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一章

3、貴公子カレルが大の苦手なのよ

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「やぁ、マリーローズ。君も来ていたのか」

 ようやくダンをやっつけたと思ったら、次の敵が現れました。
「ちっ」と、マリーローズは舌打ちします。
 厄介な人がやってきました。

 大広間にいた人たちが、さぁっと左右に分かれて、その爽やかな青年カレルの為に道を空けます。

 しかも老いも若きも、男も女もうっとりとした表情でカレルを見つめます。
 ダンの従兄のカレル。年は確か二十七歳で、マリーローズよりも十歳は年上です。そのせいでしょうか、ダンとは違い大人の余裕で接してくるので、マリーローズにしてみれば堪ったものではありません。

 来るんじゃないわよ。
 心の中は、まるで尻尾と背中の毛を逆立てた猫です。
 ですが、マリーローズにも矜持はあります。ええ、世間から恐れられるお父さまの愛娘が、まさか乱暴なのに臆病というのがばれては困りますからね。

「頑張れ頑張れ、お嬢さま」とでも言いたげに、護衛達が揃って拳を握りしめています。

 先ほどのマリーローズの舌打ち、耳の良いカレルには、しっかりと聞こえていましたが。脳内お花畑のダンとは違い、マリーローズを怒らせるようなことはしません。

 ええ、この退廃した文化の中で、カレルは割とまっとうな人物でした。あくまでも割と、ですが。

「ああ、いけないよ。マリーローズ。そんな汚い物を踏みつけては」

 マリーローズは気付いていませんでしたが、カレルが近づいた時に一歩退いてしまったようです。
 その所為で、ダンの手を踏んづけていました。
 なにやら床に盛り上がりがあるな、と思った程度でしたが。

 踏まれたダンは「痛い……痛くて、素敵」なんて気持ちの悪いことを呟いています。
 人の性癖は、まぁそれぞれですけどね。

 カレルはしなやかなハンカチを取り出すと、鉄板の為にかなり重いマリーローズの足を自分の膝に乗せました。
 自分の服が汚れるのも構わずに、です。
 通常、令嬢は車寄せから馬車を降りてすぐにパーティ会場に入るので、その靴も実用的ではありません。

 ですが、マリーローズは自ら馬を駆って伯爵家に現れました。
 あのドレスでよくまぁ乗馬できるものだと感心しながら、護衛達は自らも馬でお嬢さまを追いかけたのです。
 
「ちょ、ちょっと、やめてよ」
「やめない」
「皆が見てるわ」
「そりゃあ、マリーローズが魅力的だからだろうな。誰しもあなたから目を逸らすことなどできないよ。勿論、この私もね」

 な、何を言い出すのだ。この男は。
 マリーローズの顔は真っ赤になりました。もしカレルが気に入らない奴ならば、持っている扇子で頭をばしばしと叩いたことでしょう。
 
 でも、できないのです。マリーローズには。ただ扇子をぎゅうっと握りしめるだけでした。

 二人を中心として、大広間ではどよめきが起こっています。男性が女性の前に跪く、それは求婚を意味するからです。
 さらにカレルは、優雅な手つきでマリーローズのごつい短靴ブーツを拭きました。
 とっても実用的な、土木作業の現場でも足を怪我しなさそうな短靴を、です。

 マリーローズは呆気に取られて、身動きも取れませんでした。
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