなんて知らねぇ。だが、おそらく俺は好きだった。だから、あいつを俺の隣に置きたくなかった。あいつを縛り付けたくなかった。多分だが、そう思っていたんだと思う。でも、それが正しいかは分からん」
彼の言葉を聞いているのかわからない魔蛭だが、動きは止め、明人の目を見続ける。
「俺は、しっかりと記憶を思い出し、お前らに伝えたい。俺の本来の気持ち、想いを。だから、頼む。正気に、戻ってくれ──」
今にも泣き出しそうな表情を浮かべながら、魔蛭の腕を掴んでいる手に力を込めた。しかし、魔蛭はなんの反応も見せない。
その時──
『俺が絶対、おとちゃんを幸せにする!!!』
明人の後ろで、少年が大きな声で叫んだ。真剣な表情で、魔蛭を見ながら。
『お前、負けを認めるな!! 僕とお前、いつも一緒に居た!! おとちゃんと三人で一緒にいた!! 逃げるな!! 僕達から逃げるな!!!』
いじけているような、怒っているような。そんな涙声に明人は驚きつつ、乾いたような笑みを浮かべた。
「餓鬼の分際で、何を言ってんだか……」
呆れたように漏らすが、何か思いついたように。明人は、魔蛭を掴んでいた手を離した。
「改めて言うよ。俺、音禰が好きだった」
優しく微笑みながら口にする彼に、魔蛭は赤い目を見開き、一筋の涙を零した。そして──
「……──おせぇよ、この阿呆が」
笑いながら魔蛭ではなく、真陽留は口にした。すると、この空間に光が差し込み二人を照らす。
蜘蛛の巣のように光が広がっていき、暗闇の空間が壊れた。
「お前の記憶、音禰が預かってる。仕方がねぇから返してやるよ」
「当たり前だわ、返せよ。そして、あいつを俺のもんにする」
「言ってろ、阿呆が」
笑いながら言う真陽留の体は、徐々に薄くなっていく。明人の体も同じように薄くなり始めた。
明人は幸せそうに笑みを浮かべているが、なぜか少しだけ、悲しげにも見える。 まるで、何かを諦めているような表情をし、そのまま光に包まれていった。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
裏切りの代償
志波 連
恋愛
伯爵令嬢であるキャンディは婚約者ニックの浮気を知り、婚約解消を願い出るが1年間の再教育を施すというニックの父親の言葉に願いを取り下げ、家出を決行した。
家庭教師という職を得て充実した日々を送るキャンディの前に父親が現れた。
連れ帰られ無理やりニックと結婚させられたキャンディだったが、子供もできてこれも人生だと思い直し、ニックの妻として人生を全うしようとする。
しかしある日ニックが浮気をしていることをしり、我慢の限界を迎えたキャンディは、友人の手を借りながら人生を切り開いていくのだった。
他サイトでも掲載しています。
R15を保険で追加しました。
表紙は写真AC様よりダウンロードしました。
婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。
束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。
だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。
そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。
全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。
気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。
そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。
すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる