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二章

7、宵祭りの日【2】

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 手渡された小さな花束は、私の武骨な手にはあまりにも儚い。
「すぐにお水に挿してね」と言われたのだが。夜は枕元に置くんですよね。その場合は花瓶のままではないですよね。
 
「うーん。どうやっておけばいいんだ? サイドテーブルでいいのか?」

 昼の休憩時間に、私は一度宿舎に戻った。
 狭い家は窓を閉め切っていた所為で、むっとした熱気がこもっている。
 王宮の敷地内にあるし、近隣も護衛が住んでいるのだから治安に問題はないのだが。ついきちんと戸締りをしてしまうのは職業柄だろうか。

 片っ端から窓を開き、キッチンのタイル張りのシンクに姫さまから頂いた花を置く。
 さて、困ったぞ。うちに花瓶などない。
 腕を組んで考えていると、まだ水滴のついている牛乳瓶が目についた。
 
 甕に入れた水を牛乳瓶に注ぎ、そこに七種類の花を生ける。
 茎を花鋏で切ったわけでもないので、どうにもしなっとして花がうなだれている。ちゃんと水を吸い上げるだろうか。
 夜までにしおれてしまったり、花が散ったりしないだろうか。

 王宮では姫さまが適当に花瓶に放り込んでも、メイドがなんとかするだろうが。
 困ったな。これでは約束が守れない。

 そう考えて、はっとした。
 自分の夢に姫さまが出てきたかどうかなんて、姫さまには真偽のほどは分からない。
 適当に「ええ、夢でお会いしましたね」と言ったところで、それが嘘とばれはしないだろう。
 なのに……。

「参ったな」

 ぽつりと呟きながら、頭を掻く。
 庭を歩いていた時に、靴に小石が入ったのかもしれない。ほんの砂粒ほどの石だろうに、土踏まずの辺りが鈍く痛んだ。

 姫さまに嘘はつきたくない。
 たとえ夢を見ることなく、そのことを正直にお伝えして翌朝に姫さまが落ちこんだとしても。私は彼女に対して真摯な態度でいたいのだ。

 もし以前の主であるクリスティアン殿下に「夢に出てきてくれ」と言われることは、決してないな……うん、この仮定はあり得ないから却下だ。
 そうだな、殿下に何かを頼まれたとして……妃殿下のお気に入りのハンカチにアイロンをかけて欲しいと頼まれたとしよう。(護衛の仕事ではないが)
 
 そのハンカチを焦がしてしまって妃殿下が悲しそうなお顔をなさって。あ、胸が苦しくなってきた。ごめんなさい、二度と失敗は致しません。
 違う、そうじゃない。殿下からの頼まれごとだ。

……特に思いつかない。
 まぁいいか。

 その時、ことんと小さな音がした。次いで、ぱたぱたと駆けていく軽い足音。
 何事かとダイニングに面した玄関の扉を確認すると、隙間に紙が挟んである。

 危険なものではないだろうが。そーっと紙を引き抜くと、それは淡い水色の封筒だった。

 封筒を開くとカードが入っていた。「ご招待状」と、宵の藍色を思わせるインクで書かれている。
 見間違えるはずもない。姫さまの文字だ。

――宵祭りに行ってもいいって、お父さまとお母さまがおっしゃったの。アレクに連れて行ってもらいなさいって。

 弾むようなその深い色の文字を見て、私は思わず吹き出した。

「『ご招待状』って。姫さま、これは時間外勤務ですよ?」

 口角が上がっているのが自分でもわかる。
 不思議だ。余分な仕事を申しつけられたのに。どうして私まで心が弾むのだろうか。
 
◇◇◇

「おねえさまぁ」

 ワンピースの裾を揺らしながら、庭を駆け抜けるわたしを、二歳になる弟バートが見つけた。
 両手を広げて、ぱたぱたとわたしに向かって走ってくる。その小さな姿を、お母さまと侍女が追いかけている。
 侍女はすぐに追いついて、バートを抱き上げた。
 お母さまは……まだ追いつけない。

「やっ。おねえさまにごきげんうるわちう、するの」
「ですが。走っては危のうございます」

 抱っこされたまま、バートは首を振る。さらりとした金髪を揺らし、手足をばたばた動かしながら。
 なんだか覚えのある光景だわ。既視感かしら。

「懐かしいわね。マルティナの小さな頃にそっくりよ」

 ようやく追いついたお母さまが、飛んでいきそうになる麦わら帽子を手で押さえながら、わたしに言った。

「ご招待状は、渡せたの?」
「う、うん」

 言えない。アレクの直接手渡すのが恥ずかしくて、ドアに挟んできたってことは。
 わたしは、すーっとお母さまから視線を外した。
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