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七章

1、なんでそんなにキスがしたいのかと訊かれても

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 ソフィたちの暮らす家は小さく、二人とも持ち物が少ないから狭さを気にしたことはないが。さすがにグンネルに泊まってもらうための部屋はない。

「んー、しょうがないわね。町で宿をとるしかないかな。明日お邪魔させてもらうわね」

 カスパルに途中で馬車を停めてもらい、不本意そうにグンネルは宿に入っていった。

 背筋の伸びた彼女の後ろ姿が扉の向こうに消えて、ソフィは安堵の息をついた。彼女のおかげで助かったのは事実だけれど。一緒にいると息が詰まってしまう。
 アランもそうなのか、肩を落としてうなだれている。

「嵐みたいな奴だったな」

 昔と変わらずに? そう尋ねてしまいそうになって、ソフィは慌てて口を噤んだ。

――あんたに妹や姪がいたなんて。

 グンネルの言葉が、いつまでも耳から離れてくれない。

(ねぇ、わたしはアランの姪じゃないの? アランは本当はマクシミリアンって人なの? もし……他人なのだとしたら、どうしてわたしを育てたの?)

 尋ねたいことはたくさんある。なのに、口にするのが怖い。

 家を取り囲む木々の前で、ソフィたちはカスパルの馬車を降りた。

 アランの熱は下がったようだが、足取りはまだふらついている。落ちた枯葉を踏む音が、やたらと大きく聞こえる。いつものように規則正しい足音ではなく、よろけない様に一歩一歩地面を踏みしめる歩き方だ。
 ソフィは慌てて彼の体を支えた。

「俺は平気だぞ」
「平気じゃないもん。また倒れるかもしれないもん。グンネルさんに襲われちゃう」
「襲う? なんであいつ……いや、あの人が?」

 きょとんとした表情を浮かべるアランを、ソフィは唇を引き結んで見上げた。

「……キスさせて」

 自分でも唐突なお願いだと思う。でも、不安でしょうがないのだ。

「は? なんで?」
「だってグンネルさんは吸引力の強そうなキスをするもの」

 アランは目を丸くしている。
 あれが瞼へのキスだから、ふわっとしていたんだろうけど。もし口へのキスだったら、アランの唇は腫れ上がるに違いない。

「だーかーら、わたしもキスするの」
「わたしも、ってのが訳分からんが。また、ソフィからなのか?」
「え?」

 尋ねられた言葉の意味は、一拍遅れてソフィの頭に届いた。

 まさか、まさか。この間、アランにキスをしたのがばれていたの? 起きてたの?
 ソフィは顔を真っ赤にした。首も耳も赤く染まっている。

「どうした? するのか、しないのか?」

 真顔でアランが覗きこんでくるけど。これは絶対に面白がっている。

「あ、あの」
「なんでこんなおっさんにキスしたいかなー」
「だって、好きなんだもん! 毎朝、毎晩抱きついて、キスしたいんだもん」

 大声で告げると、今度はアランの頬が染まった。「お、おう……そうか」という声が上ずっている。
 琥珀色の瞳は揺れ、ソフィと目を合わせようとしない。

「まぁ、その、なんだ。やはり男手一つで育てたせいかな。普通恋愛小説のヒロインは、自分から男を押し倒したりしないぞ。もっとこう……レディとして然るべき振る舞いをだな……」
「じゃあ、アランからして。レディなら自分からしないんでしょ」

 思わぬ方向転換だったらしい。アランは「ぐっ」と息を呑んだ。

「……どうすりゃいいんだよ」
「アランがしゃがむの! わたしが背伸びしても届かないんだもん」
「頬でいいよな。それともおでこか?」
「唇一択で!」

 こっそりとキスしたのがばれたことが、あまりにも恥ずかしすぎて。ソフィは普段以上に大胆な行動に出た。そうでもしないと、恥ずかしさで死んでしまいそうだから。
 
 もう心臓はばくばくで、頭に血が上りそうで、耳は千切れそうに熱いし、暴走する自分を止めることができない。
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