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番外編

4、ただいま【3】

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「エルヴィンさま、お顔が赤いわ」
「レナーテこそ」
「カーリンは? カーリンは?」

 互いに見つめ合うが、それ以上の言葉が出てこない。
 俺は再び腰を屈めて、そしてレナーテの頬にキスをした。もちろんカーリンもキスをせがんでくるから、その頬にかるく頬を寄せる。

「うわぁ、ざりっとする。お父さま、やだーぁ」

 うん、夕方だからな。

「俺も……実は寂しかった。早く帰りたいと思っていた」
「まぁ。わたしたち、同じですね」

 レナーテの足元で砂利がこすれる音がする。背伸びをした彼女が、俺の頬に唇を寄せていた。柔らかなその感触に、心臓が早鐘のように乱れ打ちだ。
 うん、自分でも何をいっているのか分からない。

「お帰りなさい」
「二度目だな」
「いいの。何度言っても減るものではないのですから」

 庭木の枝に引っかかったシーツを取ろうと歩き出すレナーテを、俺は背後から抱きしめた。

「うん。じゃあ、俺も何度でも言うよ。ただいま」

 シーツと乾いた洗濯物を籠に入れ、レナーテはふらふらと歩くものだから。俺は籠を取り上げて、運んでやった。
 カーリンは自分が運びたそうにしているが。うん、君が籠を持つと中身を盛大にぶちまけてしまうからな。

◇◇◇

 カーリンにお皿をテーブルに運んでもらい、わたしは午後から火にかけていた豆とお肉の煮込みを、温め直します。
 リタさんが、わたしでも作れるように調理法を書いておいてくれたのです。しかもひよこ豆を水に浸けておいてくれたので、失敗せずに作ることが出来ました。

――いいですか、奥さま。スパイスやら塩、それに火加減をメモ通りの分量にすれば、失敗はありませんからね。「新しい料理ですよ。旦那さまのために、わたし一人で頑張ったんです」と仰れば、旦那さまはもっとメロメロになりますよ。
 家政婦であるあたしのレシピ通りに作っただなんて、言わなければいいんです。

 リタさんの言葉を思い出しつつ、わたしは火加減に全神経を注ぎました。火の勢いが強くなれば、炭を取りださなければなりません。
 もちろん、調味料はスプーンで計って入れました。
 目分量なんてとんでもない。そんな高等な技術は持ち合わせていません。

「お母さま、いいにおーい」
「そうね。きっと美味しいわ」

 ほかほかと湯気の立つお鍋を、カーリンは覗きこんできます。
 ええ、リタさんのレシピ通りに水の量、調味料、火加減と時間。それらをきちんと守れば、とても美味しい物が作れるの。
 
 でも、未だにレシピ無しでは難しいわ。

「いい匂いがするな」

 手を洗ったエルヴィンさまが、キッチンにいらっしゃいます。

「はい。これっぽっちも目を離していませんから。リタさんが教えてくださった分量も火にかける時間も、きっちりと守っています」

 あ、早々にばらしてしまいました。でも、さすがに自分一人でなんて嘘はつけません。

 温め直した豆と肉の煮込みと、少し酸味のある黒パン、ゆで卵を添えたサラダ。なぜかリタさんのように、端正なサラダになりません、なぜでしょう。
 リタさんが作るゆで卵は、卵黄が中央にぴしっと決まっているんです。なのに、わたしが作ると、どうしてそんなに引っ込み思案なの? と思うほどに、卵黄が端に偏るんです。
 むしろもう、殻を破って卵黄が逃げ出すのではないかしらと訝しみます。

「帰りにこれを買ってきたんだ」

 紙袋をテーブルに置いたエルヴィンさまは、中から太陽を凝縮したような鮮やかな杏を取りだしました。

「まぁ、素敵。お土産ですか?」
「あんずだー。カーリン、大好き」

 てのひらに載せてくださった杏は、優しい香りがします。わたしとカーリンは、それぞれ橙色の杏を手にして微笑みを交わしました。
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