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三章

24、王宮まで

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 どうしよう。
 わたしはリネンのハンカチを握りしめて、どきどきしていた。

 肩を抱いて歩いてほしいというわたしの我儘をアレクが聞いてくれて。いつもみたいに手を繋いでじゃなくて、肩を……アレクの手がわたしの肩に。
 ああ、心臓が肩に移動しちゃったみたい。肩がばくばくしているの。

 肩がアレクの体に密着しているのよ。
 これが落ち着いていられて? いいえ、いられませんわ。なんて脳内の言葉もおかしくなってしまうくらい。

「大丈夫ですか? 歩き方がぎこちないようですが」
「ぎこちなくございませんわ」

「……明らかにぎこちないですよね」

 小さく笑うアレク。もう、恥ずかしいったら。どうして大人びた態度が取れないの?
 羞恥にきつく瞼を閉じたせいで、わたしは石につまずいた。

「歩きながら目を閉じるのは、感心しませんね」

 ぐいっと体を引き寄せられて、わたしの顔はアレクの胸にぴたりとくっつく。
 はわわ、ど、どうしよう。
 アレクの腕の中に閉じ込められてしまったわ。
 
 さっきわたしが蹴飛ばした石が、少し転がって止まった。
「もう大丈夫ですね」と、大きな手がわたしを引き離そうとするから。
 だから、反対にしがみついたの。

「姫さま……」
「大丈夫。誰もいないから」

 辺りにはわたし達しかいない。見ているのはお月さまだけ。

 さっきは感じなかったのに、レモンの匂いと、それからアレクが手にしているサンドウィッチの匂い。
 いい香りと、アレクの逞しくて温かい胸にずっと寄り添っていたくて。
 わたしは、ぎゅっと彼を抱きしめた。

「お小さい頃は、私の腿辺りの身長でしたが。大きくなりましたね」
「うん、大きいの」

 といっても、同年代の女性とそんなに大差ないのだけれど。
 明らかにアレクは困っている。
 でも、もうわたしを引き剥がそうとはしない。
 わたしの胸のドキドキは、きっとアレクに伝わっているに違いない。
 
◇◇◇

「やぁ、遅かったね。甥っ子さんはバート殿下を送り届けて、もう帰宅したよ」
「ああ、済まない」
「ろくに仕事をせん新人は、明日には解雇だそうだ」
「即断でいらっしゃるな、王太子殿下は。まぁ、当然だが」

 門番小屋の窓越しに、アレクは門番と話しをしている。わたしは少し離れて、二人の話を聞くともなしに聞いていた。
 門が近づくまでは肩を抱いてくれていたけれど。さすがに今はもうアレクの手は離れている。
 寒い時期なわけでもないのに。なぜかわたしの肩の辺りにすうすうと冷風が吹き抜けていく気がした。
 アレクの手が大きくて、温かだったから。でも、多分それだけじゃない。

 その時、突然門番に声をかけられた。

「姫さまも、大変だったねぇ。バート殿下に何事もなくて、なによりでしたねぇ」
「あ、はい。ご心配をおかけしました」

 いきなりだったので、どう返したらいいのか分からない。
 とっさの場合に、洗練された言葉とか振る舞いが出てこないのよ。

 あわあわとしながら、両手を上げたり下げたりしていると、手にしていたリネンのハンカチが地面に落ちていった。
 夜風にさらわれたハンカチは、まるで深夜にひっそりと花びらを落とす白い花のよう。

「おっと」と、アレクがハンカチを拾ってくれる。

「大丈夫。地面に触れてはいませんよ」
「は、はひ」

 上ずった声で返事をすると、アレクは明らかに笑いをかみ殺していた。だって、肩が震えているもの。手で口許を隠しているもの。

 もうっ。いやになっちゃう。
 王宮の建物へ向かって、ハンカチをたたみながら歩く。
 あら、どうしよう。うまくたためないわ。
 ちょうど使用人の宿舎の辺りを過ぎて、木々が茂る辺りに差し掛かった。

 その時、アレクは足を止めた。
 
 このまま宿舎に帰っちゃうのかしら? そりゃあ、王宮内だから安全だし。一人でお部屋に帰れるけど。

「さすがに人目のある場所は気が引けますので」
「え?」

 首を傾げた時、辺りが優しい闇に包まれた。レモン色の月光は闇に遮られ。そして、アレクが少し屈みこんで。わたしにキスをしたの。

「おやすみなさいのキスですよ」
「は、はひ」

 やっぱりアレクは笑いをこらえていた。「相変わらずで、お可愛らしいですね」って、震える声で言ったの。
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