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二章
10、あいつを泳がせてみる
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あいつ、何をしているんだ? マリーローズは、木の幹に抱きついてうっとりと瞼を閉じているダンを一瞥しました。
「どうかしたのかい、マリーローズ」
「いや、何も……ないですよ。今日は人が多いですね」
ほほ、と淑女らしくマリーローズは微笑みます。
ヒールも折らず、デートも成功したなら極上のあったかーいミルクにありつけるんだ。
あの。あなたいくら贅沢三昧な暮らしをしていないとはいえ、ホットミルクくらい自分で買えるのでは?
ほら、そこにいい感じのカフェがありますよ。
「確かに人が多いね」とカレルは周囲を見回しました。
金色の花房を長く垂らし『黄金の雨』と称される木の花は、ちょうど花の盛りで見頃の筈ですが。
人垣の所為で、ろくに見ることもできません。しかも妙に女性の比率が高いような。
やはり女性は花が好きなのだな。とカレルは勝手に納得しています。
「お姉さま。お気をつけあそばして。ダン・バッケンがおりますの」
「ああ、気づいている。尾行されているんだ」
レディたちとマリーローズは目と目で会話します。アイコンタクトというには、あまりにも雄弁な瞳です。
彼女たちとは友人という仲ではありませんが、顔見知りの淑女は多いのです。
社交界は苦手ですが、基本的に女性はマリーローズの味方をしてくれますし。彼女たちが不埒で不当な扱いを男性から受けた場合は、マリーローズ自らが成敗するので、友好関係が成立しているのです。
「如何なさいます? お姉さま」
「少し泳がせてみる。あなた達も身に危険が及ばないように気を付けて。鳥肌が立ったりしていない?」
「しましたっ」「あれ、ダンの所為だったのですね」「何と申しますか、視線がべったりと張り付くみたいで」
レディたちは口々にマリーローズに訴えます。小声でひそひそと。
さすがにこれほど高度な会話は、目ではできません。できたら怖いです。
「オッケー。大丈夫。あいつはわたしが仕留めるから。あなた達は恋人の元へお帰りなさい」
にっこりと、でも力強い笑みを浮かべるマリーローズに、お嬢さん方はめろめろです。
「いいえ、お姉さま。わたくしは、お姉さまとカレルさまの逢引きを見届けたいのです」
「ええ。決して邪魔は致しません。ただ眼福を……冥途の土産に絵画の如き美しく、巌のように荒々しいそのお姿を、どうかこの目に」
「壁になれとお姉さまが仰るのなら、壁と同化します。ですから御慈悲を」
参ったなぁ。マリーローズは人差し指で頭を掻きました。
ですが、きらきらの星を瞳に宿らせて、断りでもしようものなら滂沱しそうな純粋なお嬢さん方の願いを無下にはできません。
「聞いて、お嬢さん達。わたしは、あなた達に幸せになってほしいの。まずは自分、でしょ? 身を守りつつ将来の幸せも掴んでほしいのよ」
おお。なんと有り難いお言葉。
レディたちはマリーローズを拝みながら、滝の如き涙を流しました。そのあまりにも清い涙に、公園内の誰もが心打たれ、そっともらい泣きをします。
おかしいなぁ。ただカレルとの逢引きを成功させて、無事に家に戻ってホットミルクを飲むだけの任務が、なんでややこしくなってんだ?
ダンは、存在を一瞬忘れられました。
よかったですね、忘れられるほど軽い存在になれて……と言いたいところですが、すぐにマリーローズは「あいつの所為か」と、木の幹に添えた指をくねらせる元伯爵令息を思い出しました。
まぁ、放置してもダンを喜ばせるだけですからね。
「どうかしたのかい、マリーローズ」
「いや、何も……ないですよ。今日は人が多いですね」
ほほ、と淑女らしくマリーローズは微笑みます。
ヒールも折らず、デートも成功したなら極上のあったかーいミルクにありつけるんだ。
あの。あなたいくら贅沢三昧な暮らしをしていないとはいえ、ホットミルクくらい自分で買えるのでは?
ほら、そこにいい感じのカフェがありますよ。
「確かに人が多いね」とカレルは周囲を見回しました。
金色の花房を長く垂らし『黄金の雨』と称される木の花は、ちょうど花の盛りで見頃の筈ですが。
人垣の所為で、ろくに見ることもできません。しかも妙に女性の比率が高いような。
やはり女性は花が好きなのだな。とカレルは勝手に納得しています。
「お姉さま。お気をつけあそばして。ダン・バッケンがおりますの」
「ああ、気づいている。尾行されているんだ」
レディたちとマリーローズは目と目で会話します。アイコンタクトというには、あまりにも雄弁な瞳です。
彼女たちとは友人という仲ではありませんが、顔見知りの淑女は多いのです。
社交界は苦手ですが、基本的に女性はマリーローズの味方をしてくれますし。彼女たちが不埒で不当な扱いを男性から受けた場合は、マリーローズ自らが成敗するので、友好関係が成立しているのです。
「如何なさいます? お姉さま」
「少し泳がせてみる。あなた達も身に危険が及ばないように気を付けて。鳥肌が立ったりしていない?」
「しましたっ」「あれ、ダンの所為だったのですね」「何と申しますか、視線がべったりと張り付くみたいで」
レディたちは口々にマリーローズに訴えます。小声でひそひそと。
さすがにこれほど高度な会話は、目ではできません。できたら怖いです。
「オッケー。大丈夫。あいつはわたしが仕留めるから。あなた達は恋人の元へお帰りなさい」
にっこりと、でも力強い笑みを浮かべるマリーローズに、お嬢さん方はめろめろです。
「いいえ、お姉さま。わたくしは、お姉さまとカレルさまの逢引きを見届けたいのです」
「ええ。決して邪魔は致しません。ただ眼福を……冥途の土産に絵画の如き美しく、巌のように荒々しいそのお姿を、どうかこの目に」
「壁になれとお姉さまが仰るのなら、壁と同化します。ですから御慈悲を」
参ったなぁ。マリーローズは人差し指で頭を掻きました。
ですが、きらきらの星を瞳に宿らせて、断りでもしようものなら滂沱しそうな純粋なお嬢さん方の願いを無下にはできません。
「聞いて、お嬢さん達。わたしは、あなた達に幸せになってほしいの。まずは自分、でしょ? 身を守りつつ将来の幸せも掴んでほしいのよ」
おお。なんと有り難いお言葉。
レディたちはマリーローズを拝みながら、滝の如き涙を流しました。そのあまりにも清い涙に、公園内の誰もが心打たれ、そっともらい泣きをします。
おかしいなぁ。ただカレルとの逢引きを成功させて、無事に家に戻ってホットミルクを飲むだけの任務が、なんでややこしくなってんだ?
ダンは、存在を一瞬忘れられました。
よかったですね、忘れられるほど軽い存在になれて……と言いたいところですが、すぐにマリーローズは「あいつの所為か」と、木の幹に添えた指をくねらせる元伯爵令息を思い出しました。
まぁ、放置してもダンを喜ばせるだけですからね。
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