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巴
「頂きました」
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「んっ。あれ、私」
軽かった体に、いきなり降り注ぐ重力。柔らかい物の上で寝ているような感覚で、秋は閉じていた目をゆっくりと開けた。
体を起こし、周りを見回す。
周りは木製で統一された家具、白いソファーに本棚。夢から目を覚ました秋は、噂の小屋の中であると理解し、同時に小首をかしげた。
さっきまで見ていた光景は、本当に夢だったのかと疑うほどリアルだったため、秋は眉を顰め小屋の中をまじまじと見回す。すると、木製の椅子に腰かけ、秋を見る明人の姿を確認できた。
優しく微笑み、相手を安心させる表情を浮かべている明人。秋はそんな彼の表情に、疑念は消え失せた。
「貴方の匣は開けました。さぁ、行きなさい。貴方を待っている人の元へ」
明人の言葉に反応するように、小屋のドアが開いた。
「来る事はもうないと思うけれど。まぁ、最初よりはいい顔つきになったんじゃないかい」
ドアを開けたのは、秋の夢の中で優しく問いかけ、正しい道へと導いたカクリだった。
カクリの言葉に従い、秋は立ち上がりドアを潜ろうと外に一歩、足を踏みだす。だが、その時大事なことを思い出し振り返った。
「あの、お代……」
「安心してください。貴方からは、もう頂きました」
秋の疑問にすぐ答え、明人は立ち上がり彼女へと近付いて行く。両肩を触れるように掴み、回れ右をさせて背中をポンと、外へ促すように押す。
秋は押されるがまま外に出てしまい、振り向いた時にはもうドアが閉められていた。
「もう、頂いた?」
お代は記憶だと彼が言っていた事を思い出し、秋は顎に手を当て様々な記憶を思い出す。だが、何も違和感を感じる箇所がないため、どこを奪われたのかわからない。
「……今は、やる事をしないといけないね。早く麗の所に行かないと」
考えていても意味は無いと考えた秋は決意を口にし、林の中を走り出した。
足取りは小屋に来た時と比べると軽く、清々しい表情になっている。
林の外を見る瞳は真っすぐで、キラキラと輝いていた。
☆
秋が林の中を走っていた時、小屋の中では明人とカクリが静かに話していた。
「まぁ、そう簡単に目当ての物は見つからねぇか……」
明人はソファーに寝っ転がりながら、液体の入った小瓶を覗き込んでいる。
端から見れば、今彼が見ている小瓶の中身は透き通るほどきれいなただの水。だが、それはただの水ではなく、先ほど秋からお代として頂いた記憶だった。
お代は、"嫉妬の記憶"
ただ、明人は記憶を全て頂いたのではなく、欠片を頂いていた。
抜き取ったのは欠片な為、秋に記憶を失ったという感覚はない。
”記憶の欠片”と言うのは、匣の中にあった闇の部分のみの事を指す。
今回の依頼人である秋の闇は”嫉妬心”。
自分は何も出来なく、何でもできてしまう友人を羨ましいと憧れ、そこから膨れ上がってしまった憎悪によっり閉じ込められてしまった本当の想い。
その、憎悪のみを抜き取ったため、彼女のこれからにはなんの問題もない。
見た目はただの水。だが、カクリと契約をしている者なら、小瓶の中で揺れている水を通して記憶を覗き見る事が可能。
明人は今、記憶の中を覗き見ていた。
「そもそも、そう簡単に見つかるものでは無いと思うのだが」
「そうだけどよ。結構疲れるんだぜ? もうヘトヘトだ」
言葉の通り、今の明人は顔色が悪く、体が重たいのかソファーに全体重を乗せ、小瓶をお腹に乗せ目を閉じた。
「もう少し体力をつけた方がいいのではないかい? これでは、もし次に依頼人が来た時出来るのかね」
「やってんだろ、今までだってよ。大体、お前がもっと早く話を終らせればこんなに疲れんでもいいんだろうが。そうすりゃ、俺だって少しは楽出来るのによ」
「それはすまない。だが、じっくり話をしなければ匣を開ける際、大変なのは他の誰でもなく明人なのではないかい?」
カクリの返答にめんどくさそうに眉を顰め、明人はキッと睨む。そして、諦めたように小瓶をテーブルに置き、今度こそ寝ようと顔を背け目を閉じた。
「依頼人が来たら起こせ」
「まったく…………」
明人が目を閉じた事を確認すると、カクリはテーブルに置かれた小瓶を覗き込んだ。
そこには、秋の記憶しかなく、探している物の手がかりすらない。
「手がかりすら見つからぬか。仕方がないな」
小瓶から目を離したカクリは、小瓶を片手に歩き出し、奥の部屋へと姿を消した。
☆
秋は林から真っ直ぐ学校の体育館へと走った。
必死に前だけ見て走っていると、前方に見覚えのある体育館が見えてきた。
全速力で走っていた秋は、ゆっくりと走っている勢いを緩め始める。肩で息をし、呼吸を整えようとするが、思っていた以上に体力の限界が近く膝に手を付けた。
汗を拭いながら短い呼吸を繰り返し、秋は何とか普通に立てるくらいには復活した。
まだ息は荒いものの、体育館を見上げる瞳には力が込められており揺るがない。
体育館のドアまで歩き、震える右手でドアノブを握る。
すぐに開ける事が出来ず、秋はまじまじと自身が掴んでいるドアノブを見ていた。
まだ、開けるには勇気が無く、彼女は目を閉じ、噂の小屋であった出来事を思い出す。
不思議な二人。紳士的な態度をとってくれた明人と、冷たいが優しく秋を導いてくれたカクリ。そんな二人が”もう大丈夫”と、秋を送り出した。
まだ出会ってから数時間しか経ってないが、秋は小屋の二人に絶対的な期待と信頼を寄せていた。
二人のことを思い出すと不安は完全に消え、口元には薄く笑みまで浮かぶ。
「はぁ。よしっ!!」
零れた笑みを気合いを入れると共に消し、ドアノブを握る手に力を込める。
勢いよくドアを開き、秋は一歩。体育館に足を踏み入れた。
中では部員達が円になり、話し合っていた。
体育館の壁にある時計を確認すると、秋が逃げ出してからまだ二十分程度しか経過していないのがわかった。
「えっ。もっと時間経ってるのかと思ってた……」
時計を見て驚きの声を上げる。だが、すぐに気を引き締め、緊張でいつもより心拍数が高い胸に手を置いた。
「心につっかえがない。今だったら、麗とちゃんと話が出来るかも」
秋はドアを閉め、話し合っている部員達を見る。小屋へ行く前だったら怖くて近付く事すら出来なかったが、今では足軽に歩き、迷いなく近づいて行った。
途中で足音に気づき、部員達が一斉に秋の方を振り返った。
その人達の目はどれも蔑んだような瞳になっており、一度足を止めてしまう。
一瞬戸惑った秋だが、直ぐに気を取り直し部員達を見た。
再度歩きだし、今度こそ麗の前まで移動した。
「麗、話があるの。聞いてもらえるかな」
「秋……」
最近では麗が話しかけてもすぐに会話を終らせたがったり、目線を逸らされたりしてまともに話せていなかった。
そんな秋が麗に話しかけたため、麗はなんと言えばいいのかわからず戸惑いながら目を泳がせる。だが、その様子を気にせず、秋は真剣な口調で語りだした。
「私は、ずっと麗が羨ましかった。なんでも出来て、見た目も可愛くて人気者。そんな麗と一緒に居るのは、正直辛かった」
「……」
麗は秋の本音を聞き、目を伏せ顔を俯かせる。
わかっていたのだろう。秋の本当の気持ちを。自分に向けられている感情に。だからこそ、何も言えず顔を逸らす事しか出来なかった。
「でも、これを言ってしまえば私は一人になってしまうから、ずっと我慢してた」
秋の口から言葉がスラスラと出てくる。喉が締まる感覚も、恐怖が頭を過る事もない。だが、周りのみんながそれを黙って見てはくれなかった。
「そんな事を言うためにわざわざ戻ってきたの?」
「誰のせいでこんな事になってると思ってんのよ!」
「自分の行いを、今度は夏美さんのせいにしようって言うの?!」
周りの声は全て批判的で、前の秋ならこれだけでもう言葉が出てきていなかった。だが、今は違う。
「秋、えっと……」
麗は顔を上げ、心配そうに秋を見る。
────大丈夫。
そう言うように、秋は笑みを浮かべながら話を続けた。
「私は自分の中で諦めてた。自分の想いに蓋をしてた。でも、それじゃ駄目だって気付いたの」
秋は麗と目線を合わせるため、その場に膝をつきしゃがんだ。
「私は麗が羨ましく、それで憎んでしまった。でも、こうなってしまったのは、私自身が何も行動を起こさなかったから。私に出来るわけが無いと諦めていたから」
秋の言葉は力強く、彼女を責める人は、もう居ない。
「私達、今までずっと一緒にいたのに、本当の気持ち、自分の想いをお互い伝えてこなかった。お互いに我慢をしていた所があると思う。だから……」
その後の言葉が出てこない。つっかえて出てこないのではなく、涙が出てしまい上手く話せなくなってしまっていた。
「だから、私は……っ……」
涙を拭いながら何とか言葉を繋げようとしていると、秋の頬に伝っていた涙を麗が人差し指で拭いてあげた。
「ごめんね」
麗は秋の涙を拭きながら、謝った。
「私、秋の気持ち少しだけわかってたの。辛い思いしているってわかってた。でも、それを言ったら、秋は私から離れてしまうかもしれないって、そう思ってた」
言葉を繋ぐ麗の目元に、透明で綺麗な涙が浮かび上がる。
「お互い、我慢しすぎたね」
優しく微笑む麗の表情は、今まで見たどんな笑顔よりも綺麗に輝いていた。
「やっぱり、麗はずるい」
「えっ」
秋の突然の言葉に、麗は困った表情を浮かべた。
それを見て秋は、今まで我慢していた全てを吐き出したおかげか、笑いが込み上げ口を大きく開き、体育館に響くほどの声量で笑いだした。
「ふふ……ふっ……はは……あははは!!」
お腹を抱えて笑う秋に、麗は不思議そうな顔を浮かべた。そのうち、彼女も釣られるように笑いだした。
体育館にあった重苦しい空気は、二人の心からの笑い声で消えていく。
「秋、これからは我慢しないで言ってね」
「うん、努力する。麗もね」
「うん」
二人は笑い合い、涙を拭いて周りを見回す。
周りの人達は一体なんの話だと言わんばかりに、困惑の表情を浮かべていた。
何がなにやら分からない部員達に、麗が突然息を大きく吸い込み、体育館全体に響く声量で言い放った。
「今回の巴先輩の件は、秋ではありません!」
麗の言葉に秋含め、周りの人達は驚いていた。
先程まで次の試合はどうするか、巴が抜けた穴は誰が埋めるのかを話し合っていた。
その中でやはり、秋を非難する言葉もあり、麗はその言葉が我慢できなかった。だが、自分の中にある恐怖心が邪魔をし何も言えず、ずっと我慢していた。
今回の秋との会話で、先程まで麗の胸を埋めつくしていた恐怖心は消え去り、迷いなく言い放つことが出来た。
「今回は偶然起こってしまった事故です! 秋は関係ありません! 巴先輩が怪我をしたのはステージ付近。ですが、秋が居たのは体育館の出入り口。物理的に無理なんですよ!!」
麗の言葉に周りの人達は、隣の人と目を合わせたり言葉を交わしている。そのうち、麗の言葉は嘘ではないとわかり、床に座っていた部員達は立ち上がり秋へと近づき謝った。
秋は周りの人達が信じてくれた事が嬉しく笑顔を浮かべる。でも、一番嬉しかったのは、麗が秋とこれからも一緒にいたいと思ってくれていた事。
自分ばかりだと思っていた秋は、麗の言葉に心が満たされた。
「匣、開けてもらえてよかった」
小声で言う秋の言葉は、周りの声で消えてしまう。
「秋、これからどうするか秋も一緒に考えよ」
「うん!!」
麗から差し出された手を握り、笑顔で大きく頷き。今まで自分が入れなかった輪に入っていった。
軽かった体に、いきなり降り注ぐ重力。柔らかい物の上で寝ているような感覚で、秋は閉じていた目をゆっくりと開けた。
体を起こし、周りを見回す。
周りは木製で統一された家具、白いソファーに本棚。夢から目を覚ました秋は、噂の小屋の中であると理解し、同時に小首をかしげた。
さっきまで見ていた光景は、本当に夢だったのかと疑うほどリアルだったため、秋は眉を顰め小屋の中をまじまじと見回す。すると、木製の椅子に腰かけ、秋を見る明人の姿を確認できた。
優しく微笑み、相手を安心させる表情を浮かべている明人。秋はそんな彼の表情に、疑念は消え失せた。
「貴方の匣は開けました。さぁ、行きなさい。貴方を待っている人の元へ」
明人の言葉に反応するように、小屋のドアが開いた。
「来る事はもうないと思うけれど。まぁ、最初よりはいい顔つきになったんじゃないかい」
ドアを開けたのは、秋の夢の中で優しく問いかけ、正しい道へと導いたカクリだった。
カクリの言葉に従い、秋は立ち上がりドアを潜ろうと外に一歩、足を踏みだす。だが、その時大事なことを思い出し振り返った。
「あの、お代……」
「安心してください。貴方からは、もう頂きました」
秋の疑問にすぐ答え、明人は立ち上がり彼女へと近付いて行く。両肩を触れるように掴み、回れ右をさせて背中をポンと、外へ促すように押す。
秋は押されるがまま外に出てしまい、振り向いた時にはもうドアが閉められていた。
「もう、頂いた?」
お代は記憶だと彼が言っていた事を思い出し、秋は顎に手を当て様々な記憶を思い出す。だが、何も違和感を感じる箇所がないため、どこを奪われたのかわからない。
「……今は、やる事をしないといけないね。早く麗の所に行かないと」
考えていても意味は無いと考えた秋は決意を口にし、林の中を走り出した。
足取りは小屋に来た時と比べると軽く、清々しい表情になっている。
林の外を見る瞳は真っすぐで、キラキラと輝いていた。
☆
秋が林の中を走っていた時、小屋の中では明人とカクリが静かに話していた。
「まぁ、そう簡単に目当ての物は見つからねぇか……」
明人はソファーに寝っ転がりながら、液体の入った小瓶を覗き込んでいる。
端から見れば、今彼が見ている小瓶の中身は透き通るほどきれいなただの水。だが、それはただの水ではなく、先ほど秋からお代として頂いた記憶だった。
お代は、"嫉妬の記憶"
ただ、明人は記憶を全て頂いたのではなく、欠片を頂いていた。
抜き取ったのは欠片な為、秋に記憶を失ったという感覚はない。
”記憶の欠片”と言うのは、匣の中にあった闇の部分のみの事を指す。
今回の依頼人である秋の闇は”嫉妬心”。
自分は何も出来なく、何でもできてしまう友人を羨ましいと憧れ、そこから膨れ上がってしまった憎悪によっり閉じ込められてしまった本当の想い。
その、憎悪のみを抜き取ったため、彼女のこれからにはなんの問題もない。
見た目はただの水。だが、カクリと契約をしている者なら、小瓶の中で揺れている水を通して記憶を覗き見る事が可能。
明人は今、記憶の中を覗き見ていた。
「そもそも、そう簡単に見つかるものでは無いと思うのだが」
「そうだけどよ。結構疲れるんだぜ? もうヘトヘトだ」
言葉の通り、今の明人は顔色が悪く、体が重たいのかソファーに全体重を乗せ、小瓶をお腹に乗せ目を閉じた。
「もう少し体力をつけた方がいいのではないかい? これでは、もし次に依頼人が来た時出来るのかね」
「やってんだろ、今までだってよ。大体、お前がもっと早く話を終らせればこんなに疲れんでもいいんだろうが。そうすりゃ、俺だって少しは楽出来るのによ」
「それはすまない。だが、じっくり話をしなければ匣を開ける際、大変なのは他の誰でもなく明人なのではないかい?」
カクリの返答にめんどくさそうに眉を顰め、明人はキッと睨む。そして、諦めたように小瓶をテーブルに置き、今度こそ寝ようと顔を背け目を閉じた。
「依頼人が来たら起こせ」
「まったく…………」
明人が目を閉じた事を確認すると、カクリはテーブルに置かれた小瓶を覗き込んだ。
そこには、秋の記憶しかなく、探している物の手がかりすらない。
「手がかりすら見つからぬか。仕方がないな」
小瓶から目を離したカクリは、小瓶を片手に歩き出し、奥の部屋へと姿を消した。
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秋は林から真っ直ぐ学校の体育館へと走った。
必死に前だけ見て走っていると、前方に見覚えのある体育館が見えてきた。
全速力で走っていた秋は、ゆっくりと走っている勢いを緩め始める。肩で息をし、呼吸を整えようとするが、思っていた以上に体力の限界が近く膝に手を付けた。
汗を拭いながら短い呼吸を繰り返し、秋は何とか普通に立てるくらいには復活した。
まだ息は荒いものの、体育館を見上げる瞳には力が込められており揺るがない。
体育館のドアまで歩き、震える右手でドアノブを握る。
すぐに開ける事が出来ず、秋はまじまじと自身が掴んでいるドアノブを見ていた。
まだ、開けるには勇気が無く、彼女は目を閉じ、噂の小屋であった出来事を思い出す。
不思議な二人。紳士的な態度をとってくれた明人と、冷たいが優しく秋を導いてくれたカクリ。そんな二人が”もう大丈夫”と、秋を送り出した。
まだ出会ってから数時間しか経ってないが、秋は小屋の二人に絶対的な期待と信頼を寄せていた。
二人のことを思い出すと不安は完全に消え、口元には薄く笑みまで浮かぶ。
「はぁ。よしっ!!」
零れた笑みを気合いを入れると共に消し、ドアノブを握る手に力を込める。
勢いよくドアを開き、秋は一歩。体育館に足を踏み入れた。
中では部員達が円になり、話し合っていた。
体育館の壁にある時計を確認すると、秋が逃げ出してからまだ二十分程度しか経過していないのがわかった。
「えっ。もっと時間経ってるのかと思ってた……」
時計を見て驚きの声を上げる。だが、すぐに気を引き締め、緊張でいつもより心拍数が高い胸に手を置いた。
「心につっかえがない。今だったら、麗とちゃんと話が出来るかも」
秋はドアを閉め、話し合っている部員達を見る。小屋へ行く前だったら怖くて近付く事すら出来なかったが、今では足軽に歩き、迷いなく近づいて行った。
途中で足音に気づき、部員達が一斉に秋の方を振り返った。
その人達の目はどれも蔑んだような瞳になっており、一度足を止めてしまう。
一瞬戸惑った秋だが、直ぐに気を取り直し部員達を見た。
再度歩きだし、今度こそ麗の前まで移動した。
「麗、話があるの。聞いてもらえるかな」
「秋……」
最近では麗が話しかけてもすぐに会話を終らせたがったり、目線を逸らされたりしてまともに話せていなかった。
そんな秋が麗に話しかけたため、麗はなんと言えばいいのかわからず戸惑いながら目を泳がせる。だが、その様子を気にせず、秋は真剣な口調で語りだした。
「私は、ずっと麗が羨ましかった。なんでも出来て、見た目も可愛くて人気者。そんな麗と一緒に居るのは、正直辛かった」
「……」
麗は秋の本音を聞き、目を伏せ顔を俯かせる。
わかっていたのだろう。秋の本当の気持ちを。自分に向けられている感情に。だからこそ、何も言えず顔を逸らす事しか出来なかった。
「でも、これを言ってしまえば私は一人になってしまうから、ずっと我慢してた」
秋の口から言葉がスラスラと出てくる。喉が締まる感覚も、恐怖が頭を過る事もない。だが、周りのみんながそれを黙って見てはくれなかった。
「そんな事を言うためにわざわざ戻ってきたの?」
「誰のせいでこんな事になってると思ってんのよ!」
「自分の行いを、今度は夏美さんのせいにしようって言うの?!」
周りの声は全て批判的で、前の秋ならこれだけでもう言葉が出てきていなかった。だが、今は違う。
「秋、えっと……」
麗は顔を上げ、心配そうに秋を見る。
────大丈夫。
そう言うように、秋は笑みを浮かべながら話を続けた。
「私は自分の中で諦めてた。自分の想いに蓋をしてた。でも、それじゃ駄目だって気付いたの」
秋は麗と目線を合わせるため、その場に膝をつきしゃがんだ。
「私は麗が羨ましく、それで憎んでしまった。でも、こうなってしまったのは、私自身が何も行動を起こさなかったから。私に出来るわけが無いと諦めていたから」
秋の言葉は力強く、彼女を責める人は、もう居ない。
「私達、今までずっと一緒にいたのに、本当の気持ち、自分の想いをお互い伝えてこなかった。お互いに我慢をしていた所があると思う。だから……」
その後の言葉が出てこない。つっかえて出てこないのではなく、涙が出てしまい上手く話せなくなってしまっていた。
「だから、私は……っ……」
涙を拭いながら何とか言葉を繋げようとしていると、秋の頬に伝っていた涙を麗が人差し指で拭いてあげた。
「ごめんね」
麗は秋の涙を拭きながら、謝った。
「私、秋の気持ち少しだけわかってたの。辛い思いしているってわかってた。でも、それを言ったら、秋は私から離れてしまうかもしれないって、そう思ってた」
言葉を繋ぐ麗の目元に、透明で綺麗な涙が浮かび上がる。
「お互い、我慢しすぎたね」
優しく微笑む麗の表情は、今まで見たどんな笑顔よりも綺麗に輝いていた。
「やっぱり、麗はずるい」
「えっ」
秋の突然の言葉に、麗は困った表情を浮かべた。
それを見て秋は、今まで我慢していた全てを吐き出したおかげか、笑いが込み上げ口を大きく開き、体育館に響くほどの声量で笑いだした。
「ふふ……ふっ……はは……あははは!!」
お腹を抱えて笑う秋に、麗は不思議そうな顔を浮かべた。そのうち、彼女も釣られるように笑いだした。
体育館にあった重苦しい空気は、二人の心からの笑い声で消えていく。
「秋、これからは我慢しないで言ってね」
「うん、努力する。麗もね」
「うん」
二人は笑い合い、涙を拭いて周りを見回す。
周りの人達は一体なんの話だと言わんばかりに、困惑の表情を浮かべていた。
何がなにやら分からない部員達に、麗が突然息を大きく吸い込み、体育館全体に響く声量で言い放った。
「今回の巴先輩の件は、秋ではありません!」
麗の言葉に秋含め、周りの人達は驚いていた。
先程まで次の試合はどうするか、巴が抜けた穴は誰が埋めるのかを話し合っていた。
その中でやはり、秋を非難する言葉もあり、麗はその言葉が我慢できなかった。だが、自分の中にある恐怖心が邪魔をし何も言えず、ずっと我慢していた。
今回の秋との会話で、先程まで麗の胸を埋めつくしていた恐怖心は消え去り、迷いなく言い放つことが出来た。
「今回は偶然起こってしまった事故です! 秋は関係ありません! 巴先輩が怪我をしたのはステージ付近。ですが、秋が居たのは体育館の出入り口。物理的に無理なんですよ!!」
麗の言葉に周りの人達は、隣の人と目を合わせたり言葉を交わしている。そのうち、麗の言葉は嘘ではないとわかり、床に座っていた部員達は立ち上がり秋へと近づき謝った。
秋は周りの人達が信じてくれた事が嬉しく笑顔を浮かべる。でも、一番嬉しかったのは、麗が秋とこれからも一緒にいたいと思ってくれていた事。
自分ばかりだと思っていた秋は、麗の言葉に心が満たされた。
「匣、開けてもらえてよかった」
小声で言う秋の言葉は、周りの声で消えてしまう。
「秋、これからどうするか秋も一緒に考えよ」
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