有能なはずの聖女は追放されました。転生しても慕ってくれた少年が、年上の騎士となり溺愛してきます

絹乃

文字の大きさ
上 下
11 / 19

11、翌朝

しおりを挟む
 翌朝。
 兄のイーヴァルと護衛のバート、それに警護官たちが森へと入った。

 セシリアももちろん同行したかったが、兄に反対された。
 結局、テオドルと一緒に朝食をとっている。

「私は、姫さまと同席する理由がないのですが」

 食堂のテーブルをはさんで向かい合った席に、セシリアとテオドルは座っている。

「わたくしを助けてくれたでしょう? ですからお父さまも是非にと仰っていたの」

 王宮の警護官には夜勤があるが。王族を守る騎士には、基本的には夜勤はない。社交で夜遅くに王宮に戻るときは、別だけれど。
 昨夜は非常事態でテオドルを呼び出した上に、朝まで仕事をさせてしまった。

「このままテオドルを家に帰すのは、危険だからよ」
「寝不足くらい、どうということはありませんよ」

 今朝のテオドルは、ふだんよりも話をしてくれる。それが嬉しくて、少し苦く感じるオレンジジュースが、いつもよりも甘く思えた。

 かりっと焼いた薄いパンに、セシリアはジャムをのせた。
 ルバーブのジャムは、ほのかに赤い。口に入れると、さくっとトーストが音を立てた。甘酸っぱい味が口の中に広がっていく。

「ルバーブって、野菜にしか見えないわよね。どうしてジャムにするのかしら」
「確か、煮ればすぐに溶けてしまうのではなかったでしょうか。それに酸味が強いので、砂糖を入れるようですね」

 テオドルはナイフとフォークで、羊乳から作られた茶色いチーズを切った。
 とてもきれいな手つきだ。彼が貴族の子息であることがよく分かる。

「どうかなさいましたか?」
「ううん。こうしてテオドルと一緒に食事をするなんて……」
「初めてですね」
「うれしくて」

 思わずこぼした言葉に、驚いたのはテオドルの方だった。
 目を見開いて、向かいの席のセシリアをじーっと見つめている。
 何か言いたそうに口を開きかけて。でも、すぐに唇を閉じてしまった。

「なぁに?」
「いえ、その。姫さまは、もっと栄養をお考えになった方がよろしいかと。さきほどから、ジャムばかりお召し上がりです」

 明らかに、話をごまかしている。
 セシリアはカップを手にして、紅茶をひとくち飲んだ。

「わたくしも、森に入りたかったわ」
「殿下がお戻りになるのを、お待ちになった方がいいですね。私としても、姫さまを危険な場所にはお連れできません」
「確かに、わたくしはお兄さまみたいに剣は扱えないけれど」

 それでも、今では自分がかつて聖女であったことを思いだした。
 無能な聖女。ビアンカ自身もそう思っていた。

 けれど、実際は違った。ビアンカは王国を守るために、常に力を放ち続けていたのだ。
 意識せずとも邪を浄化する。圧倒的な力を持つ、絶大な力を持つ聖女にしかできぬことだ。

(セシリアに、ビアンカの力がどれほど残っているは分からないわ。でも、わたくしは襲ってくる瘴気を祓ったのだから。何かの役には立てるはず)
 
◇◇◇

 イーヴァルと護衛騎士のバートは、警護官たちと共に森へと入った。

 鬱蒼とした木々が生い茂り、朝陽は足元までは届かない。
 途中で二人の警護官と分かれて、森を捜索する。

「うわ、草が足に絡まるんだけど」
「朝露が降りてございますから。我慢なさってください」
「靴や服が湿って、気持ち悪い」

 イーヴァルは二十一歳の王太子なのに。バートに対しては我儘を口にする。

 湿った苔の匂いに混じって、異様な臭いが鼻をかすめる。腐敗したような、饐えたような臭いに、イーヴァルは眉をひそめた。

「ゆうべ、セシリアの部屋に吹きこんだ靄と同じ臭いだ」
「瘴気の沼がございます」

 バートは、前方を指さす。

「私が先に見てまいりましょう」
「ダメだ。これ以上、前に進むな」

 イーヴァルは、鋭い声を発した。
 いつになく真剣な面持ちの主の言葉に、バートは素直に従った。
 ふだんは朗らかで、けれど飄々としてつかみどころのないイーヴァルだ。その主が、真剣なのだからよほど危険に違いない。

「瘴気に呑まれたのは、神殿の犬でしょうか」
「犬の方が賢いぞ。報酬に尻尾を振って、王家の情報を流している掃除夫だ」

 イーヴァルは、草の中に転がっている男物の靴に目を向ける。
 どこかに体でも残っているかと思ったが、呑みこまれてしまったらしい。

「掃除婦に化けた密偵が、王宮の夜の森で神殿の者と会っていたのか。或いは、澱みの沼を拡大させるための儀式を行っていたのかもしれないな」
「ならば、瘴気が意志を持ったかのように暴走したのも納得できますね」
「瘴気は、まっすぐにセシリアの部屋を狙い、攻撃した。迷いなく」

 沼のある場所からは、王宮の建物は当然見えない。
 けれど狙われたのは、国王である父でもなく王太子であるイーヴァルの部屋でもなかった。

「王宮も安全とは言えないな。いくらテオドルが王宮の側に住んでいるとはいえ、やはり呼び出しには少し時間がかかった。夜中だったのもあるが」
「殿下は、姫さまのことが、とても大切でいらっしゃるから」
「一言よけいだ」

 家族の前でも、使用人の前でも、民の前でも決して見せないが。イーヴァルは子供のように口を尖らせた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

アメイジング・ナイト ―王女と騎士の35日―

碧井夢夏
ファンタジー
たったひとりの王位継承者として毎日見合いの日々を送る第一王女のレナは、人気小説で読んだ主人公に憧れ、モデルになった外国人騎士を護衛に雇うことを決める。 騎士は、黒い髪にグレーがかった瞳を持つ東洋人の血を引く能力者で、小説とは違い金の亡者だった。 主従関係、身分の差、特殊能力など、ファンタジー要素有。舞台は中世~近代ヨーロッパがモデルのオリジナル。話が進むにつれて恋愛濃度が上がります。

【完結】魔力がないと見下されていた私は仮面で素顔を隠した伯爵と結婚することになりました〜さらに魔力石まで作り出せなんて、冗談じゃない〜

光城 朱純
ファンタジー
魔力が強いはずの見た目に生まれた王女リーゼロッテ。 それにも拘わらず、魔力の片鱗すらみえないリーゼロッテは家族中から疎まれ、ある日辺境伯との結婚を決められる。 自分のあざを隠す為に仮面をつけて生活する辺境伯は、龍を操ることができると噂の伯爵。 隣に魔獣の出る森を持ち、雪深い辺境地での冷たい辺境伯との新婚生活は、身も心も凍えそう。 それでも国の端でひっそり生きていくから、もう放っておいて下さい。 私のことは私で何とかします。 ですから、国のことは国王が何とかすればいいのです。 魔力が使えない私に、魔力石を作り出せだなんて、そんなの無茶です。 もし作り出すことができたとしても、やすやすと渡したりしませんよ? これまで虐げられた分、ちゃんと返して下さいね。 表紙はPhoto AC様よりお借りしております。

あなたが残した世界で

天海月
恋愛
「ロザリア様、あなたは俺が生涯をかけてお守りすると誓いましょう」王女であるロザリアに、そう約束した初恋の騎士アーロンは、ある事件の後、彼女との誓いを破り突然その姿を消してしまう。 八年後、生贄に選ばれてしまったロザリアは、最期に彼に一目会いたいとアーロンを探し、彼と再会を果たすが・・・。

稀代の悪女として処刑されたはずの私は、なぜか幼女になって公爵様に溺愛されています

水谷繭
ファンタジー
グレースは皆に悪女と罵られながら処刑された。しかし、確かに死んだはずが目を覚ますと森の中だった。その上、なぜか元の姿とは似ても似つかない幼女の姿になっている。 森を彷徨っていたグレースは、公爵様に見つかりお屋敷に引き取られることに。初めは戸惑っていたグレースだが、都合がいいので、かわい子ぶって公爵家の力を利用することに決める。 公爵様にシャーリーと名付けられ、溺愛されながら過ごすグレース。そんなある日、前世で自分を陥れたシスターと出くわす。公爵様に好意を持っているそのシスターは、シャーリーを世話するという口実で公爵に近づこうとする。シスターの目的を察したグレースは、彼女に復讐することを思いつき……。 ◇画像はGirly Drop様からお借りしました ◆エール送ってくれた方ありがとうございます!

この度、猛獣公爵の嫁になりまして~厄介払いされた令嬢は旦那様に溺愛されながら、もふもふ達と楽しくモノづくりライフを送っています~

柚木崎 史乃
ファンタジー
名門伯爵家の次女であるコーデリアは、魔力に恵まれなかったせいで双子の姉であるビクトリアと比較されて育った。 家族から疎まれ虐げられる日々に、コーデリアの心は疲弊し限界を迎えていた。 そんな時、どういうわけか縁談を持ちかけてきた貴族がいた。彼の名はジェイド。社交界では、「猛獣公爵」と呼ばれ恐れられている存在だ。 というのも、ある日を境に文字通り猛獣の姿へと変わってしまったらしいのだ。 けれど、いざ顔を合わせてみると全く怖くないどころか寧ろ優しく紳士で、その姿も動物が好きなコーデリアからすれば思わず触りたくなるほど毛並みの良い愛らしい白熊であった。 そんな彼は月に数回、人の姿に戻る。しかも、本来の姿は類まれな美青年なものだから、コーデリアはその度にたじたじになってしまう。 ジェイド曰くここ数年、公爵領では鉱山から流れてくる瘴気が原因で獣の姿になってしまう奇病が流行っているらしい。 それを知ったコーデリアは、瘴気の影響で不便な生活を強いられている領民たちのために鉱石を使って次々と便利な魔導具を発明していく。 そして、ジェイドからその才能を評価され知らず知らずのうちに溺愛されていくのであった。 一方、コーデリアを厄介払いした家族は悪事が白日のもとに晒された挙句、王家からも見放され窮地に追い込まれていくが……。 これは、虐げられていた才女が嫁ぎ先でその才能を発揮し、周囲の人々に無自覚に愛され幸せになるまでを描いた物語。 他サイトでも掲載中。

灰と王国のグリザイユ 〜理系王女は再建をめざす!

桂花
恋愛
ここは灰の降りやまない火山の王国。 ドームに覆われた上位階層区の桜城では、崩御した王の隠し子について、賞金付きの捜索が始まろうとしていた。 寄宿舎で暮らす、博士の称号を持つ16歳の天才少女アニスは、ある日自分を王女だという近衛兵のツバキに連れられ、初めて街の外へ出る。だが刺客に追われ、着いた先は灰だらけの最下層。 そこでギャングと思しき団体の、仕事を手伝うことになるのだが…   灰に覆われ、何が真実か見えないふたりを待つのは闇か光か宿命か。 世間知らずな主人公の、恋に仕事に奮闘する成長ストーリー!

【完結】元お飾り聖女はなぜか腹黒宰相様に溺愛されています!?

雨宮羽那
恋愛
 元社畜聖女×笑顔の腹黒宰相のラブストーリー。 ◇◇◇◇  名も無きお飾り聖女だった私は、過労で倒れたその日、思い出した。  自分が前世、疲れきった新卒社会人・花菱桔梗(はなびし ききょう)という日本人女性だったことに。    運良く婚約者の王子から婚約破棄を告げられたので、前世の教訓を活かし私は逃げることに決めました!  なのに、宰相閣下から求婚されて!? 何故か甘やかされているんですけど、何か裏があったりしますか!? ◇◇◇◇ お気に入り登録、エールありがとうございます♡ ※ざまぁはゆっくりじわじわと進行します。 ※「小説家になろう」「エブリスタ」様にも掲載しております(アルファポリス先行)。 ※この作品はフィクションです。特定の政治思想を肯定または否定するものではありません(_ _*))

処理中です...