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一章
21、答えは一つです
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やきもち? マルティナさまが?
目の前にいらっしゃる姫さまを見据えると、困ったことに姫さまは頬を赤らめてうつむいてしまわれた。
うん、分かっていますよ。姫さまが、私を好いてくださっていることは。
それはとても嬉しいのですが。
この胸に湧き上がってくる温かな気持ちは、ふわふわとした優しい心地は、たぶん保護欲だと思うのです。
というか保護欲でなければ困るのです。
「アレクは、マルティナのことすき?」
「はい。好きですよ」
「どれくらい? たーくさん? それとも……ちょっとだけ?」
「ちょっとだけ?」と問うた時、姫さまの表情が少し翳った。
あの……選択肢に「嫌い」とか「どちらでもない」はないんですね?
好きの大小という前提で、しかも「たくさん」好きでないと納得してくださらないのですね。
とても我儘で、とても愛らしい。
私は、ふっと笑いを洩らしてしまった。
「わらっちゃだめ」
「はいはい」
「まだわらってる」
細くて小さい指が、私の頬をつねってくる。姫さまは頬を膨らませていらっしゃるが。
申し訳ございません。全然痛くないですよ。
「取り敢えず、ヨアキムさんとの婚約は断っておきましょうね。マルティナ」
「そうだな。陛下も乗り気ではなかったし」
「あなたもでしょう? クリスティアンさま」
マルガレータさまに指摘されて、殿下は唇を引き結んでいる。
そうですよね。ここにいる皆、いえ、王宮にいる者誰もが、マルティナさまの幸せを願っているのですから。
それでも姫さまにお知らせせずに、勝手に縁談を断ることはできない。
たとえ幼くとも、ご自分で判断しなければならないからだ。
「アレク。おへんじまだ聞いてないよ」
「はい?」
お返事とはなんだろう。と考えていると、姫さまはようやく私の首から腕をはなしてくださった。
まだ立ち上がらずにしゃがみこんでいる私の前で、姫さまもちょこんと床にお座りになった。
まだ赤子だった姫さまが、どこまでも這い這いして私を追いかけてきた事実から、この宮殿では裸足で歩いても足裏が汚れないほどに、床は常に綺麗に磨き上げられている。
だが、床は冷えるのではないか?
どうしよう。せめてクッションでも敷いてさしあげた方がいいのでは?
立ち上がろうとした時、マルティナさまに腕を掴まれた。正確に言えば、両手で左腕にしがみつかれた。
「おへんじがさき」
「え、今ですか?」
こくりと姫さまは頷いた。柔らかな蜂蜜色の髪が、ふわりと揺れる。
「諦めるんだな、アレクサンドル。マルティナはしつこいぞ」
「あら、頑張り屋さんで粘り強いのよね」
ええ、ええ。妃殿下の仰る通りです。姫さまは赤ん坊の頃から、決して私を諦めませんでしたよね。それから殿下、にやにやなさるのはやめてください。
「あれ? アレクのポケットに何か入ってるよ」
「えっ、うわ。何でもありません」
私は慌ててシャツの胸ポケットを手で押さえた。だが、赤子の頃から這い這いで鍛えた機敏な姫さまの動きは速い。
通常のお姫さまは、そんな風に手の動きは速くないと思いますよ?
などと考えている間に、するりとポケットの中身が引き出された。
「うわ、おやめください」
「わぁ。マルティナがあげたお守り。もっててくれてるんだ」
持ってますよ、ちゃんと。ですからどうかもうお許しください。
殿下と妃殿下が、楽しそうにご覧になっているではないですか。
そうですよ。答えは一択ですよね。
大好き、ですよ。
目の前にいらっしゃる姫さまを見据えると、困ったことに姫さまは頬を赤らめてうつむいてしまわれた。
うん、分かっていますよ。姫さまが、私を好いてくださっていることは。
それはとても嬉しいのですが。
この胸に湧き上がってくる温かな気持ちは、ふわふわとした優しい心地は、たぶん保護欲だと思うのです。
というか保護欲でなければ困るのです。
「アレクは、マルティナのことすき?」
「はい。好きですよ」
「どれくらい? たーくさん? それとも……ちょっとだけ?」
「ちょっとだけ?」と問うた時、姫さまの表情が少し翳った。
あの……選択肢に「嫌い」とか「どちらでもない」はないんですね?
好きの大小という前提で、しかも「たくさん」好きでないと納得してくださらないのですね。
とても我儘で、とても愛らしい。
私は、ふっと笑いを洩らしてしまった。
「わらっちゃだめ」
「はいはい」
「まだわらってる」
細くて小さい指が、私の頬をつねってくる。姫さまは頬を膨らませていらっしゃるが。
申し訳ございません。全然痛くないですよ。
「取り敢えず、ヨアキムさんとの婚約は断っておきましょうね。マルティナ」
「そうだな。陛下も乗り気ではなかったし」
「あなたもでしょう? クリスティアンさま」
マルガレータさまに指摘されて、殿下は唇を引き結んでいる。
そうですよね。ここにいる皆、いえ、王宮にいる者誰もが、マルティナさまの幸せを願っているのですから。
それでも姫さまにお知らせせずに、勝手に縁談を断ることはできない。
たとえ幼くとも、ご自分で判断しなければならないからだ。
「アレク。おへんじまだ聞いてないよ」
「はい?」
お返事とはなんだろう。と考えていると、姫さまはようやく私の首から腕をはなしてくださった。
まだ立ち上がらずにしゃがみこんでいる私の前で、姫さまもちょこんと床にお座りになった。
まだ赤子だった姫さまが、どこまでも這い這いして私を追いかけてきた事実から、この宮殿では裸足で歩いても足裏が汚れないほどに、床は常に綺麗に磨き上げられている。
だが、床は冷えるのではないか?
どうしよう。せめてクッションでも敷いてさしあげた方がいいのでは?
立ち上がろうとした時、マルティナさまに腕を掴まれた。正確に言えば、両手で左腕にしがみつかれた。
「おへんじがさき」
「え、今ですか?」
こくりと姫さまは頷いた。柔らかな蜂蜜色の髪が、ふわりと揺れる。
「諦めるんだな、アレクサンドル。マルティナはしつこいぞ」
「あら、頑張り屋さんで粘り強いのよね」
ええ、ええ。妃殿下の仰る通りです。姫さまは赤ん坊の頃から、決して私を諦めませんでしたよね。それから殿下、にやにやなさるのはやめてください。
「あれ? アレクのポケットに何か入ってるよ」
「えっ、うわ。何でもありません」
私は慌ててシャツの胸ポケットを手で押さえた。だが、赤子の頃から這い這いで鍛えた機敏な姫さまの動きは速い。
通常のお姫さまは、そんな風に手の動きは速くないと思いますよ?
などと考えている間に、するりとポケットの中身が引き出された。
「うわ、おやめください」
「わぁ。マルティナがあげたお守り。もっててくれてるんだ」
持ってますよ、ちゃんと。ですからどうかもうお許しください。
殿下と妃殿下が、楽しそうにご覧になっているではないですか。
そうですよ。答えは一択ですよね。
大好き、ですよ。
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