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3、追放されました
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「バカって何よ。私のことを言ってるの?」
まくしたててくるモニカの声が頭に響きます。
さすがにわたしだって、品のない言葉を何度も使いたくありません。けれど、デニスさまは駄目です。
ローゼンタール家をなんとかしたくて、父の遺志に背くことができなくて、わたしは結婚を決意したのです。
なのになぜ、あなたはそうも簡単にデニスさまを選ぶの?
彼がわたしのものだと思っているの? あなたが欲しいと奪っていったお人形や、ドレスや耳飾りじゃないのよ。
デニスさまは真珠でもなければ、サファイアでもアクアマリンでもないわ。
あなた、分かっていて?
わたしのものを奪うのに夢中になっていて、デニスさまがどんな人がよく知らないのに? 結婚ですって。
「長女であるわたしが追うべき責務を、あなたは代わりに負うことができるのね」
静かに念押しすると、モニカは「はっ」と派手に鼻で笑いました。
「デニスさまのことが惜しくなったのね。でも残念ね、お姉さまのことなんて彼はなんとも思っていないのよ」
「ええ、そうでしょうね」
「かわいそう。婚約者にすら好かれないなんて。ねぇ、デニスさま」
モニカが彼の腕にしがみつき、ふっくらとした胸の辺りが明らかにデニスさまの二の腕に当たっています。
鼻の下が伸びていることに気づいたのか、デニスさまは慌てて表情をひきしめました。いまさらですけど。
「いやだ。お姉さまったら、私のことが憎いの?」
憎んでほしいの? 婚約者を奪われて、家を追い出されて、みじめったらしく泣くのを望んでいるの?
「小屋は一日で改装できるものでもない。クリスタ、申し訳ないが。君は叔母上のところにしばらく身を寄せてくれないか? 君の嫉妬がモニカを苦しめるかもしれないからね」
「すてきな提案ね」
きゃあきゃあとはしゃぐモニカ。
かわいそうに。みずから苦難を引きうけるのね、いいも悪いもわからずに、すべてわたしから奪おうとして。
わたしは深呼吸をして、屋敷を見あげました。
蜂蜜色の石の壁、窓はみがきあげられて、お庭の花々を映して鏡のよう。
「庭の権利は手放す必要はないわね」
念押しをしたとき、こくりとうなずくモニカをデニスさまは見とがめたようでした。
ほんの一瞬、そのわずかな隙に彼の頭の中でいろいろな算段がめぐらされているような。
先代までの商家から、彼は外国にまで商売をひろげたその手腕、あるいは抜け目のなさが冷ややかな表情に浮かんでいました。
「モニカ。君はクリスタに交換条件を出されたのか? ぼくを諦めるための」
「いいえ、そういうわけじゃないけど」
「まさか、君が提案したんじゃないだろうね。屋敷からは出ていくように、だが、庭はクリスタのものだと」
ざぁ、と草がなびき、春にしては冷たい風が吹きぬけました。灰色の雲が流れてはちぎれ、庭園にモニカのさらさらの金の髪に影を落とします。
「い、いいえ。そんなはずないわ」
「そう? よかった。人の嫉妬は恐ろしいからね、ぼくの心変わりと妹の幸福を、クリスタは妬み、嫉み、恨むかもしれない」
「……そうね」
「君を花嫁の座から引きずり下ろし、復讐するかもしれないからね。たとえ血を分けた姉とはいえ、屋敷も庭も、敷地のすべて、丘もだよ。ほんの少しでも分け与えようものなら、そこから侵食されるからね」
「ええ」
「丘の小屋に住むのも、庭仕事をして個人の収入を得るのも自由だ。だが、権利はいけない。家賃を取らないのだから、温情だよ」
「そのとおりだわ」
微妙にゆがんだ、心もとない笑顔で応えるモニカ。
モニカ、あなたもしかしてデニスさまにそそのかされているのでは? 頭に浮かんだ言葉に、自分でもびっくりしました。
「デニスさま。わたしとモニカとの間では、自立のために庭はわたしのものにすると決まったのです。これは覆りません」
「言ってないわ」
突然モニカが声を荒げました。
「お姉さまが勝手に決めたことよ。そうよ、私の幸福を妬んで何をするか分かりはしない。デニスさま、領地内の農具小屋を改装するって仰っていたけれど。それだって恩を仇で返されるに違いないわ」
「恩? 姉を追放して、ぼろぼろの小屋に押しこむことのどこが恩なの? あなた、そんなことをして平気なの?」
「やめて。腹が立つからって脅さないで」
夜中の廊下だろうが、嵐の庭だろうが恐れたことのないモニカが、デニスさまの背後に隠れます。震えてもいない指で、彼の腕をしっかりと摑んで。
「なんということだ。クリスタ、君がそんなにも狡猾で、ずる賢くて、卑劣な女だとは知らなかった」
卑劣というのなら、モニカのほうこそ。
そう言いかけて、わたしは口を閉ざしました。
デニスさま、いいえデニスは何があってもモニカの味方なのですから。
「クリスタ。すぐにここを引き払ってもらおう。ぼくの可愛い小鳥ちゃんが怖がるからね」
その小鳥ちゃんは、あなたの背後でほくそ笑んでいますけどね。
「ああ、さっきの小屋の話はなかったことに」
「わたしに野垂れ死ねとおっしゃるのね」
「まさかぁ。ぼくはそんなに非道じゃないよ」
デニスは革の鞄から、くちもとを結んだ袋を地面に落としました。どさりと硬い音がして、結んでいた紐がほどけました。
目を丸くする侍女のリタ。ざらりとこぼれるのは金貨です。陽の光をはじき、ぎらぎらと不粋に光ります。
わたしに金貨を拾えと? 地面にはいつくばって、うれし涙をこぼしながら拾えというの?
そこまで馬鹿にされる理由が分からないわ。
まくしたててくるモニカの声が頭に響きます。
さすがにわたしだって、品のない言葉を何度も使いたくありません。けれど、デニスさまは駄目です。
ローゼンタール家をなんとかしたくて、父の遺志に背くことができなくて、わたしは結婚を決意したのです。
なのになぜ、あなたはそうも簡単にデニスさまを選ぶの?
彼がわたしのものだと思っているの? あなたが欲しいと奪っていったお人形や、ドレスや耳飾りじゃないのよ。
デニスさまは真珠でもなければ、サファイアでもアクアマリンでもないわ。
あなた、分かっていて?
わたしのものを奪うのに夢中になっていて、デニスさまがどんな人がよく知らないのに? 結婚ですって。
「長女であるわたしが追うべき責務を、あなたは代わりに負うことができるのね」
静かに念押しすると、モニカは「はっ」と派手に鼻で笑いました。
「デニスさまのことが惜しくなったのね。でも残念ね、お姉さまのことなんて彼はなんとも思っていないのよ」
「ええ、そうでしょうね」
「かわいそう。婚約者にすら好かれないなんて。ねぇ、デニスさま」
モニカが彼の腕にしがみつき、ふっくらとした胸の辺りが明らかにデニスさまの二の腕に当たっています。
鼻の下が伸びていることに気づいたのか、デニスさまは慌てて表情をひきしめました。いまさらですけど。
「いやだ。お姉さまったら、私のことが憎いの?」
憎んでほしいの? 婚約者を奪われて、家を追い出されて、みじめったらしく泣くのを望んでいるの?
「小屋は一日で改装できるものでもない。クリスタ、申し訳ないが。君は叔母上のところにしばらく身を寄せてくれないか? 君の嫉妬がモニカを苦しめるかもしれないからね」
「すてきな提案ね」
きゃあきゃあとはしゃぐモニカ。
かわいそうに。みずから苦難を引きうけるのね、いいも悪いもわからずに、すべてわたしから奪おうとして。
わたしは深呼吸をして、屋敷を見あげました。
蜂蜜色の石の壁、窓はみがきあげられて、お庭の花々を映して鏡のよう。
「庭の権利は手放す必要はないわね」
念押しをしたとき、こくりとうなずくモニカをデニスさまは見とがめたようでした。
ほんの一瞬、そのわずかな隙に彼の頭の中でいろいろな算段がめぐらされているような。
先代までの商家から、彼は外国にまで商売をひろげたその手腕、あるいは抜け目のなさが冷ややかな表情に浮かんでいました。
「モニカ。君はクリスタに交換条件を出されたのか? ぼくを諦めるための」
「いいえ、そういうわけじゃないけど」
「まさか、君が提案したんじゃないだろうね。屋敷からは出ていくように、だが、庭はクリスタのものだと」
ざぁ、と草がなびき、春にしては冷たい風が吹きぬけました。灰色の雲が流れてはちぎれ、庭園にモニカのさらさらの金の髪に影を落とします。
「い、いいえ。そんなはずないわ」
「そう? よかった。人の嫉妬は恐ろしいからね、ぼくの心変わりと妹の幸福を、クリスタは妬み、嫉み、恨むかもしれない」
「……そうね」
「君を花嫁の座から引きずり下ろし、復讐するかもしれないからね。たとえ血を分けた姉とはいえ、屋敷も庭も、敷地のすべて、丘もだよ。ほんの少しでも分け与えようものなら、そこから侵食されるからね」
「ええ」
「丘の小屋に住むのも、庭仕事をして個人の収入を得るのも自由だ。だが、権利はいけない。家賃を取らないのだから、温情だよ」
「そのとおりだわ」
微妙にゆがんだ、心もとない笑顔で応えるモニカ。
モニカ、あなたもしかしてデニスさまにそそのかされているのでは? 頭に浮かんだ言葉に、自分でもびっくりしました。
「デニスさま。わたしとモニカとの間では、自立のために庭はわたしのものにすると決まったのです。これは覆りません」
「言ってないわ」
突然モニカが声を荒げました。
「お姉さまが勝手に決めたことよ。そうよ、私の幸福を妬んで何をするか分かりはしない。デニスさま、領地内の農具小屋を改装するって仰っていたけれど。それだって恩を仇で返されるに違いないわ」
「恩? 姉を追放して、ぼろぼろの小屋に押しこむことのどこが恩なの? あなた、そんなことをして平気なの?」
「やめて。腹が立つからって脅さないで」
夜中の廊下だろうが、嵐の庭だろうが恐れたことのないモニカが、デニスさまの背後に隠れます。震えてもいない指で、彼の腕をしっかりと摑んで。
「なんということだ。クリスタ、君がそんなにも狡猾で、ずる賢くて、卑劣な女だとは知らなかった」
卑劣というのなら、モニカのほうこそ。
そう言いかけて、わたしは口を閉ざしました。
デニスさま、いいえデニスは何があってもモニカの味方なのですから。
「クリスタ。すぐにここを引き払ってもらおう。ぼくの可愛い小鳥ちゃんが怖がるからね」
その小鳥ちゃんは、あなたの背後でほくそ笑んでいますけどね。
「ああ、さっきの小屋の話はなかったことに」
「わたしに野垂れ死ねとおっしゃるのね」
「まさかぁ。ぼくはそんなに非道じゃないよ」
デニスは革の鞄から、くちもとを結んだ袋を地面に落としました。どさりと硬い音がして、結んでいた紐がほどけました。
目を丸くする侍女のリタ。ざらりとこぼれるのは金貨です。陽の光をはじき、ぎらぎらと不粋に光ります。
わたしに金貨を拾えと? 地面にはいつくばって、うれし涙をこぼしながら拾えというの?
そこまで馬鹿にされる理由が分からないわ。
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