18 / 28
二章
9、ぼくピーンチ!
しおりを挟む
春の風は優しく、マリーローズの美しい巻き毛を揺らしています。
あんなに苦手だったヒールも、今は気になりません。
何故なら、彼女の頭の中はカレルを守ることで一杯だからです。
体の隅々にまで神経を巡らせていることで、その歩き方は気高く美しく、公園を散策する他の恋人たちまでもマリーローズに見とれています。
ええ、勿論女性の方が、ですよ。
しかも隣には貴公子のカレル。女性たちはエスコートしてくれる恋人から徐々に離れ、ふらふらとマリーローズ達の方へ知らず歩いていくのです。
それは奇妙な光景でした。
こっそりと誰にも知られずに後をつけてきた(と信じ込んでいる)ダンは、目を丸くしました。
何故か、着飾った淑女が、カレルとマリーローズを取り囲む盾のようになりながら歩いているのです。
おかしい。今日はマリーローズに護衛はついていないはずなのに。なぜだ。
特攻をかけようにも、突撃をしようにも、おそらく彼女たちに「あんた邪魔よ!」と塞がれてしまうだろう。
いや、それも悪くはない。
ダンは素敵な妄想に耽りました。
どこでも手軽に夢の世界に。お手軽に楽しめるのがダンのいい所でもあります。変態ですけど。
そう、ぼくが足音を忍ばせてマリーローズ達に忍び寄るんだ。
でも、ぼくは華麗でしかも廃嫡された悲劇のヒーローだから、たとえ気配を消そうとしてもできなくて。
彼らを取り囲む女性たちに、口々に罵られるんだ。
「あーら、皆さまご覧になって。伯爵家から追い出される、哀れで愚かなお坊ちゃまがいらっしゃいましたわ」
「公共の場に、よくも堂々と姿を現せたものね。誕生パーティで失恋なさったのよね。まだしつこくお姉さまを追いかけまわしているの? みっともなくてよ」
「いやだ。わたくしの影を踏まないでくださる?」
いいね、いいね。ぞくぞくする。
ダンは木の陰に隠れながら、ぶるっと身を震わせました。
同時に、強制的に妄想の登場人物にされたレディたちも寒気を覚えて、鳥肌を立てました。
「お前、何をしているんだ」
突然背後から声を掛けられて、ダンは弾かれたように振り返りました。
なんとそこには、レディたちに置いて行かれた男性が、一人二人……総勢十人。
「お前、覗きか。覗き見なんだな」
「この変態野郎」
誰もが眉を吊り上げ、目尻を上げてダンを睨みつけています。
おお。ぼく、ピーンチ。
ええ、絶体絶命とまではいかずとも、相当危ないですね。
さすがに男性たちもデート中ですし(彼女は放浪中ですが)暴力を振るうようなことはしません。
ですが、蔑み侮蔑する冷たい二十の瞳に見下ろされ、体の芯から這い上がってくる快感に抗うことなどダンにはできません。ええ、この素敵な機会を逃すなんて勿体ないからです。
「そういう君たちは、連れのレディたちに見捨てられているようだが?」
よせばいいのに、ダンは男性陣を煽ります。いえ、彼にとっては更に侮蔑され、Mの高みを目指すための燃料です。
さぁ、もっと怒りを燃え上がらせてくれたまえ。
ですが、図星を衝かれてしまった男性たちは言葉を失いました。そうです、カレル一人でも強敵なのに。今日はマリーローズと二人揃って……おお、勝てる見込みなどありません。
彼らは言葉少なに立ち去りました。誰もが公園のベンチに腰を下ろしては、肩を落としてため息をついています。
「あれ? もう終わりなのか? もっとぼくを罵っていいんだぞ。さぁ、覚悟はできている。踏みつけてもいいんだ」
もうダンの言葉も、傷心の彼らには届きません。
相手にされず、放置されたダンは、これはこれでたまらない仕打ちだと、木の幹に指を添わせてうっとりしました。
あんなに苦手だったヒールも、今は気になりません。
何故なら、彼女の頭の中はカレルを守ることで一杯だからです。
体の隅々にまで神経を巡らせていることで、その歩き方は気高く美しく、公園を散策する他の恋人たちまでもマリーローズに見とれています。
ええ、勿論女性の方が、ですよ。
しかも隣には貴公子のカレル。女性たちはエスコートしてくれる恋人から徐々に離れ、ふらふらとマリーローズ達の方へ知らず歩いていくのです。
それは奇妙な光景でした。
こっそりと誰にも知られずに後をつけてきた(と信じ込んでいる)ダンは、目を丸くしました。
何故か、着飾った淑女が、カレルとマリーローズを取り囲む盾のようになりながら歩いているのです。
おかしい。今日はマリーローズに護衛はついていないはずなのに。なぜだ。
特攻をかけようにも、突撃をしようにも、おそらく彼女たちに「あんた邪魔よ!」と塞がれてしまうだろう。
いや、それも悪くはない。
ダンは素敵な妄想に耽りました。
どこでも手軽に夢の世界に。お手軽に楽しめるのがダンのいい所でもあります。変態ですけど。
そう、ぼくが足音を忍ばせてマリーローズ達に忍び寄るんだ。
でも、ぼくは華麗でしかも廃嫡された悲劇のヒーローだから、たとえ気配を消そうとしてもできなくて。
彼らを取り囲む女性たちに、口々に罵られるんだ。
「あーら、皆さまご覧になって。伯爵家から追い出される、哀れで愚かなお坊ちゃまがいらっしゃいましたわ」
「公共の場に、よくも堂々と姿を現せたものね。誕生パーティで失恋なさったのよね。まだしつこくお姉さまを追いかけまわしているの? みっともなくてよ」
「いやだ。わたくしの影を踏まないでくださる?」
いいね、いいね。ぞくぞくする。
ダンは木の陰に隠れながら、ぶるっと身を震わせました。
同時に、強制的に妄想の登場人物にされたレディたちも寒気を覚えて、鳥肌を立てました。
「お前、何をしているんだ」
突然背後から声を掛けられて、ダンは弾かれたように振り返りました。
なんとそこには、レディたちに置いて行かれた男性が、一人二人……総勢十人。
「お前、覗きか。覗き見なんだな」
「この変態野郎」
誰もが眉を吊り上げ、目尻を上げてダンを睨みつけています。
おお。ぼく、ピーンチ。
ええ、絶体絶命とまではいかずとも、相当危ないですね。
さすがに男性たちもデート中ですし(彼女は放浪中ですが)暴力を振るうようなことはしません。
ですが、蔑み侮蔑する冷たい二十の瞳に見下ろされ、体の芯から這い上がってくる快感に抗うことなどダンにはできません。ええ、この素敵な機会を逃すなんて勿体ないからです。
「そういう君たちは、連れのレディたちに見捨てられているようだが?」
よせばいいのに、ダンは男性陣を煽ります。いえ、彼にとっては更に侮蔑され、Mの高みを目指すための燃料です。
さぁ、もっと怒りを燃え上がらせてくれたまえ。
ですが、図星を衝かれてしまった男性たちは言葉を失いました。そうです、カレル一人でも強敵なのに。今日はマリーローズと二人揃って……おお、勝てる見込みなどありません。
彼らは言葉少なに立ち去りました。誰もが公園のベンチに腰を下ろしては、肩を落としてため息をついています。
「あれ? もう終わりなのか? もっとぼくを罵っていいんだぞ。さぁ、覚悟はできている。踏みつけてもいいんだ」
もうダンの言葉も、傷心の彼らには届きません。
相手にされず、放置されたダンは、これはこれでたまらない仕打ちだと、木の幹に指を添わせてうっとりしました。
1
お気に入りに追加
545
あなたにおすすめの小説
ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~
柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。
その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!
この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!?
※シリアス展開もわりとあります。
【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った
五色ひわ
恋愛
辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。真実を確かめるため、アメリアは3年ぶりに王都へと旅立った。
※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話
身代わりの公爵家の花嫁は翌日から溺愛される。~初日を挽回し、溺愛させてくれ!~
湯川仁美
恋愛
姉の身代わりに公爵夫人になった。
「貴様と寝食を共にする気はない!俺に呼ばれるまでは、俺の前に姿を見せるな。声を聞かせるな」
夫と初対面の日、家族から男癖の悪い醜悪女と流され。
公爵である夫とから啖呵を切られたが。
翌日には誤解だと気づいた公爵は花嫁に好意を持ち、挽回活動を開始。
地獄の番人こと閻魔大王(善悪を判断する審判)と異名をもつ公爵は、影でプレゼントを贈り。話しかけるが、謝れない。
「愛しの妻。大切な妻。可愛い妻」とは言えない。
一度、言った言葉を撤回するのは難しい。
そして妻は普通の令嬢とは違い、媚びず、ビクビク怯えもせず普通に接してくれる。
徐々に距離を詰めていきましょう。
全力で真摯に接し、謝罪を行い、ラブラブに到着するコメディ。
第二章から口説きまくり。
第四章で完結です。
第五章に番外編を追加しました。
砂糖漬けの日々~元侯爵令嬢は第二王子に溺愛されてます~
棗
恋愛
魔界の第二王子ヨハンの妃となった侯爵令嬢エウフェミア。
母が死んですぐに後妻と異母妹を迎え入れた父から、異母妹最優先の生活を強いられる。父から冷遇され続け、肩身の狭い生活を過ごす事一年……。
魔王の息子の権力を最大限使用してヨハンがエウフェミアを侯爵家から引き剥がした。
母や使用人達にしか愛情を得られなかった令嬢が砂糖のように甘い愛を与えられる生活が始まって十年が過ぎた時のこと。
定期的に開かれる夜会に第二王子妃として出席すると――そこには元家族がいました。
新たな物語はあなたと共に
mahiro
恋愛
婚約破棄と共に断罪を言い渡され、私は18歳という若さでこの世を去った筈だったのに、目を覚ますと私の婚約者を奪った女に成り代わっていた。
何故こんなことになったのか、これは何の罰なのかと思いながら今まで味わったことのない平民の生活を送ることとなった。
それから数年が経過し、特待生として以前通っていた学園へと入学が決まった。
そこには過去存在していた私の姿と私を断罪した婚約者の姿があったのだった。
王妃となったアンゼリカ
わらびもち
恋愛
婚約者を責め立て鬱状態へと追い込んだ王太子。
そんな彼の新たな婚約者へと選ばれたグリフォン公爵家の息女アンゼリカ。
彼女は国王と王太子を相手にこう告げる。
「ひとつ条件を呑んで頂けるのでしたら、婚約をお受けしましょう」
※以前の作品『フランチェスカ王女の婿取り』『貴方といると、お茶が不味い』が先の恋愛小説大賞で奨励賞に選ばれました。
これもご投票頂いた皆様のおかげです! 本当にありがとうございました!
【完結】烏公爵の後妻〜旦那様は亡き前妻を想い、一生喪に服すらしい〜
七瀬菜々
恋愛
------ウィンターソン公爵の元に嫁ぎなさい。
ある日突然、兄がそう言った。
魔力がなく魔術師にもなれなければ、女というだけで父と同じ医者にもなれないシャロンは『自分にできることは家のためになる結婚をすること』と、日々婚活を頑張っていた。
しかし、表情を作ることが苦手な彼女の婚活はそううまくいくはずも無く…。
そろそろ諦めて修道院にで入ろうかと思っていた矢先、突然にウィンターソン公爵との縁談が持ち上がる。
ウィンターソン公爵といえば、亡き妻エミリアのことが忘れられず、5年間ずっと喪に服したままで有名な男だ。
前妻を今でも愛している公爵は、シャロンに対して予め『自分に愛されないことを受け入れろ』という誓約書を書かせるほどに徹底していた。
これはそんなウィンターソン公爵の後妻シャロンの愛されないはずの結婚の物語である。
※基本的にちょっと残念な夫婦のお話です
婚約者様にお子様ができてから、私は……
希猫 ゆうみ
恋愛
アスガルド王国の姫君のダンス教師である私には婚約者がいる。
王室騎士団に所属する伯爵令息ヴィクターだ。しかしある日、突然、ヴィクターは子持ちになった。
神官と女奴隷の間に生まれた〝罪の子〟である私が姫君の教師に抜擢されたのは奇跡であり、貴族に求婚されたのはあり得ない程の幸運だった。
だから、我儘は言えない……
結婚し、養母となることを受け入れるべき……
自分にそう言い聞かせた時、代わりに怒ってくれる人がいた。
姫君の語学教師である伯爵令嬢スカーレイだった。
「勝手です。この子の、女としての幸せはどうなるのです?」
〝罪の子〟の象徴である深紅の瞳。
〝罪の子〟を片時も忘れさせない〝ルビー〟という名前。
冷遇される私をスカーレイは〝スノウ〟と呼び、いつも庇護してくれた。
私は子持ちの婚約者と結婚し、ダンス教師スノウの人生を生きる。
スカーレイの傍で生きていく人生ならば〝スノウ〟は幸せだった。
併し、これが恐ろしい復讐劇の始まりだった。
そしてアスガルド王国を勝利へと導いた国軍から若き中尉ジェイドが送り込まれる。
ジェイドが〝スノウ〟と出会ったその時、全ての歯車が狂い始め───……
(※R15の残酷描写を含む回には話数の後に「※」を付けます。タグにも適用しました。苦手な方は自衛の程よろしくお願いいたします)
(※『王女様、それは酷すぎませんか?』関連作ですが、時系列と国が異なる為それぞれ単品としてお読み頂けます)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる