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夏めく

化け物

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 遊ぶように言われた三人だったが、少年の独特な空気感に誰も口を開くことが出来ない。

 それでも、少年は待ち続けた。

「…………」

 緊張の糸が伸びる中、唯一反応したのは翔だった。
 気を取り戻し、笑顔を浮かべる。

 奏多の手を振り払い、駆け出した。

「あっ、待て!」

 奏多が追いかけるが、先に少年の目の前に立つ。
 クリクリな茶色の瞳を輝かせ、少年を見た。

「――――君は、だぁれ?」

 翔が問いかけると、少年は嬉しそうに満面な笑みを浮かべた。

『我は弥狐やこ、ぬしは?』

「僕は翔!! ヤコは、ここで何をしているの?」

 弥狐と名乗った少年は、話す度に長い前髪が揺れ、朱色の瞳が見え隠れする。

『人間が来るのを待っていた。遊んではくれぬか?』

 見た目とは合わない口調に、奏多と静華は茫然。
 普通に話せている翔は、両手を広げ「わぁい」と弥狐へと手を伸ばした。

 だが、伸ばされた手は、弥狐に触れることなく空を切る。

「――えっ?」

 弥狐が体を横に逸らし、避けられる。
 その事に、翔は呆然。口をポカンと開き、弥狐を見た。

『すまぬな。我は人間に触れることができぬのだ。悪いが、触らないでくれぬか?』

「?? わかった!」

 翔は不思議に思ったものの、元気に返事をし、二人は追いかけっこをし始めた。

 静華の元に奏多が近づき、かけっこをしている二人を凝視する。

「あの子供、絶対に普通じゃない、よな?」

「う、うん。絶対に、普通じゃない。というか、人……なの?」

 人なのかどうかすら疑ってしまうほど、異様な空気をまとっている弥狐に、二人は疑いの目を向ける。

 だが、本人に確認を取る気にもなれず、どうすればいいのか分からない。

 そんな時、静華は思い出したことがあり手を打った。

「そうだ、本当かどうかわからないけど、やってみようかな」

 静華の呟きに、奏多は首を傾げる。
 様子を見ていると、静華は両手を顔付近まで上げた。

 左右の手で狐の手を作り、右手をひっくり返し、甲を外側へ。左右の手を重ね、中指と薬指を広げた。

 真ん中に覗き窓が作られ、弥狐を視界に捕らえる。

「――――”けしやうのものか、ましやうのものか正体をあらわせ”」

 同じ言葉を三回、呟いた。
 その言葉を耳にした時、奏多は何をしているんだと眉を顰める。

 ――――何も変化はない。やっぱり、こんなのただの伝説だっ――……

 数秒、何も変わらない景色を眺めたが、変化は無い。
 諦めた時、狐の窓から覗く景色が変わり始めた。

 翔と追いかけっこをしている弥狐の臀部には、銀色の狐の尾。
 銀髪から覗き見えるのは、狐の耳。

 クリクリだった朱色の瞳は細く、釣り目に。
 頬には髭のような、赤い模様が左右に刻まれた。

「ひっ!?」

「静華!? どうしたんだ!?」

 何が見えたのかわからない奏多は、突如驚き、怯え始めた静華の肩を掴む。

 体を震わせ、答える余裕のない静華は弥狐を見続けた。
 奏多は、なにをそんなに怯えているのか疑問に思い、静華と同じく弥狐を見た。

 翔と無邪気に駆け回っている弥狐は、見た目だけなら普通の子供。怯える要素はない。

 なのに、静華は怖がり体を震わせ続ける。
 困惑していると、二人の異変に気付いた翔と弥狐が近づいてきた。

「どうしたの?」

『どうした?』

 問いかけられた奏多は、静華の代わりに説明したくても、自分自身理解できていないためできない。
 そんな時、静華がやっと落ち着け始め、近づいてきた二人を見る。

「ヒッ!!」

 小さな悲鳴と共に、静華は奏多に助けを求め、服を掴み縋る。
 顔は青く、目は弥狐から離せない。

 二人もわからず、首を傾げる。

 数秒、沈黙の時間が進む。
 皆で静華が落ち着くのを待っていると、やっと震える口を開いた。

「き、つね。きつねの、まどで……。そしたら、ば、化け物が……」

 その言葉に、弥狐が目を微かに開く。

『まさか、覗いたのか?』

「の、覗いた? な、にを?」

 奏多が聞き返すが、弥狐は答えない。
 代わりに、静華が小さく頷いた。

『そうか』と、顔を俯かせてしまう。
 翔は三人が何の話をしているのかわからず、奏多を見上げた。

「なぁに?」

「……ごめん。俺にも分らない」

 教えたくても、奏多はわからず首を横に振る。
 そんな二人を他所に、弥狐は顔を上げた。

『――――気づかれては仕方がない。教えよう』

 それだけ言うと、指をパチンと鳴らした。
 直後、風が吹き荒れ弥狐を包み込む。

 次に姿を現した時、人間ではない。
 奏多と翔は目を開き、驚愕。指を差し、震える声で問いかけた。

「お、まえ、その姿。狐?」

『そうじゃ、我は化け狐、弥狐やこ。人間ではないが、危害を与える事はせんぞ』

 朱色の瞳を細め、口元に手を持っていきクスクスと笑った。
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