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番外編
6、お庭で夕食【2】
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夕風が優しく髪を撫で、群青を極めたような天の高みに、星がいくつか瞬いています。
ガゼボの机にお鍋を置いたエルヴィンさまは、燐寸で蝋燭に火を点けていらっしゃいます。
いくつものガラスの器に入った蝋燭。それを、ガゼボやお庭のあちこちに置きます。
薄暗い緑の庭に、ぽわっと優しい明かりが灯りました。
「わぁ、きれい。お星さまがおりてきたみたい」
「ほんとねぇ」
目を輝かせて、ガラスの中で灯る明かりをカーリンは眺めています。
うっとりとしている娘には内緒だけれど、この蝋燭は蚊を避けるためでもあるの。
夜に包まれたからでしょうか。白い花が濃く香ります。
「お母さまのにおいがするよ」
「お? カーリンもそう思うか。ガーデニアらしいぞ」
パンを切り分けながら、エルヴィンさまが「こちらにおいで」と手招きをなさいます。
すでに器には豆の煮込みが入っていて、とても良い匂いがします。
カーリンは小さなスプーンを握り(まだ上手くスプーンやフォークが持てないようです)煮込み料理を冷ましながら、食べています。
スプーンからお皿に、豆がぽろっとこぼれて。なかなか食べ進めるのが大変なようです。
「ほら、お口の周りが汚れているわ」
「もごもご」
「大きくお口を開ければいいのよ」
布でカーリンの口許を拭いてあげていると、エルヴィンさまが「レナーテ、君も食べなさい」と仰いました。
そうですね、つい。カーリンの世話をしていると、食事が後回しになってしまうんです。
◇◇◇
まったくレナーテは、いつも自分のことよりもカーリンを優先させるから。
俺は彼女の皿に入った煮込みを、まだ使用しないままのスプーンですくい、レナーテの口許に運んだ。
「レナーテ。口を開けなさい」
「え? あのエルヴィンさま。わたし、自分で食べられますけど」
うん、知ってるよ。でも、あなたが食べる頃には冷めてしまっているんだ。
料理の苦手なあなたが、リタに教わって一生懸命に作ったのだろう?
「ほら、あーん」
「え、その」
レナーテは隣に座るリタをちらっと見た。カーリンは四歳にしてはませているので「カーリン、何も見てないよ」とパンを千切っている。
うん、お前は賢い娘だ。
「ひ、ひとくちだけですよ」
「それはあなたの行動次第だな」
まったく。かつては俺に無理やりさくらんぼを食わせたというのにな。今もなお恥じらうのが可愛いから。つい構いたくなるんだよな。
レナーテは意を決したように眉根を寄せると、唇を開いた。
俺はスプーンを彼女の口に近づける。
唇の柔らかな感触を、俺はよく知っている。
ああ、いいなぁ。俺もスプーンになりたい……と考えて、はっとした。
馬鹿か、食事中だぞ。
だが、もう休暇だしなぁ。明日はリタも来てくれるから、レナーテの家事の負担もないだろう。レース編みの仕事も休みだと言っていたし。
「エルヴィンさま?」
「いや、なんでもない」
俺はスプーンをレナーテに返すと、横を向いた。庭で食事をしてよかった。でないと、頬が赤く染まっているのが、きっとカーリンにばれただろう。
ちなみにレナーテは、カーリンに言われて初めて俺の頬が赤いのに気づくタイプだ。
ガゼボの机にお鍋を置いたエルヴィンさまは、燐寸で蝋燭に火を点けていらっしゃいます。
いくつものガラスの器に入った蝋燭。それを、ガゼボやお庭のあちこちに置きます。
薄暗い緑の庭に、ぽわっと優しい明かりが灯りました。
「わぁ、きれい。お星さまがおりてきたみたい」
「ほんとねぇ」
目を輝かせて、ガラスの中で灯る明かりをカーリンは眺めています。
うっとりとしている娘には内緒だけれど、この蝋燭は蚊を避けるためでもあるの。
夜に包まれたからでしょうか。白い花が濃く香ります。
「お母さまのにおいがするよ」
「お? カーリンもそう思うか。ガーデニアらしいぞ」
パンを切り分けながら、エルヴィンさまが「こちらにおいで」と手招きをなさいます。
すでに器には豆の煮込みが入っていて、とても良い匂いがします。
カーリンは小さなスプーンを握り(まだ上手くスプーンやフォークが持てないようです)煮込み料理を冷ましながら、食べています。
スプーンからお皿に、豆がぽろっとこぼれて。なかなか食べ進めるのが大変なようです。
「ほら、お口の周りが汚れているわ」
「もごもご」
「大きくお口を開ければいいのよ」
布でカーリンの口許を拭いてあげていると、エルヴィンさまが「レナーテ、君も食べなさい」と仰いました。
そうですね、つい。カーリンの世話をしていると、食事が後回しになってしまうんです。
◇◇◇
まったくレナーテは、いつも自分のことよりもカーリンを優先させるから。
俺は彼女の皿に入った煮込みを、まだ使用しないままのスプーンですくい、レナーテの口許に運んだ。
「レナーテ。口を開けなさい」
「え? あのエルヴィンさま。わたし、自分で食べられますけど」
うん、知ってるよ。でも、あなたが食べる頃には冷めてしまっているんだ。
料理の苦手なあなたが、リタに教わって一生懸命に作ったのだろう?
「ほら、あーん」
「え、その」
レナーテは隣に座るリタをちらっと見た。カーリンは四歳にしてはませているので「カーリン、何も見てないよ」とパンを千切っている。
うん、お前は賢い娘だ。
「ひ、ひとくちだけですよ」
「それはあなたの行動次第だな」
まったく。かつては俺に無理やりさくらんぼを食わせたというのにな。今もなお恥じらうのが可愛いから。つい構いたくなるんだよな。
レナーテは意を決したように眉根を寄せると、唇を開いた。
俺はスプーンを彼女の口に近づける。
唇の柔らかな感触を、俺はよく知っている。
ああ、いいなぁ。俺もスプーンになりたい……と考えて、はっとした。
馬鹿か、食事中だぞ。
だが、もう休暇だしなぁ。明日はリタも来てくれるから、レナーテの家事の負担もないだろう。レース編みの仕事も休みだと言っていたし。
「エルヴィンさま?」
「いや、なんでもない」
俺はスプーンをレナーテに返すと、横を向いた。庭で食事をしてよかった。でないと、頬が赤く染まっているのが、きっとカーリンにばれただろう。
ちなみにレナーテは、カーリンに言われて初めて俺の頬が赤いのに気づくタイプだ。
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