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一章
8、ごめんなさい
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うーん、熱い。なんでこんなにも苦しいんだ。
マリーローズはひたいに浮かぶ汗が気持ち悪くて、手の甲で拭おうとしました。すると、すぐに冷たく湿った布でひたいを拭われたのです。
おかしい。うちにこんなに気の利くメイドはいない。
熱を出せば、びしょ濡れの布を顔に載せられて。しかも別に嫌がらせでも何でもなく、それがいいことと信じて疑わない。
「何すんだ、殺す気か」と熱でぼうっとした状態で訴えると、今度はくそまずいオートミールを口の中に入れられる。
知ってるか? あれはジャムとかで味をつけないと相当まずいんだぞ。
「こんなの食べられない」と言うと「困ったお嬢さまですこと」と、パンをミルクに浸したものを用意される。
無理だ。びしゃびしゃのパンは食べられない。
だから、わたしは家では寝込まないように、細心の注意を払っている。
うちでは繊細な気配りができるメイドは勤まらない。組員……ではなく、お父さまの下で働く武骨で粗雑な奴らのことを気にしない、図太いメイドしか続かないんだ。
うーん、うーん、と熱にうなされるマリーローズは、なかなか大変な生活を送っているようです。
いいのですよ。ここはバッケン伯爵家。跡取り息子はひどいですけど、気遣いの出来るメイドはいくらでもいますからね。
ゆっくりお休みなさい。
◇◇◇
一方、カレルは困っておりました。
廊下を歩いていた時、いえ、その前から彼は気付いていたのです。
マリーローズが太腿に装着した革ベルト……実際には見ていないので多分ですが、短剣を挿しているそのベルトが肌に擦れて痛いのではないか、と。
勿論、良識ある紳士のカレルは、大衆の面前でご婦人のスカートの中の話なんてしません。
もし、ダンがそれに気づいていたら、マリーローズのドレスをめくっていたかもしれませんね。
その時は、ダンは半殺しどころか、敷物でぐるぐる巻きにされて海に沈められていたかもしれません。
鈍感で良かったですね、ダン。
「さて、困ったぞ」
カレルは水の入った器に布をひたし、腕を組みました。
マリーローズの重い短靴は脱がせたのですが、彼女が痛みを覚えている腿に装着した革ベルトと短剣はまだ外せていないのです。
女性のスカートの中のことですから、バッケン邸の使用人に頼めばいいのですが。生憎と今夜はダンの誕生パーティ。皆、忙しそうに立ち働いています。
カレルが布をひたしている器も、自分で用意した物です。メイドの数は多いのに、間が悪かったようです。
「……苦し……」
「大丈夫だ、マリーローズ。私がついているから」
その言葉に、眉根を寄せていたマリーローズの表情が緩みました。
瞼をうっすらと開き、潤んだ瞳でカレルを見つめます。
「……ありが、とう。ごめんなさい、迷惑……かけて」
力なく微笑んだマリーローズの微笑みは柔らかで。カレルは息を呑んでしまいました。
勘の鋭い彼は、マリーローズの粗雑な振る舞いも乱暴な口調も、すべて鎧であり盾であると気づいていました。
ですが、鎧も盾も外した彼女はあまりにも儚げで、今にも消え入りそうだったのです。
「そうだよな。これが本当のあなたなんだよな」
護衛もダンも、そして取り巻きのお嬢さん方も知らない。たぶん、マリーローズの父親と亡くなった母親しか知らない、愛らしい少女の姿がカレルには確かに見えたのです。
カレルは気付けば、マリーローズとそっと唇を重ねていたのです。
マリーローズはひたいに浮かぶ汗が気持ち悪くて、手の甲で拭おうとしました。すると、すぐに冷たく湿った布でひたいを拭われたのです。
おかしい。うちにこんなに気の利くメイドはいない。
熱を出せば、びしょ濡れの布を顔に載せられて。しかも別に嫌がらせでも何でもなく、それがいいことと信じて疑わない。
「何すんだ、殺す気か」と熱でぼうっとした状態で訴えると、今度はくそまずいオートミールを口の中に入れられる。
知ってるか? あれはジャムとかで味をつけないと相当まずいんだぞ。
「こんなの食べられない」と言うと「困ったお嬢さまですこと」と、パンをミルクに浸したものを用意される。
無理だ。びしゃびしゃのパンは食べられない。
だから、わたしは家では寝込まないように、細心の注意を払っている。
うちでは繊細な気配りができるメイドは勤まらない。組員……ではなく、お父さまの下で働く武骨で粗雑な奴らのことを気にしない、図太いメイドしか続かないんだ。
うーん、うーん、と熱にうなされるマリーローズは、なかなか大変な生活を送っているようです。
いいのですよ。ここはバッケン伯爵家。跡取り息子はひどいですけど、気遣いの出来るメイドはいくらでもいますからね。
ゆっくりお休みなさい。
◇◇◇
一方、カレルは困っておりました。
廊下を歩いていた時、いえ、その前から彼は気付いていたのです。
マリーローズが太腿に装着した革ベルト……実際には見ていないので多分ですが、短剣を挿しているそのベルトが肌に擦れて痛いのではないか、と。
勿論、良識ある紳士のカレルは、大衆の面前でご婦人のスカートの中の話なんてしません。
もし、ダンがそれに気づいていたら、マリーローズのドレスをめくっていたかもしれませんね。
その時は、ダンは半殺しどころか、敷物でぐるぐる巻きにされて海に沈められていたかもしれません。
鈍感で良かったですね、ダン。
「さて、困ったぞ」
カレルは水の入った器に布をひたし、腕を組みました。
マリーローズの重い短靴は脱がせたのですが、彼女が痛みを覚えている腿に装着した革ベルトと短剣はまだ外せていないのです。
女性のスカートの中のことですから、バッケン邸の使用人に頼めばいいのですが。生憎と今夜はダンの誕生パーティ。皆、忙しそうに立ち働いています。
カレルが布をひたしている器も、自分で用意した物です。メイドの数は多いのに、間が悪かったようです。
「……苦し……」
「大丈夫だ、マリーローズ。私がついているから」
その言葉に、眉根を寄せていたマリーローズの表情が緩みました。
瞼をうっすらと開き、潤んだ瞳でカレルを見つめます。
「……ありが、とう。ごめんなさい、迷惑……かけて」
力なく微笑んだマリーローズの微笑みは柔らかで。カレルは息を呑んでしまいました。
勘の鋭い彼は、マリーローズの粗雑な振る舞いも乱暴な口調も、すべて鎧であり盾であると気づいていました。
ですが、鎧も盾も外した彼女はあまりにも儚げで、今にも消え入りそうだったのです。
「そうだよな。これが本当のあなたなんだよな」
護衛もダンも、そして取り巻きのお嬢さん方も知らない。たぶん、マリーローズの父親と亡くなった母親しか知らない、愛らしい少女の姿がカレルには確かに見えたのです。
カレルは気付けば、マリーローズとそっと唇を重ねていたのです。
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