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一章

6、もう帰りたい……

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 わたし、なんて傲慢なことを。

 ええ、これが護衛であればマリーローズの下敷きになれば「光栄でございます、お嬢さま」と笑みを浮かべつつ、頭を打って意識を手放すのでしょう。

 でもカレルは護衛ではありません。そして恋人でもないのです。
 マリーローズを助ける義理など、微塵もありません。

 だめ、これ以上顔を見られたくない。こんな……高飛車で横柄なわたしなんて。
 ダンに同じように思われても、気にもならないのに。カレルには、そう思われたくないなんて。訳が分からない。
 なに、これ。なんでカレルはダンと違うの?
 弩がつくMじゃないから?
 
 ええ、そんなことを、当の本人に訊けるはずがありませんよね。「カレル、あなたはマゾヒストではないの?」なんて。

 とにかく、あまりの恥ずかしさに、マリーローズはカレルから逃れようとしました。
 ですが、相手は成人男性。力で適うはずがありません。

「下ろせって、言ってんだよ」
「マリーローズ。言葉が乱れているよ」
「うるさい。どうせわたしはヤクザの娘なんだから、粗雑だし乱暴者だし、変態しか寄ってこないし、何だっていいんだよ」

 もう、やだ。逃げる。わたしは家に帰る。
 お父さまのお部屋でホットミルクを飲んで、今日の愚痴をたくさん聞いてもらって。お父さまは、お母さまの写真に向かって「マリーローズはまだまだ子どもだからね」って微笑んで。

 くゆらせた葉巻の煙に、わたしは「もーう、外で喫ってよ」って文句を言いつつ、手で払って。
 お父さまは「はいはい」なんて仰いながら、全然改めてくれなくて。

「い、家に……帰りたい」

 あらあら。とうとうマリーローズは半泣きになってしまいました。深い蒼の瞳は潤み、言葉遣いと言動がたいそうひどいので、黙って動かなければ天使と称される愛らしい顔が歪んでいます。

「もう帰して。だから嫌なの、パーティなんて。ダンのお祝いだから来たのに、あいつ酷いことを言うし」
「婚約破棄のこと? あれは確かに酷いね。たとえあなたの気を惹く為だとしてもね。逆効果でしかない」

 マリーローズが暴れたせいで、綺麗に結い上げた髪は乱れています。
 彼女を抱えたままで、カレルはその髪に軽くキスを落としました。
 柔らかな絹糸のような彼女の髪は、白い花を思わせる甘い香りがしました。

 大人であるカレルにはお見通しだったのです。
 マリーローズの粗雑な振る舞いも、男性を突き放す冷たさも。すべて男を怖いと思う気持ちから来ていることを。
 彼女の生家は準貴族ではありますが、その家や会社で働く男性は、ある意味極道です。
 
 お嬢さまであるマリーローズには優しいでしょうが、敵対する人間には容赦ないことをマリーローズは幼い頃から見てきているのです。
 男には裏表がある。
 そう刷り込まれてもしょうがないでしょう。

 ただ弱さを見せてはならぬという家訓でもあるのか、マリーローズは己のか弱さを鉄の鎧で包んでいます。
 それが重そうで、苦しそうで。
 なのにマリーローズ自身は全く気付いていないところが、カレルには愛らしくもあり哀れでもあると感じるのです。

 守ってあげたい……などとカレルは女性に対して思ったことはありません。女性は守られて当然であるからです。
 でも、マリーローズには儀礼的なことよりも、もっと踏み込んで、そう彼女の心までも優しく包んであげたいと願っているのです。

 頑ななマリーローズは男性という枠ですべてを捉えてしまうので、なかなか手ごわいのですけれどね。

 まぁいいさ。時間はあるのだから。私にだけ見せてくれる、あなたのみっともなさがとても愛おしいよ。

 カレルは、べそをかくマリーローズをきゅっと抱きしめました。
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