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魔蛭

「信じてあげるのだ」

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 明人はその姿を確認すると、その場から動かず、警戒するように目を離さない。いつ襲われてもおかしくない状態なため、油断を見せる訳にはいかない。

「どうだ、思い出したか? まぁ、今思い出したところで意味は無いだろうがな。どうせ、お前は呪いによって死ぬ。お前がどう足掻いたとしても、今の状況は変わらねぇんだよ!!!」

 魔蛭の悪魔のような笑い声が暗い空間に響き渡る。耳を塞ぎたくなるような笑い声に、明人は下唇を噛み、舌打ちを零す。

「──本当に、お前はただの阿呆だな」
「なにっ?」

 明人の感情が読み取れないような言葉に、彼は笑い声を抑え、睨みつけた。

「お前は、俺を本気で恨んでいたんだろ」
「そうだ。お前は人の気持ちなど一切考えない薄情者だ。自分の事しか考えられない糞人間だろ」
「なら、なんで俺の記憶を直ぐに抹消しなかった? しかも、遠回りなやり方をして。憎んでいるのなら直ぐに消せば良かっただろ」
「それだとお前への復讐は果たされない。お前は俺の気持ちだけじゃなく、音禰の気持ちまでも無下にした。そんなお前を、俺は絶対に許さない」


 ────せいぜい苦しんでから、死んでくれ


 言い残し、魔蛭は暗闇の中に消えてしまった。

「──そうか。俺にはそんな事があったのか……」

 冷静を保ちつつ、彼は顎に手を当て考え始めようとした。その時、何故かいきなり膝をつき、汗が滝のように流れ落ち、苦しみ始めた。

「っ!! な、なん、だよ。なんで、今──」

 明人は呪いに蝕まれている肩を抑え、その場に倒れ込み悶え苦しみ始めてしまう。汗がとめどなく流れ、目は焦点があっていない。息が荒く、危ない状態だ。

「カ、カクリ!!!」

 カクリの名を呼ぶが、聞こえておらず返答はない。

「なん、でだよ!!」

 肩を抑えながら何とか立ち上がろうとするが、痛みのあまり力が入らず、またしても倒れ込む。その場に蹲り、歯を食いしばり耐え続けるしか、今の彼に出来る事は無い。
 この状況でも徐々に呪いが広がり、明人の右顔が黒くなり始めた。それだけではなく、右手も黒くなり始める。怒りを爆発させるように、地面を強く叩いた。

「クソッ。カ、クリ……。さっさと、俺を…………戻しやがれぇぇえええ!!!!」

 ☆

「明人!! 明人よ、しっかりするのだ!! さっさと戻れ明人よ!!」

 横になっている明人の体を揺さぶり、カクリは必死に起こそうと呼びかけるが、起きる気配を見せない。そんな明人の体にも異変が現れ始めていた。

 呪いが勢いよく広がり、明人の体を蝕んでいく。このままでは、あと数分で死んでしまう恐れがあった。

「明人!! 頼む、起きてくれ!! 明人!!!」

 何とか呪いを抑えようとするも、それは無意味な事。徐々に明人の体を黒く染めてしまう。

「明人!!!」

 目に涙を浮かべながらカクリは叫び続けた。すると、彼の後ろ、何も無い空間から一人の男性が上空から降り立った。

 男性は狐の面を顔の右斜め上につけ、左右には人の耳ではなく、狐のような形をした耳を生やしている。
 両の目は赤く光っており、その目線の先には明人の姿があった。その人物は、以前明人にアドバイスを送ったカクリの親代わりであるレーツェルだった。

「カクリ、そんなに慌ててしまえば、またしても力が暴走してしまうぞ」

 取り乱しているカクリを安心させるように、優しい口調でレーツェルは頭を撫で、伝える。

「れ、レーツェル、様……」

 いきなりレーツェルが来た事により驚いたが、今はそれどころでは無い。
 カクリはレーツェルに抱きつき「明人を、明人を助けてください」と震えた手で、彼の着物を握りながら何度も言う。

「そう焦るでない。この男はそう簡単には死なん。それは、一番長く横で見てきたお前さんだからこそ、分かるのではないか?」

 レーツェルは子供をあやすように、カクリの頭を撫で続けながら優しく言葉を投げかける。

「だが、このままだと時間の問題だな。この男が自身で何とかしなければならない。しっかりと、この男の想いと話し合い、和解しなければ、この呪いは進行し続ける」

 レーツェルが零した言葉は、カクリの耳にも届き。一度安心した顔色を再度、青くしてしまった。

「ふむ。なら──」

 カクリを片手で抱え、彼は明人に近づく。その場に片膝を付き、呪いが刻まれている右肩に手を乗せた。そこから淡い光が出始める。

「レーツェル様……。何を?」
「呪いを消す事は出来ん。進行を止める事も無理だ。なら、少しでも遅らせる。それなら可能だと思ってな」

 明人は今だ苦しみ悶えている。だが、少しだけ呪いの進行速度が遅くなった気がした。

「これしか遅らせる事が出来んか……。あとは、本当にこの男に託すしかない。俺はまだやる事がある。カクリ、ここは任せたぞ」

 カクリを地面に下ろし、レーツェルは口にし立ち上がる。

「え、れ、レーツェル様。どこに行かれてしまうのですか?」

 不安そうにカクリはレーツェルの手を掴み咄嗟に見上げた。明人がこの状態なため不安で仕方がない。一人にはなりたくはなかった。
 レーツェルは困ったような笑みを浮かべ、カクリの頭をもう一度撫でてあげた。

「信じてあげるのだカクリ、この男を。今まで、お前のパートナーとしてやってきた、筺鍵明人──いや、荒木相想をな」

 レーツェルは優しく、それでいてしっかりとした眼差しをカクリに向けている。その視線を送られている彼は、迷ったように顔を俯かせてしまったが、直ぐに覚悟を決め、顔を上げた
 その表情は先程までとは違い、覚悟を決めたようにまっすぐな瞳だった。

「任せたぞ、カクリ」
「分かりました、レーツェル様」

 そう言葉を交わすとレーツェルは、その場から風と共に忽然と姿を消した。
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