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番外編
3、ただいま【2】
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家に帰った俺を、レナーテとカーリンは離してくれない。
門から家へと向かう庭でも。家に入ってからでも。シーツと一緒に俺を背後から抱きしめながら、歩きにくそうに歩いている。
「前が見えないだろ?」
「ええ、エルヴィンさまの背中しか見えません」
「お父さまのおしりしか見えないー」
うん、カーリン。尻は余計だ。
「まぁ、つまずいても俺が支え……」
「きゃあ!」
「お母さま、だいじょうぶ?」
ほら、言ったそばからつまずいた。もちろん、華奢なレナーテが全力でぶつかっても、俺はびくともしない。だが彼女、鼻を打ったんじゃなかろうか?
「レナーテ? 鼻血は出てないか」
「う、ううっ」
振り返って、彼女のあごに手を掛ける。鼻血は出ていないが、鼻の頭が赤くなっている。
しかも涙目だ。
身長差があるので屈みこんでレナーテの顔を覗きこむ。ついでにカーリンまで背伸びをしてレナーテに顔をくっつけている。
「鼻の奥がつーんとします」
「だから、前を見て歩きなさいと」
「だって、エルヴィンさまが帰っていらしたんですもの。嬉しくて」
「ん?」
さらっと聞き流してしまっていた。レナーテの言葉は、夕暮れの風に乗って軽やかに庭の奥へと飛んでいく。
「レナーテ、もう一度言ってくれないか?」
「鼻の奥がつーんとします」
うーん。そこじゃないんだが。
だが、俺はレナーテの鼻の頭を指先で撫でてやる。カーリンもまた俺と同じ仕草をした。
「ありがとう、カーリン」
「いいの。カーリンはお母さまを守ってあげるんだから」
あ、俺の立場がさらっと奪われた。
見た目はレナーテそっくりなのに、カーリンはちょっと……ほんの少しだが俺の性格に似ている。
見た目が厳つい俺に似なくて、本当に良かった、とは思う。
俺が鼻の頭から指を離すと、レナーテは「あ……っ」と声を洩らしながら、俺の腕を掴んだ。
そのせいで、シーツがレナーテの手から落ちてしまった。
ひらりと風にさらわれて、白いシーツは緑の葉を茂らせた枝に引っかかる。
「わたし。シーツを取ってきますね」
俺は思わず、駆けだそうとするレナーテの肩を掴んでいた。
木々の葉ずれの音と、シーツが翻る音ばかりが聞こえる。
レナーテは俺を見上げた後、しばらくうつむいていた。琥珀色の髪のせいで、顔はよく見えないが。その頬が、赤く染まっているのが分かる。
「……寂しかったの、エルヴィンさまがいつもよりお帰りが遅くて。お洗濯を干しながらも、お掃除をしながらも、いつエルヴィンさまは帰っていらっしゃるのかしらと。カーリンとお話をしていたんです」
「レナーテ」
「ごめんなさい。母親らしく強くなれなくて」
うわわわぁー、無理だ。もう駄目だ。
レナーテの言葉は、まるで槍だ。それも盾も鎧も貫くほどの強力な。
俺の胸を、そして心臓を貫く。
レナーテ。君は言葉ひとつ、行動ひとつで俺を簡単に殺すことができるんだ。
「エルヴィンさま? どうなさったの」
まだ赤い頬をした顔を上げて、レナーテが俺を窺う。
無理。見ないでくれ。きっと俺も赤い林檎のようになってしまっている。
だから俺は右手で自分の顔を隠した。
なのに、レナーテはそれを許してくれない。
「お顔を見せて」とでもいいたげに、ゆっくりと俺の手首に指を触れる。彼女の指に力は入っていないし、何の強制力もない。
だが、俺は彼女に逆らうことができなかった。
門から家へと向かう庭でも。家に入ってからでも。シーツと一緒に俺を背後から抱きしめながら、歩きにくそうに歩いている。
「前が見えないだろ?」
「ええ、エルヴィンさまの背中しか見えません」
「お父さまのおしりしか見えないー」
うん、カーリン。尻は余計だ。
「まぁ、つまずいても俺が支え……」
「きゃあ!」
「お母さま、だいじょうぶ?」
ほら、言ったそばからつまずいた。もちろん、華奢なレナーテが全力でぶつかっても、俺はびくともしない。だが彼女、鼻を打ったんじゃなかろうか?
「レナーテ? 鼻血は出てないか」
「う、ううっ」
振り返って、彼女のあごに手を掛ける。鼻血は出ていないが、鼻の頭が赤くなっている。
しかも涙目だ。
身長差があるので屈みこんでレナーテの顔を覗きこむ。ついでにカーリンまで背伸びをしてレナーテに顔をくっつけている。
「鼻の奥がつーんとします」
「だから、前を見て歩きなさいと」
「だって、エルヴィンさまが帰っていらしたんですもの。嬉しくて」
「ん?」
さらっと聞き流してしまっていた。レナーテの言葉は、夕暮れの風に乗って軽やかに庭の奥へと飛んでいく。
「レナーテ、もう一度言ってくれないか?」
「鼻の奥がつーんとします」
うーん。そこじゃないんだが。
だが、俺はレナーテの鼻の頭を指先で撫でてやる。カーリンもまた俺と同じ仕草をした。
「ありがとう、カーリン」
「いいの。カーリンはお母さまを守ってあげるんだから」
あ、俺の立場がさらっと奪われた。
見た目はレナーテそっくりなのに、カーリンはちょっと……ほんの少しだが俺の性格に似ている。
見た目が厳つい俺に似なくて、本当に良かった、とは思う。
俺が鼻の頭から指を離すと、レナーテは「あ……っ」と声を洩らしながら、俺の腕を掴んだ。
そのせいで、シーツがレナーテの手から落ちてしまった。
ひらりと風にさらわれて、白いシーツは緑の葉を茂らせた枝に引っかかる。
「わたし。シーツを取ってきますね」
俺は思わず、駆けだそうとするレナーテの肩を掴んでいた。
木々の葉ずれの音と、シーツが翻る音ばかりが聞こえる。
レナーテは俺を見上げた後、しばらくうつむいていた。琥珀色の髪のせいで、顔はよく見えないが。その頬が、赤く染まっているのが分かる。
「……寂しかったの、エルヴィンさまがいつもよりお帰りが遅くて。お洗濯を干しながらも、お掃除をしながらも、いつエルヴィンさまは帰っていらっしゃるのかしらと。カーリンとお話をしていたんです」
「レナーテ」
「ごめんなさい。母親らしく強くなれなくて」
うわわわぁー、無理だ。もう駄目だ。
レナーテの言葉は、まるで槍だ。それも盾も鎧も貫くほどの強力な。
俺の胸を、そして心臓を貫く。
レナーテ。君は言葉ひとつ、行動ひとつで俺を簡単に殺すことができるんだ。
「エルヴィンさま? どうなさったの」
まだ赤い頬をした顔を上げて、レナーテが俺を窺う。
無理。見ないでくれ。きっと俺も赤い林檎のようになってしまっている。
だから俺は右手で自分の顔を隠した。
なのに、レナーテはそれを許してくれない。
「お顔を見せて」とでもいいたげに、ゆっくりと俺の手首に指を触れる。彼女の指に力は入っていないし、何の強制力もない。
だが、俺は彼女に逆らうことができなかった。
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