有能なはずの聖女は追放されました。転生しても慕ってくれた少年が、年上の騎士となり溺愛してきます

絹乃

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7、主従関係

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 セシリアの手を握ったまま、テオドルは早足で歩きはじめた。
 いつもはセシリアの歩く速度に合わせてくれるのに。

 がっしりとしたテオドルの手の力は、あまりにも強い。
 公園の遊歩道の脇に植えられている木々の緑が、セシリアの視界の端で後方へと飛んでいく。

「あっ」

 大きな歩幅と慣れぬ速さに、セシリアはつまずいてしまった。

 その時、ようやくテオドルが足を止めた。
 驚いたように目を見開き、次に何か苦いものを噛んだような表情を浮かべた。

「申し訳ございません。姫さまに無理をさせてしまいました。お怪我はありませんか」

 テオドルの困ったような顔を、初めて見た。
 セシリアは驚いて、彼の琥珀色の瞳をじっと見つめた。瞬きすらも忘れて。

「どこか痛みますか?」
「いいえ」

 歩きだそうとした時。セシリアは足首に痛みを覚えた。
 声には出さなかったのに、ほんの少し足の動きが遅れただけなのに。

 テオドルは「失礼いたします」と、セシリアを抱きあげた。

「大丈夫よ。おろして、自分で歩けるわ」
「姫さまが足をくじいたのは、私の責任です。すぐに医者に診てもらいましょう」
「平気なのに」

 どんなに訴えても、テオドルは聞いてくれない。
 もう公園の外に出ている。王宮まで距離はさほどないが、夕暮れ時の人の通りは多い。

「あらまぁ。セシリアさまと黒騎士さまよ」
「お可愛いわね」

 道行く人が立ちどまり、微笑ましいという風に笑顔を浮かべる。

(確かにわたくしが子供の頃は、散歩からの帰りに疲れて歩けない時は、テオドルがおぶってくれたけれど)

 それはもう十年以上も前のこと。今のセシリアは十六歳の立派なレディなのだから。

「今日はごめんなさい」
「なぜ、お謝りになるのですか。責められるべきは、私の方です」

 通りを走る馬車の音が大きいのに。小さな声のセシリアの言葉を、テオドルは聞き逃さなかった。
 いつだってそう。テオドルに話しかけた時は、彼は決してセシリアに聞き返すことはしない。一言一句、すべてを拾ってくれる。

 冷たい印象のテオドルなのに。微かに見える優しさが、誰にでも向けられるものでなければいいのに、とセシリアは思った。そんなこと、絶対にありえないけれど。

 幼かったテオドルが、とても懐いていた女性のことを、セシリアは知らない。彼に尋ねることもできやしない。

(わたくしが王女だから、テオドルは仕えてくれているだけですもの)

 胸の奥がひりひりと痛む。
 ただの主従でしかないから、テオドルはセシリアに心を開かない。

「姫さま。あなたは、私にお命じになってもよいのですよ」

 静かな声で、テオドルは言った。
 門番に迎えられて王宮の敷地に入った途端、それまで賑やかだった街の音がすっと消えた。

「なにを?」
「気にかけていらっしゃるのは、カイノ神官長が話していた、女性のことでしょう?」

 その通りだった。

(見抜かれていたんだわ)

 セシリアはかっと体が熱くなるのを感じた。

「……興味はないわ」
「そうですか」

(違う。本当はとても知りたいのよ。でも、わたくしが命じたら、あなたはどんなに嫌な気持ちになっても、話をしないといけないでしょう?)

 王女という身分だからこそ、無理強いをしたくはない。
 でも、このままではテオドルは一番近くにいるのに、一番遠くて疎遠な人になってしまう。

「もう歩けるわ。おろしてちょうだい」
「ですが」

「大丈夫だから」と両手で、テオドルの逞しい胸を押しのける。セシリアのてのひらに、何かが触れた。

 騎士服の布越しに、薄くて小さなものが確かにある。
 ネックレスの飾りのようだ。
 セシリアの手が触れたことに気づいたのだろう。テオドルが目を見開いた。

 もしかすると、大事な女性から贈られたものかもしれない。
 他の騎士に比べても、堅いテオドルが自ら装飾品を買ってつけるとは到底思えない。

「足の手当てに付き合っていたら、勤務時間を大幅に超えてしまうでしょう。これ以上、あなたの時間を奪うつもりはないわ。わたくしは、そこまで間抜けではないのよ」

「仕方ありませんね」と、ため息をつきながら、テオドルは近くにいた使用人に事情を話した。

 すぐに医師が呼ばれた。
 一人で自分の部屋に戻れるとセシリアは主張したのに。テオドルは、部屋まで運ぶと言って譲らない。

(わたくしを心配してというよりも、責務だからだわ)

 広いエントランスのホールを進み、ゆるやかな階段を上がっていく。

(いっそ護衛が別の人ならよかったのに)

 階段の途中で、セシリアはうつむいて瞼を閉じた。
 まだテオドルに抱えられたままの状態だ。目を開いたら、きっと涙がこぼれてしまう。

「情けない主で、ごめんなさい」
「今日は、よく謝られるのですね」

 応じるテオドルの声は、不思議と優しさが滲んでいた。
 けれど、唇を噛みしめて涙をこらえるセシリアに気づく余裕はなかった。
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