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番外編

20、朝の散歩【2】

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「う……うぅ、さすがに湖の水は冷たい」

 足が届く場所まで泳いだ俺は、浅い水底に足をつけ髪から滴る水を払った。当たり前だが全身ずぶ濡れだ。
 あと、なんか草みたいな藻が腕に絡んでいる。

「お父さまぁ、お父さまぁ」
「大丈夫だから。副団長はお強いから」
「やだぁ。お父さまぁ」

 取り乱して泣きわめくカーリンを、なんとかフォンスが宥めようとしている。
 兄の団長と違い、物静かで取り乱すことのないフォンスだが。カーリンのあまりの騒ぎようにおろおろとしていた。

 これは申し訳ないことをした。暴走する四歳児の相手など、したことはないよな。
 浅瀬を歩きながら、ようやく岸へと上がる。
 陽の光は暖かいが、濡れた服の所為で風が吹くと体が冷えた。

「副団長。ご無事ですか?」
「お父さまぁ!」

 ざっざっと砂を踏む音。
 カーリンを抱っこしたフォンスが、俺に向かって走って来る。浜辺には放置された釣り竿とバケツ、しかもフォンスもすでに濡れてしまっている。

「ありがとう、フォンス。すまない。無理を頼んで」
「いえ、大丈夫ですから。カーリンも怪我はないですよ」
「お父さまのとこにいくのー」

 フォンスに抱っこされながらも、カーリンは俺の方に必死に手を伸ばす。そして、助けてくれたフォンスの腕から逃れようとする。

「あのな。お父さまが抱っこすると、カーリンまで濡れてしまうぞ」
「いいのっ。カーリン、お父さまといるの」
「あと、フォンスにちゃんと礼を言いなさい。カーリンを助けてくれたんだ」

 まぁ、実際は俺が頼り切ったのだが。
 しかもカーリンに衝撃を与えないように、受け止めてくれたようだ。

「もしフォンスがいないと、カーリンは溺れていたんだぞ。それに、フォンスが抱きとめてくれたから、怪我もないんだ」
「……うぅ、ありがとう」
「『ありがとうございます』だ」

 俺の指摘にカーリンは、こくりとうなずいた。

「ありがとうございます。クマちゃん」

 クマちゃん、というのがフォンスを指していると分からなかったのだろう。フォンス自身は首を傾げながらも「どういたしまして」と返事している。

 うん、済まないな。うちの娘にとって君は「かしこいクマちゃん」で兄の騎士団長は「こわいクマちゃん」なんだ。 

「副団長。俺がカーリンを家まで抱っこしましょうか」
「いや、そこまで部下に甘える訳には。カーリン、自分で歩けるな?」

 フォンスが申し出てくれたのだが。カーリンは首をふるふると振った。ふっくらとした唇を引き結んで、なおも俺に手を伸ばしてくる。

「やだぁ。お父さまがだっこするの」

 なんで命令形なのかな?
 俺とフォンスは顔を見合わせて、肩を落とした。
 うん、分かるぞ。君が「子育てって、本当に大変なんだな」と思っていることが。
 
 実は俺も、レナーテがよくカーリンを育てられるなと思っていたんだ。
 だが、ある日気がついた。
 カーリンは、レナーテが丈夫ではないと幼な心に気づいているから。実はあまりレナーテを困らせたり、手こずらせたりしない。
 
 正確には、レナーテを置いて走りだしたりしない。
 母と二人で歩く娘は、常にちゃんと手を繋いで、道を歩く時は馬車が来ないか左右を確認している。
 しかもカーリンは、時々レナーテを見上げてにっこりと微笑むんだ。

 父さんと出かける時も、それくらい気を配ってほしいんだけどな。
 俺の存在を無視して、暴走するだろ。お前。

 なんというか、カーリンは俺に対する扱いが雑なんだ。そのくせ、ここぞとばかりに甘えてくるから。
 それが可愛くて仕方がない。

 あぁ、まるで小悪魔に振り回されているようだ。
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