上 下
21 / 77
一章

21、風呂に入ろう【1】

しおりを挟む
 風呂を沸かす釜は、裏庭にある。薪ストーブを筒型にしたような形の、鋳鉄製だ。
 夕方の柔らかな日差しが、レナーテの白いワンピースを薄紫色に染めている。
 しかも彼女は薪を一本ずつ両手で掴んで、俺に差し出してくる。

 毎回「はい、どうぞ」と笑顔を浮かべながら。
 レナーテ、君は自分が可愛いことを知らないのか? さっきまでほぼ俺に襲われていた状態だったんだぞ。
 なのに屈託のない清らかな表情で……ああ、もう駄目だ。
 愛おしすぎる。
 本当に自制が効かなくなりそうだ。

 きっとレナーテは俺を拒んだりはしないだろう。昨夜は緊張して、泣いてはいたが。
 キスすらも初めてなのに、俺を信じてくれた。

 釜に薪を入れ終え、燐寸箱を手に取る。ふと辺りが暗くなった。
 何事かと思って見ると、レナーテが瞳をきらきらさせて俺の手元を覗きこんでいる。しゃがみこんだ彼女が、俺に近寄ったせいで暗くなったのだ。

「あの、何かな?」
「燐寸を擦るんですよね」

 両膝を行儀よく揃えてはいるが、その頬は紅潮している。

「もしかして燐寸を擦ったことがない、とか?」
「はい。火は触らせてもらえませんでした」

 いや、火を触ったらもれなく火傷するだろう。
 
「おいで、レナーテ」

 俺の隣にぴったりとくっついたレナーテが、手元を覗きこんでくる。まずは火のつけ方を覚えさせないとな。
 燐寸を三本の指で挟むように指導して、箱の擦り面で擦らせる。
 
「あっ、折れました」
「力が入りすぎているんだ。ほら、こうしてみなさい」

 しゃがんだレナーテの背後に回り込んで、俺は彼女の両手に手を添えた。
 力は入れずに、ただ方向を示すように。軽く手を動かしてやる。すぐにレナーテも俺の手の動きに応じた。

 しゅっという音の後、明るいオレンジ色の焔が点った。

「すごいです、エルヴィンさま。わたし、初めて火を点けました」
「うんうん、よかったなぁ」

 しかし嬉しそうに目を細めている暇はない。レナーテのことだ、きっといつまでも……燐寸の軸が燃えてしまっても焔を眺めていることだろう。
 薪と小枝を入れた釜に、すぐに燐寸を放り込ませる。

◇◇◇

 こ、困りました。
 わたしは脱衣所で混乱していました。
 なぜなら、お風呂を沸かすことができて喜んでいたのですが。エルヴィンさまは、一緒に風呂に入ろうと仰っていたのですから。

 浴槽はそんなに大きくないですよ。いったいどうやって。

 教会学校の寄宿舎に入っていた友人は、この辺りの地方は水が豊富だから、部屋に浴槽を据え置くのではなくて浴室があるのねと感心していましたが。
 まさか殿方と一緒にお風呂に入る文化があるとは、地元で生まれ育ったわたしでも知りませんでした。

「レナーテ。おいで」
「は、はひ」

 脱衣所でおろおろしているわたしに、扉の向こうから声がかかります。服は脱ぐんですよね。では、下着は?
 当然お風呂に入るときは全裸ですけど。でも、扉の向こうにはエルヴィンさまがいらっしゃるんですよ。そんなはしたないこと。

 出来る限り時間をかけてワンピースのボタンを外していると「全部脱ぐんだよ」と声がかかりました。
 やはり、ですか。
 わたしは、がっくりとうなだれました。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁

結城芙由奈 
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】 妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。

目覚めたら男爵令嬢でした〜他人の世界の歩き方〜

帆々
恋愛
未亡人のララ(38歳)は強盗に襲われた。再び目が覚めた時、見知らぬ場所で男爵令嬢に姿を変えていた。ノア・ブルー(20歳)だ。 家族は兄のみ。しかも貴族とは名ばかりの困窮っぷりだ。もちろんきれいなドレスなど、一枚もない。 「働かなくちゃ」 ララは元々がやり手の食堂経営者だった。兄が研究員を務める大学のカフェテリアで仕事を得た。 不安も感じるが、ノアの生活を楽しみ出してもいた。 外見は可憐な貴族令嬢。中身はしっかり者で活動的な大人の女性だ。しばらくする内に、彼女は店の看板娘になっていた。 そして、大学内でアシュレイに出会う。彼は二十七歳の教授で、侯爵だ。端正で貴公子然とした彼は、ノアに対して挙動不審だった。目を合わせない。合ってもそらす。狼狽える…。 「わたしに何か言いたいのかしら?」 しかし、アシュレイは紳士的で親切だ。ひょんなことから、仕事帰りの彼女を邸に送り届けることを申し出てくれた。しかも絶対に譲らない。ノアには迷惑だったが、次第にそれらにも慣れた。 「住む世界の違う人」 そう意識しながら、彼との時間をちょっと楽しむ自分にも気づく。 ある時、彼女が暴行に遭ってしまう。直後、迎えに来たアシュレイにそのことを知られてしまった。 当たり前に彼女へ上着を着せ掛けてくれる彼へ、抗った。 「汚れるから止めて」 「見くびらないでくれ」 彼は彼女を腕に抱き上げ、いつものように送り届けてくれた。 見られたくない場面を見られた。それがとても恥ずかしくて辛くて惨めで…。気丈なノアも取り乱してしまう。 暗い気持ちの彼女の元へ、毎日彼から大きな花束が届く。それは深く傷ついたノアを優しく励ましてくれた。 一方、アシュレイはノアが痛々しくてならない。彼女を傷つけた相手を許せずにいて——————。 三十八歳。しっかり者のシングルマザー。若い貴族令嬢に転生してしまう。 過去に起因し、彼女を前に挙動不審丸出しの侯爵、二十七歳。 奇跡的に出会った二人が惹かれ合う。じれじれラブストーリーです。ハッピーエンドです。 ※途中、ヒロインの暴行シーンがあります。不快な方はご自衛下さい。 ※小説家になろう様にも投稿させていただいております。

【完結】誰にも相手にされない壁の華、イケメン騎士にお持ち帰りされる。

三園 七詩
恋愛
独身の貴族が集められる、今で言う婚活パーティーそこに地味で地位も下のソフィアも参加することに…しかし誰にも話しかけらない壁の華とかしたソフィア。 それなのに気がつけば裸でベッドに寝ていた…隣にはイケメン騎士でパーティーの花形の男性が隣にいる。 頭を抱えるソフィアはその前の出来事を思い出した。 短編恋愛になってます。

ハズレ令嬢の私を腹黒貴公子が毎夜求めて離さない

扇 レンナ
恋愛
旧題:買われた娘は毎晩飛ぶほど愛されています!? セレニアは由緒あるライアンズ侯爵家の次女。 姉アビゲイルは才色兼備と称され、周囲からの期待を一身に受けてきたものの、セレニアは実の両親からも放置気味。将来に期待されることなどなかった。 だが、そんな日々が変わったのは父親が投資詐欺に引っ掛かり多額の借金を作ってきたことがきっかけだった。 ――このままでは、アビゲイルの将来が危うい。 そう思った父はセレニアに「成金男爵家に嫁いで来い」と命じた。曰く、相手の男爵家は爵位が上の貴族とのつながりを求めていると。コネをつなぐ代わりに借金を肩代わりしてもらうと。 その結果、セレニアは新進気鋭の男爵家メイウェザー家の若き当主ジュードと結婚することになる。 ジュードは一代で巨大な富を築き爵位を買った男性。セレニアは彼を仕事人間だとイメージしたものの、実際のジュードはほんわかとした真逆のタイプ。しかし、彼が求めているのは所詮コネ。 そう決めつけ、セレニアはジュードとかかわる際は一線を引こうとしていたのだが、彼はセレニアを強く求め毎日のように抱いてくる。 しかも、彼との行為はいつも一度では済まず、セレニアは毎晩のように意識が飛ぶほど愛されてしまって――……!? おっとりとした絶倫実業家と見放されてきた令嬢の新婚ラブ! ◇hotランキング 3位ありがとうございます! ―― ◇掲載先→アルファポリス(先行公開)、ムーンライトノベルズ

旦那様は大変忙しいお方なのです

あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。 しかし、その当人が結婚式に現れません。 侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」 呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。 相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。 我慢の限界が――来ました。 そちらがその気ならこちらにも考えがあります。 さあ。腕が鳴りますよ! ※視点がころころ変わります。 ※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

処理中です...