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十五章

3、困った、取りに行けない

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 ソフィは、一人でとぼとぼと家に戻った。
 春が近いし、今日は晴れているから温かい。なのに足取りは重くて、かばんの中の左右の手袋が「早く渡せよ」「何やってんだよ、とろくさいな」なんて責めてくるような気がする。

「なによ、アランの馬鹿。せっかくきれいに仕上がったのに」

 ソフィはカバンを家の前に置いて、庭の椅子に腰を下ろした。ゆったりとした椅子なので、そのまま手すりにもたれる。
 吹く風に甘い花の香りが混じっている。学校に咲いている水仙とは、また違う匂いだ。

――見て。手袋ができたのよ。
――これを俺のために。さすがソフィだ。さぁ、今すぐにでも結婚しよう。
――そんな。まだ早いわ。
――早くはない。ソフィは素晴らしいレディだ。君みたいな素敵な人は他にはいない。

「いやーーん。アランったら」

 ソフィは自分の妄想に身もだえた。

 そうだ。この想像をキープしたまま眠ったら、完璧な夢が見られるんじゃないかしら。
 椅子に座ったまま、ソフィは瞼を閉じた。

 そして夢を見ることもなく、爆睡した。

◇◇◇

 ぐー。
 風が木々の枝を揺らしても、ソフィは眠っている。

 ぐー、ぐー。
 辺りは薄暗くなり、ソフィは寒さに身震いした。

「おいっ、おい。ソフィ。大丈夫か」
(もう、アランったら。そんなにわたしの花嫁姿が見たいの?)
「ソフィ。返事をしろ」

 ん? 前にもこんなことがあったような。
 ソフィは、ぱちっと目を開けた。

 すでに暮れて夕色になった空を背景に、アランがソフィの顔を覗きこんでいる。その途端、アランは明らかにほっと安心した表情を浮かべた。

「たとえ眠くとも、家の中に入りなさい。風邪を引くし、なにより危険だ」

 ソフィの膝の裏に手を入れて、アランは彼女を抱え上げた。
 そのまま家の中に入り、暖炉の前にソフィを座らせる。薪を置いて火をつけたアランは、ソフィに毛布をかぶせた。

 ふんわりとした毛布に包まれて、自分の体が冷えていることにソフィはようやく気付いた。

「あ、そうだ。かばん……」

 立ち上がろうとしたソフィの腕を、アランが握りしめる。引き止められたソフィは動くこともできない。

「あのね、外にかばんを置きっぱなしにしてるから」
「出なくていい。外は寒い」
「いや、すぐなんだけど」

 だって、あの中には手袋が入っているのだ。今日渡すと決めたんだから、取ってこなくちゃ。

「ここにいなさい」

 アランは毛布ごと、ソフィの体を背後から抱きしめた。
 薪が燃える音がする。そしてアランの心臓の音も。
 走って帰ってきたわけでもないだろうに、その鼓動は速い。

「今は俺の腕の中にいなさい」

 ソフィは体の向きを変えられて、彼の腕の中にすっぽりと収まった。上着の胸のポケットに何か入っているのだろう。小さくて硬い感触が伝わってくる。

「今日は済まなかった。何か用事だったんだろう。今、聞くよ」
「うん。だから離して」
「それは無理だ。離さない」

 こ、困った。全部説明してからプレゼントするんじゃなくて、アランを驚かせたかったのに。これじゃ、身動きもできやしない。

「悩みでもあるのか?」
「そういうわけじゃないけど」
「じゃあ、俺には言いにくいことか? もしかして今日は俺じゃなくて、カスパルに会いに行ったとか。確かに若旦那の方が女性の商品には詳しいし、俺よりも頼りになるな」

 自分で言った言葉に自分で傷ついたのか、アランは突然うなだれた。

「どうせ……俺は一人では選べない」
「あの、アラン。何を選べないの?」
「いや。なんでもないんだ」

 怪しい。
 ソフィは直感した。
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