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四章
14、結婚式【1】
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結婚式の朝は、とてもよく晴れていた。
王女の結婚式なので、本来ならば教会で盛大に催されるはずなのだけれど。
わたしとアレクのお願いで、王宮でひっそりと式を挙げてもらうことになった。
もしかするとアレクが護衛であることを悪く言う人がいるかもしれないと思ったから。そういう手紙が、私のもとに届いたから。
――護衛と結婚という噂がありますが、本当ですか? じゃあ平民のぼくも王女さまを狙うことができたってことかもしれないですよね。ヤってしまえばこっちのものですよね。
その野卑な文面を見た時に、わたしはペンを取り落としてしまった。
差出人の名前は偽名だった。
震える手でその手紙をお母さまに渡したら。お父さまがすぐに人を手配して、郵便の消印から地域や投函日を特定し、犯人を捕まえた。
犯人は下町のその日ぐらしの男だった。
だからわたしには幼い頃から、ずっとアレクが護衛についていたのだわ。近衛騎士団は全員が貴族出身で主に忠誠を誓っているから、決して主を貶めることはない。
襲われるかもしれない怖さと共に、近衛騎士団に所属する者の身分すら分からないという無知の恐ろしさを知った。
多分、誰も身分差のことなんて言ったりしないと、以前ならば思い込んでいたけれど。
違うのだわ。
侍女に伴われて、ガーデンウェディングの会場となるお庭へと向かう。
白いドレスは動きに合わせて、水が揺れるかのような薄青にも見える。袖のないドレスに、肘より上まであるレースの手袋。
普段はおろしている髪も、今日は結い上げてある。ベールは短いのがちょっと助かるわ。
だって床を引きずるようなベールは、さすがにね。
薔薇のブーケを手にしてベールで顔を隠し、エントランスホールの扉が開くと、まばゆい光に目が眩みそうになった。
「おねえさま、きれい」
「飛び出してはなりませんよ。バートさま」
今にも走り寄ろうとするバートの肩を押さえる、エーミル。
お母さまは笑顔でわたしを見つめている。
そしてお父さまが、難しい顔で立っていらっしゃる。
怒っているのかしら? と、不安が頭をよぎったけれど。お母さまが「お父さまは寂しいんですよ」と囁くように仰った。
軽く肘を曲げるお父さま。わたしはお父さまの腕に手をかけて、ベール越しにそっと見上げる。
「お父さま、ありがとう。マルティナの……わたしの我儘を許してくださって。アレクと出会わせてくださって」
「言うな」
「でも……お父さまに助けられて、わたしは」
「それ以上言うと、私は泣く。仮にも王太子であり、花嫁の父である私がめそめそと泣けばみっともないだろう?」
すでにお父さまの声は、掠れて震えている。
わたしまで、つられて泣いてしまいそうよ。
清々しいほどに晴れ渡っているのだから。幸せになるのだから。親子そろって泣くなんて、おかしいわね。
四阿の前にはアレクと司教さまが待っていらした。
艶のある白い騎士服には金の糸で縁どりがされている。めったに見ることのない近衛騎士団の正装。膝丈の長い上着の下には中衣のジレ。灰色のジレは光の加減で銀にも見える。
土を隠す布が敷かれた細い道。その両端では薔薇が花の盛りを迎えていた。
結婚式は午前中と決まりがある。まだ朝の名残が残る静謐な空気には、薔薇の香りが混じっている。
「これは緊張するな」
公務や外交で場慣れしているはずのお父さまが、おじいさまやおばあさま、アレクのご両親を目にして息を呑んでいらっしゃる。
ごめんなさい、お父さま。
わたしにまで緊張が移ってしまいます。
王女の結婚式なので、本来ならば教会で盛大に催されるはずなのだけれど。
わたしとアレクのお願いで、王宮でひっそりと式を挙げてもらうことになった。
もしかするとアレクが護衛であることを悪く言う人がいるかもしれないと思ったから。そういう手紙が、私のもとに届いたから。
――護衛と結婚という噂がありますが、本当ですか? じゃあ平民のぼくも王女さまを狙うことができたってことかもしれないですよね。ヤってしまえばこっちのものですよね。
その野卑な文面を見た時に、わたしはペンを取り落としてしまった。
差出人の名前は偽名だった。
震える手でその手紙をお母さまに渡したら。お父さまがすぐに人を手配して、郵便の消印から地域や投函日を特定し、犯人を捕まえた。
犯人は下町のその日ぐらしの男だった。
だからわたしには幼い頃から、ずっとアレクが護衛についていたのだわ。近衛騎士団は全員が貴族出身で主に忠誠を誓っているから、決して主を貶めることはない。
襲われるかもしれない怖さと共に、近衛騎士団に所属する者の身分すら分からないという無知の恐ろしさを知った。
多分、誰も身分差のことなんて言ったりしないと、以前ならば思い込んでいたけれど。
違うのだわ。
侍女に伴われて、ガーデンウェディングの会場となるお庭へと向かう。
白いドレスは動きに合わせて、水が揺れるかのような薄青にも見える。袖のないドレスに、肘より上まであるレースの手袋。
普段はおろしている髪も、今日は結い上げてある。ベールは短いのがちょっと助かるわ。
だって床を引きずるようなベールは、さすがにね。
薔薇のブーケを手にしてベールで顔を隠し、エントランスホールの扉が開くと、まばゆい光に目が眩みそうになった。
「おねえさま、きれい」
「飛び出してはなりませんよ。バートさま」
今にも走り寄ろうとするバートの肩を押さえる、エーミル。
お母さまは笑顔でわたしを見つめている。
そしてお父さまが、難しい顔で立っていらっしゃる。
怒っているのかしら? と、不安が頭をよぎったけれど。お母さまが「お父さまは寂しいんですよ」と囁くように仰った。
軽く肘を曲げるお父さま。わたしはお父さまの腕に手をかけて、ベール越しにそっと見上げる。
「お父さま、ありがとう。マルティナの……わたしの我儘を許してくださって。アレクと出会わせてくださって」
「言うな」
「でも……お父さまに助けられて、わたしは」
「それ以上言うと、私は泣く。仮にも王太子であり、花嫁の父である私がめそめそと泣けばみっともないだろう?」
すでにお父さまの声は、掠れて震えている。
わたしまで、つられて泣いてしまいそうよ。
清々しいほどに晴れ渡っているのだから。幸せになるのだから。親子そろって泣くなんて、おかしいわね。
四阿の前にはアレクと司教さまが待っていらした。
艶のある白い騎士服には金の糸で縁どりがされている。めったに見ることのない近衛騎士団の正装。膝丈の長い上着の下には中衣のジレ。灰色のジレは光の加減で銀にも見える。
土を隠す布が敷かれた細い道。その両端では薔薇が花の盛りを迎えていた。
結婚式は午前中と決まりがある。まだ朝の名残が残る静謐な空気には、薔薇の香りが混じっている。
「これは緊張するな」
公務や外交で場慣れしているはずのお父さまが、おじいさまやおばあさま、アレクのご両親を目にして息を呑んでいらっしゃる。
ごめんなさい、お父さま。
わたしにまで緊張が移ってしまいます。
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