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三章
5、体に良くないから
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今も文机の上には、書きかけのまま絶筆となった原稿が残されている。
朱鷺子さんは、長生きはできんかった。
三十歳を迎えることなく、じふてりやに罹ってしまったからだ。高熱と心臓の苦しさ、それでもなおペンを取っていた。
「朱鷺子さん。もう休みなさい」
朱鷺子さんが亡くなる少し前のことやった。
俺が休むようにと声をかけると、朱鷺子さんは「あと少しね」と返事をする。
俺のことが見えて、聞こえてるんかと思た。
けれどその瞳は俺をとらえてへん。ぼうっとした目つきで、赤らんだ顔でペンを走らせ続けるんや。
あかん、もうやめてくれ。
もうそんなつらい姿を見せんといてくれ。
「螢狩りは綺麗でしたねぇ」
うわ言のように朱鷺子さんが呟く。そのペン先からは、明滅する螢の光が生みだされる。
夏草に覆われた岸にひたひたと寄せる細い川、岸辺に咲く螢袋の花。
きれいな情景が、震える文字で紡がれた。
小さな石の橋の途中で空をあおげば、天の川が見える。朱鷺子さんの隣で、俺は浴衣の袂に手を入れようとしている。そんなシーンやった。
「だめですよ、銀之丈さん。煙草は体に悪いんです」
咳き込みながらも、朱鷺子さんは言葉を洩らした。
原稿用紙のマスからは、文字がはみ出してしもてる。
彼女は登場人物と対話することで、その姿や性格、感情をつくってた。ほんまの命と体を失うまで、朱鷺子さんの創作方法すら知らんかった。
確かに朱鷺子さんは、俺と会話してたんや。
ここにおる俺やのうて、思い出のなかの俺と。
布団に入ろうともせんと、朱鷺子さんは文机に向かう。実際に触れることは叶わんのに。咳きこむ彼女の背を、俺はさすり続けた。
「なんでそこまで無理をするんや。お願いや、体をいたわってくれ」
じふてりやの薬は飲んでる。けど、ろくに飯を食べようともせぇへん。通いの女中が作ってくれた粥も、ほとんど手つかずや。
しかも女中は朱鷺子さんの病気を恐れて、ほとんど彼女に近づかへん。
廊下に置かれた盆を、朱鷺子さんは大儀そうに部屋に入れる。あまりにもしんどそうやから、俺が粥や味噌汁の載った盆を部屋に入れたけど。
熱でぼうっとした朱鷺子さんは、その異常にも気がつかんかった。
「命がないもんは持てるんやな。ほんまに触れたい人には、どうにもならんのに」
もし朱鷺子さんの意識が清明であったなら。「きゃあ、お盆とお粥が宙を飛んでいます」と、大騒ぎやったやろな。
そうやったらよかったのに。
俺は冷めて硬くなってしもた粥を廊下に出しながら、ため息をこぼした。
「朱鷺子さんは、なんで『秋燈し物語』を書いてへんのやろ」
その時の俺は知らんかった。
とうの昔に『秋燈し物語』が打ち切りになっとったことを。朱鷺子さんを応援しとった熱狂的な少女らは、もう大人になってしもた。
時代が変わってもたんや。
それを知ったのは、書棚の雑誌が何年も前の号から増えてなかったからや。
最期の時。朱鷺子さんは文机の前に座っとった。
高熱で顔は真っ赤に染まっている。喉に潰瘍ができているのか、ろくに水を飲むこともできない。
「へいき……へいき、だから」
文机に突っ伏した朱鷺子さんの声は切れ切れだ。あまりにもか細くて、吹く風の音に紛れてしまうほど。
「もう寝てくれ、朱鷺子さん。布団へ運んであげるから」
俺はぐったりとした朱鷺子さんを抱きかかえようとした。けれど、やはり手を触れることはできへん。
指も手首も、彼女の背中を突き抜けてしまう。
初めて出会った時は、足を挫いた朱鷺子さんを軽々と背負うことができたのに。
俺は唇を噛みしめた。強く、強く。
「待っとき。医者を呼んでくる」
薄暗い廊下を俺は走り、光が満ちる玄関へ向かった。三和土に飛び降り、戸に手をかける。
やはり物には触れられる。かららと引き戸は開いた。
この程度の音でも、元気な朱鷺子さんならば「あら、誰かいらしたのかしら」と聞き取れたはずだ。
男物の下駄はあらへんから、素足のまま外へ出る。
午後の太陽はあまりにも眩しくて。目がくらむほどに輝いて、前庭を白く染め上げる。
外に一歩踏み出した時。俺の足が光に消えた。
右足も、次に出した左足も。
嘘やろ。あかん。俺は病院に行かなあかんねん。なんとかして、医者を連れてこなあかんねん。
仄暗い家のなかから、力のない咳が聞こえる。
行くんや、俺は。絶対に。
俺の姿は不鮮明になり、霞のように腕も脚も消えてゆく。
ああ、そうか。この家からは出られへんのか。
朱鷺子さんが生みだしてくれた存在やのに。彼女を助けることすらできへんのや。
踵を返し、玄関へと飛び込む。
三和土に置いてあった洋傘を握り、陶製の傘立てをむやみやたらに叩きつける。
がんがんがん! 激しい音が響く。
かんにんな、朱鷺子さん。やかましい音を聞くのも苦しいやろに、つらいやろに。今の俺には、これしかできへん。
朱鷺子さんに詫びながら、なおも傘立てを叩く。
硬く痛々しい響きが、激しさを増す。
「どないしたんですか! 鏡さん」
隣の家から女性が飛び出してきた。
ああ、よかった。これで気付いてもらえる。医者を呼んでもらえる。
骨の折れた傘を三和土に落として、俺は力なくしゃがみこんだ。
「どうか朱鷺子さんを助けてください」
隣人が俺の横を過ぎていく。上がり框から廊下へ進む女性に、俺は頭を下げた。
「お願いです、どうか」
三和土に両手とひたいをつけて、何度も懇願した。
結局、朱鷺子さんは助からなかった。
教会での葬儀の前。俺は布団に横たえられた朱鷺子さんの側に座っとった。
「朱鷺子さん。もう苦しないか?」
赤みが消えて、朱鷺子さんの肌は白磁のようやった。
長い睫毛と胸のところで組んだ細い指。指にはロザリオが掛けられている。
起きて欲しかった。
あーあ、ほんとうによく眠りました、と呑気な声で欠伸をしてほしかった。
俺はそっと朱鷺子さんに手を伸ばした。
指が、硬くなった彼女の頬に触れる。
ようやく触れたのは、もう朱鷺子さんに命がないからや。
「助けたかった。触れんでもええから、生きててほしかったんや」
朱鷺子さんが生みだしてくれた俺は、彼女の役に立つことができんかった。
「なぁ、空の上にはほんまの俺がおるんかな。朱鷺子さんのことを待っとんかな」
いつしか家のなかが騒々しくなってきた。
朱鷺子さんの親族が、ばたばたと走りまわっている。
そういえばご両親の姿がない。今になって、朱鷺子さんには、すでに家族がおらんことに気づいた。
「そうか。俺は、ほんまもんの銀之丈とちゃうもんな」
一般的な常識があらへん。記憶も穴だらけや。
「知らんかった。朱鷺子さんは、もう何もかもなくしとったんやな」
そのなかのひとつが、熱狂的に支持された『秋燈し物語』や。
次々と弔問客が訪れる。弔いの客は、ほんのいっとき朱鷺子さんの前に座り、彼女の思い出話を同行者と語り合う。
重々しい空気のなかに、静かに泣く夫人らがおった。朱鷺子さんの女学校時代の友人やろか。
ふと、嗅ぎ慣れた香のにおいがした。その奥によく知る膠のにおいが潜んでる。
俺はふり返った。
部屋の入口に、鈴之介が立っとった。
目を真っ赤に充血させ、瞼は腫れている。
鈴之介は俺の隣に正座して、朱鷺子さんに手を合わせた。
「兄さんだけやのうて、どうして朱鷺子さんまで……」
悔しいんです、と続く言葉は鈴之介の口のなかに消えていった。
他の弔問客と違い、鈴之介はいつまでも俺の隣に座っとった。
すべての部屋には煌々と明かりが灯されてる。朱鷺子さんは洗礼を受けとうから、線香はつけられてへん。
白い花がぎょうさん供えられて。甘い匂いに眩暈がしそうや。
鈴之介が立ちあがった。
俺は、せめて弟を見送ろうと玄関へ向かう。
三和土にぎょうさん並んどった靴も、もうほとんどあらへん。
鈴之介は開かれたままの戸から、外へと出た。俺は遅れて、右足を踏みだす。
ここで消えてしまうんも、ええかもしれん。
朱鷺子さんを見送って、鈴之介も見送って。そしたらもう心残りもあらへんし。
「ほな、元気でな。鈴之介」
けど、俺は消えんかった。つっかけを履いた両足は、しっかりと地面についてる。
なんでや。医者を呼びに行こうとしたんは、ほんの半日前のことや。
あの時、俺の体は消えたやんか。霧散して、虚しく薄れたやんか。
両手を開く、指はしっかりと見える。指を動かす、滑らかに動く。硬い爪も、少し節くれだった関節も、てのひらに刻まれた線ですらも明瞭や。
「兄さん?」
ふと鈴之介がふり返った。
かっと真白い光の灯った屋内に反して、宵を背負った鈴之介の姿は薄闇に沈んどった。
「気のせいやろか? いや、ちゃいますね。兄さんが、朱鷺子さんを迎えにきたんかもしれませんね」
自嘲的な笑みを洩らしながら、鈴之介は歩きだした。
「ぼくも兄さんに会いたかったなぁ」
重い足取りに重なった呟きが、風に流された。
朱鷺子さんは、長生きはできんかった。
三十歳を迎えることなく、じふてりやに罹ってしまったからだ。高熱と心臓の苦しさ、それでもなおペンを取っていた。
「朱鷺子さん。もう休みなさい」
朱鷺子さんが亡くなる少し前のことやった。
俺が休むようにと声をかけると、朱鷺子さんは「あと少しね」と返事をする。
俺のことが見えて、聞こえてるんかと思た。
けれどその瞳は俺をとらえてへん。ぼうっとした目つきで、赤らんだ顔でペンを走らせ続けるんや。
あかん、もうやめてくれ。
もうそんなつらい姿を見せんといてくれ。
「螢狩りは綺麗でしたねぇ」
うわ言のように朱鷺子さんが呟く。そのペン先からは、明滅する螢の光が生みだされる。
夏草に覆われた岸にひたひたと寄せる細い川、岸辺に咲く螢袋の花。
きれいな情景が、震える文字で紡がれた。
小さな石の橋の途中で空をあおげば、天の川が見える。朱鷺子さんの隣で、俺は浴衣の袂に手を入れようとしている。そんなシーンやった。
「だめですよ、銀之丈さん。煙草は体に悪いんです」
咳き込みながらも、朱鷺子さんは言葉を洩らした。
原稿用紙のマスからは、文字がはみ出してしもてる。
彼女は登場人物と対話することで、その姿や性格、感情をつくってた。ほんまの命と体を失うまで、朱鷺子さんの創作方法すら知らんかった。
確かに朱鷺子さんは、俺と会話してたんや。
ここにおる俺やのうて、思い出のなかの俺と。
布団に入ろうともせんと、朱鷺子さんは文机に向かう。実際に触れることは叶わんのに。咳きこむ彼女の背を、俺はさすり続けた。
「なんでそこまで無理をするんや。お願いや、体をいたわってくれ」
じふてりやの薬は飲んでる。けど、ろくに飯を食べようともせぇへん。通いの女中が作ってくれた粥も、ほとんど手つかずや。
しかも女中は朱鷺子さんの病気を恐れて、ほとんど彼女に近づかへん。
廊下に置かれた盆を、朱鷺子さんは大儀そうに部屋に入れる。あまりにもしんどそうやから、俺が粥や味噌汁の載った盆を部屋に入れたけど。
熱でぼうっとした朱鷺子さんは、その異常にも気がつかんかった。
「命がないもんは持てるんやな。ほんまに触れたい人には、どうにもならんのに」
もし朱鷺子さんの意識が清明であったなら。「きゃあ、お盆とお粥が宙を飛んでいます」と、大騒ぎやったやろな。
そうやったらよかったのに。
俺は冷めて硬くなってしもた粥を廊下に出しながら、ため息をこぼした。
「朱鷺子さんは、なんで『秋燈し物語』を書いてへんのやろ」
その時の俺は知らんかった。
とうの昔に『秋燈し物語』が打ち切りになっとったことを。朱鷺子さんを応援しとった熱狂的な少女らは、もう大人になってしもた。
時代が変わってもたんや。
それを知ったのは、書棚の雑誌が何年も前の号から増えてなかったからや。
最期の時。朱鷺子さんは文机の前に座っとった。
高熱で顔は真っ赤に染まっている。喉に潰瘍ができているのか、ろくに水を飲むこともできない。
「へいき……へいき、だから」
文机に突っ伏した朱鷺子さんの声は切れ切れだ。あまりにもか細くて、吹く風の音に紛れてしまうほど。
「もう寝てくれ、朱鷺子さん。布団へ運んであげるから」
俺はぐったりとした朱鷺子さんを抱きかかえようとした。けれど、やはり手を触れることはできへん。
指も手首も、彼女の背中を突き抜けてしまう。
初めて出会った時は、足を挫いた朱鷺子さんを軽々と背負うことができたのに。
俺は唇を噛みしめた。強く、強く。
「待っとき。医者を呼んでくる」
薄暗い廊下を俺は走り、光が満ちる玄関へ向かった。三和土に飛び降り、戸に手をかける。
やはり物には触れられる。かららと引き戸は開いた。
この程度の音でも、元気な朱鷺子さんならば「あら、誰かいらしたのかしら」と聞き取れたはずだ。
男物の下駄はあらへんから、素足のまま外へ出る。
午後の太陽はあまりにも眩しくて。目がくらむほどに輝いて、前庭を白く染め上げる。
外に一歩踏み出した時。俺の足が光に消えた。
右足も、次に出した左足も。
嘘やろ。あかん。俺は病院に行かなあかんねん。なんとかして、医者を連れてこなあかんねん。
仄暗い家のなかから、力のない咳が聞こえる。
行くんや、俺は。絶対に。
俺の姿は不鮮明になり、霞のように腕も脚も消えてゆく。
ああ、そうか。この家からは出られへんのか。
朱鷺子さんが生みだしてくれた存在やのに。彼女を助けることすらできへんのや。
踵を返し、玄関へと飛び込む。
三和土に置いてあった洋傘を握り、陶製の傘立てをむやみやたらに叩きつける。
がんがんがん! 激しい音が響く。
かんにんな、朱鷺子さん。やかましい音を聞くのも苦しいやろに、つらいやろに。今の俺には、これしかできへん。
朱鷺子さんに詫びながら、なおも傘立てを叩く。
硬く痛々しい響きが、激しさを増す。
「どないしたんですか! 鏡さん」
隣の家から女性が飛び出してきた。
ああ、よかった。これで気付いてもらえる。医者を呼んでもらえる。
骨の折れた傘を三和土に落として、俺は力なくしゃがみこんだ。
「どうか朱鷺子さんを助けてください」
隣人が俺の横を過ぎていく。上がり框から廊下へ進む女性に、俺は頭を下げた。
「お願いです、どうか」
三和土に両手とひたいをつけて、何度も懇願した。
結局、朱鷺子さんは助からなかった。
教会での葬儀の前。俺は布団に横たえられた朱鷺子さんの側に座っとった。
「朱鷺子さん。もう苦しないか?」
赤みが消えて、朱鷺子さんの肌は白磁のようやった。
長い睫毛と胸のところで組んだ細い指。指にはロザリオが掛けられている。
起きて欲しかった。
あーあ、ほんとうによく眠りました、と呑気な声で欠伸をしてほしかった。
俺はそっと朱鷺子さんに手を伸ばした。
指が、硬くなった彼女の頬に触れる。
ようやく触れたのは、もう朱鷺子さんに命がないからや。
「助けたかった。触れんでもええから、生きててほしかったんや」
朱鷺子さんが生みだしてくれた俺は、彼女の役に立つことができんかった。
「なぁ、空の上にはほんまの俺がおるんかな。朱鷺子さんのことを待っとんかな」
いつしか家のなかが騒々しくなってきた。
朱鷺子さんの親族が、ばたばたと走りまわっている。
そういえばご両親の姿がない。今になって、朱鷺子さんには、すでに家族がおらんことに気づいた。
「そうか。俺は、ほんまもんの銀之丈とちゃうもんな」
一般的な常識があらへん。記憶も穴だらけや。
「知らんかった。朱鷺子さんは、もう何もかもなくしとったんやな」
そのなかのひとつが、熱狂的に支持された『秋燈し物語』や。
次々と弔問客が訪れる。弔いの客は、ほんのいっとき朱鷺子さんの前に座り、彼女の思い出話を同行者と語り合う。
重々しい空気のなかに、静かに泣く夫人らがおった。朱鷺子さんの女学校時代の友人やろか。
ふと、嗅ぎ慣れた香のにおいがした。その奥によく知る膠のにおいが潜んでる。
俺はふり返った。
部屋の入口に、鈴之介が立っとった。
目を真っ赤に充血させ、瞼は腫れている。
鈴之介は俺の隣に正座して、朱鷺子さんに手を合わせた。
「兄さんだけやのうて、どうして朱鷺子さんまで……」
悔しいんです、と続く言葉は鈴之介の口のなかに消えていった。
他の弔問客と違い、鈴之介はいつまでも俺の隣に座っとった。
すべての部屋には煌々と明かりが灯されてる。朱鷺子さんは洗礼を受けとうから、線香はつけられてへん。
白い花がぎょうさん供えられて。甘い匂いに眩暈がしそうや。
鈴之介が立ちあがった。
俺は、せめて弟を見送ろうと玄関へ向かう。
三和土にぎょうさん並んどった靴も、もうほとんどあらへん。
鈴之介は開かれたままの戸から、外へと出た。俺は遅れて、右足を踏みだす。
ここで消えてしまうんも、ええかもしれん。
朱鷺子さんを見送って、鈴之介も見送って。そしたらもう心残りもあらへんし。
「ほな、元気でな。鈴之介」
けど、俺は消えんかった。つっかけを履いた両足は、しっかりと地面についてる。
なんでや。医者を呼びに行こうとしたんは、ほんの半日前のことや。
あの時、俺の体は消えたやんか。霧散して、虚しく薄れたやんか。
両手を開く、指はしっかりと見える。指を動かす、滑らかに動く。硬い爪も、少し節くれだった関節も、てのひらに刻まれた線ですらも明瞭や。
「兄さん?」
ふと鈴之介がふり返った。
かっと真白い光の灯った屋内に反して、宵を背負った鈴之介の姿は薄闇に沈んどった。
「気のせいやろか? いや、ちゃいますね。兄さんが、朱鷺子さんを迎えにきたんかもしれませんね」
自嘲的な笑みを洩らしながら、鈴之介は歩きだした。
「ぼくも兄さんに会いたかったなぁ」
重い足取りに重なった呟きが、風に流された。
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