11 / 17
二章
4、到着
しおりを挟む
新婚旅行で滞在する離宮に馬車がついた。
アレクがわたしの手を取って、ワゴンから下ろしてくれる。
「頭上に注意してください。また頭を打ちますよ」
「また、って。馬車から降りる時には打ったことはないわ」
「はいはい。気をつけましょうね」
確かにちょっと頭が痛いから、今日は後頭部の髪をリボンで結ぶ髪型ではなく、そのまま下ろしているけれど。
「やはり日差しが強いですね。こちらをお使いください」と、お花の刺繍が入った白い日傘をアレクが渡してくれる。
「雨じゃないのに傘をさすの?」
「王都の辺りでは少ないですが。こちらは南方なので、日焼けを防ぐためにも日傘が必要なのだそうです」
そうなのね。
雨を受けるわけではない傘は、ほんのりと光を通している。確かに普段よりも暑いかもしれないわ。
「アレクは日傘を使わないの?」
「私は結構です。似合いませんから」
「まぁまぁ、そう言わずに」
わたしは相合傘になるように、アレクに日傘を差しかけた。当然、身長がぜんぜん違うから、うんと背伸びをしてだけれど。
アレクが遠慮しているわけではないのは分かっているわ。でも普段から日焼けしている褐色の肌のアレクには、白い色がよく似合うから。素敵だと思うの。
「姫さま。お戯れが過ぎますね」
「姫さまなんて呼ばないで」
「いいえ、日傘を引いてくださるまでは『姫さま』とお呼びさせていただきます」
もうっ。わたしがいつまでも姫さまと呼ばれるのが嫌だって分かっているくせに。
そう考えて、はっとした。
わたし達の到着の知らせを受けて、車寄せに使用人たちが集まり始めている。
こんな中で、まるで家のようにアレクにじゃれついていたら……みっともないわ。
大きく深呼吸して、優雅にアレクの手を取る。
少し後ろに傾けて日傘を差しつつ、正面のファサードへ向かう。
小さい頃から礼儀作法を叩きこまれているから、どう振る舞えば王女らしい奥ゆかしさと雅な印象を与えられるかはよく知っている。
胸を少し逸らして顔を上げ、足の運びはつまさきから地面につける。
「お待ちしておりました。遠路はるばる、ようこそおいで下さいました」
「ありがとう。お世話になるわね」
高貴な笑みをたたえるのは、正直顔の筋肉が疲れてしまう。
でもね、離宮の使用人たちが、とても嬉しそうにわたし達を迎えてくれるから。かなり大きな猫をかぶっていないと、ね。
◇◇◇
見事だ。
私は隣をしずしずと進むマルティナさまを見て、呆気にとられた。
外と中ではこうも違うのか、と。
というか、別人でしょうが。あなた。
離宮の使用人たちは、王族を迎えるのは慣れているはずなのに。マルティナさまに微笑まれて、瞳をきらきらさせている。
王女だからか? いや、違う。独身の頃のクリスティアン殿下のお供で、この離宮を訪れた時にも何人かは同じ顔ぶれの使用人がいたが。
そこまで大喜びではなかったぞ。
さすがにマルティナさまも大人になってからは、廊下を走ることはなくなったが。それなりに大きくなってからも、階段を二段飛ばしして駆け下りて足を捻挫したんですよ?
昨夜は新居の図書室で、私か使用人を呼べばいいものを、ご自分で高い位置の書棚の本を取ろうとして。本の雪崩に遭ったのだ。
寝室をそーっと出て、隣室の図書室に入る気配がしたから、すぐに戻ってくるだろうと思ったのだが。
いつまでもベッドの私の隣は、空いたままだった。
しばらくして「うわぁぁぁん」という泣き声と共に、床に散乱した本の中で倒れる姫さまを発見した時は、まず心配すべきなのか叱るべきなのか、相当迷ったんですよ?
「何をなさっておいでだったのですか?」
「……旅行に持っていく本を選んでいたの」
「それは出発の前夜にすることでしょうか?」
冷静な質問が気に食わなかったのだろう。姫さまは涙目のまま口を尖らせて、私を睨みつけた。
ええ、全然怖くありませんね。
「姫さま。お返事を」
オイルランプの仄かな明かりに、深い蒼の瞳が水をたたえた湖のように濡れている。
「だって、さっき思いついたんだもの」
「では私をお呼びくだされば、高い位置の本くらい簡単に取れますよ」
「だって。アレクはもう眠いだろうから申し訳なくて」
散乱した本を片付けながら、涙声で話す姫さま。
駄目ですね。私の眠さなど優先させないでください。私にとっての最重要事項は、マルティナさまが健やかでいらっしゃることなんですよ。
そんな風に思いやりをかけられては、何も言えません。
「あのね、ぬいぐるみのアレクと一緒にこの本もアレクのトランクに入れてもいい?」
「いいですよ」
「えっと二冊なんだけれど」
「しょうがありませんね」
愛読書のロマンス小説を(結婚しているのに恋愛小説が必要なのか、はなはだ疑問なのだが)を、姫さまは私に手渡した。
そして姫さまの頭には、今も打撲の跡が残っている。
御者と和やかに談笑しながら馬車から荷物を下ろすポーター。彼の持つ私の荷物の中に、姫さまの恋愛小説とぬいぐるみが入っているとは想像もしないだろう。
「言えないよなぁ……イメージというものがある」と、私はぼそりと呟いた。
でもまぁ、よそいき顔の姫さまはお綺麗なんだよな。
多分、私もまばゆい目をしていることだろう。
アレクがわたしの手を取って、ワゴンから下ろしてくれる。
「頭上に注意してください。また頭を打ちますよ」
「また、って。馬車から降りる時には打ったことはないわ」
「はいはい。気をつけましょうね」
確かにちょっと頭が痛いから、今日は後頭部の髪をリボンで結ぶ髪型ではなく、そのまま下ろしているけれど。
「やはり日差しが強いですね。こちらをお使いください」と、お花の刺繍が入った白い日傘をアレクが渡してくれる。
「雨じゃないのに傘をさすの?」
「王都の辺りでは少ないですが。こちらは南方なので、日焼けを防ぐためにも日傘が必要なのだそうです」
そうなのね。
雨を受けるわけではない傘は、ほんのりと光を通している。確かに普段よりも暑いかもしれないわ。
「アレクは日傘を使わないの?」
「私は結構です。似合いませんから」
「まぁまぁ、そう言わずに」
わたしは相合傘になるように、アレクに日傘を差しかけた。当然、身長がぜんぜん違うから、うんと背伸びをしてだけれど。
アレクが遠慮しているわけではないのは分かっているわ。でも普段から日焼けしている褐色の肌のアレクには、白い色がよく似合うから。素敵だと思うの。
「姫さま。お戯れが過ぎますね」
「姫さまなんて呼ばないで」
「いいえ、日傘を引いてくださるまでは『姫さま』とお呼びさせていただきます」
もうっ。わたしがいつまでも姫さまと呼ばれるのが嫌だって分かっているくせに。
そう考えて、はっとした。
わたし達の到着の知らせを受けて、車寄せに使用人たちが集まり始めている。
こんな中で、まるで家のようにアレクにじゃれついていたら……みっともないわ。
大きく深呼吸して、優雅にアレクの手を取る。
少し後ろに傾けて日傘を差しつつ、正面のファサードへ向かう。
小さい頃から礼儀作法を叩きこまれているから、どう振る舞えば王女らしい奥ゆかしさと雅な印象を与えられるかはよく知っている。
胸を少し逸らして顔を上げ、足の運びはつまさきから地面につける。
「お待ちしておりました。遠路はるばる、ようこそおいで下さいました」
「ありがとう。お世話になるわね」
高貴な笑みをたたえるのは、正直顔の筋肉が疲れてしまう。
でもね、離宮の使用人たちが、とても嬉しそうにわたし達を迎えてくれるから。かなり大きな猫をかぶっていないと、ね。
◇◇◇
見事だ。
私は隣をしずしずと進むマルティナさまを見て、呆気にとられた。
外と中ではこうも違うのか、と。
というか、別人でしょうが。あなた。
離宮の使用人たちは、王族を迎えるのは慣れているはずなのに。マルティナさまに微笑まれて、瞳をきらきらさせている。
王女だからか? いや、違う。独身の頃のクリスティアン殿下のお供で、この離宮を訪れた時にも何人かは同じ顔ぶれの使用人がいたが。
そこまで大喜びではなかったぞ。
さすがにマルティナさまも大人になってからは、廊下を走ることはなくなったが。それなりに大きくなってからも、階段を二段飛ばしして駆け下りて足を捻挫したんですよ?
昨夜は新居の図書室で、私か使用人を呼べばいいものを、ご自分で高い位置の書棚の本を取ろうとして。本の雪崩に遭ったのだ。
寝室をそーっと出て、隣室の図書室に入る気配がしたから、すぐに戻ってくるだろうと思ったのだが。
いつまでもベッドの私の隣は、空いたままだった。
しばらくして「うわぁぁぁん」という泣き声と共に、床に散乱した本の中で倒れる姫さまを発見した時は、まず心配すべきなのか叱るべきなのか、相当迷ったんですよ?
「何をなさっておいでだったのですか?」
「……旅行に持っていく本を選んでいたの」
「それは出発の前夜にすることでしょうか?」
冷静な質問が気に食わなかったのだろう。姫さまは涙目のまま口を尖らせて、私を睨みつけた。
ええ、全然怖くありませんね。
「姫さま。お返事を」
オイルランプの仄かな明かりに、深い蒼の瞳が水をたたえた湖のように濡れている。
「だって、さっき思いついたんだもの」
「では私をお呼びくだされば、高い位置の本くらい簡単に取れますよ」
「だって。アレクはもう眠いだろうから申し訳なくて」
散乱した本を片付けながら、涙声で話す姫さま。
駄目ですね。私の眠さなど優先させないでください。私にとっての最重要事項は、マルティナさまが健やかでいらっしゃることなんですよ。
そんな風に思いやりをかけられては、何も言えません。
「あのね、ぬいぐるみのアレクと一緒にこの本もアレクのトランクに入れてもいい?」
「いいですよ」
「えっと二冊なんだけれど」
「しょうがありませんね」
愛読書のロマンス小説を(結婚しているのに恋愛小説が必要なのか、はなはだ疑問なのだが)を、姫さまは私に手渡した。
そして姫さまの頭には、今も打撲の跡が残っている。
御者と和やかに談笑しながら馬車から荷物を下ろすポーター。彼の持つ私の荷物の中に、姫さまの恋愛小説とぬいぐるみが入っているとは想像もしないだろう。
「言えないよなぁ……イメージというものがある」と、私はぼそりと呟いた。
でもまぁ、よそいき顔の姫さまはお綺麗なんだよな。
多分、私もまばゆい目をしていることだろう。
0
お気に入りに追加
272
あなたにおすすめの小説
【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件
三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。
※アルファポリスのみの公開です。
わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑
岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。
もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。
本編終了しました。
大好きだけど、結婚はできません!〜強面彼氏に強引に溺愛されて、困っています〜
楠結衣
恋愛
冷たい川に落ちてしまったリス獣人のミーナは、薄れゆく意識の中、水中を飛ぶような速さで泳いできた一人の青年に助け出される。
ミーナを助けてくれた鍛冶屋のリュークは、鋭く睨むワイルドな人で。思わず身をすくませたけど、見た目と違って優しいリュークに次第に心惹かれていく。
さらに結婚を前提の告白をされてしまうのだけど、リュークの夢は故郷で鍛冶屋をひらくことだと告げられて。
(リュークのことは好きだけど、彼が住むのは北にある氷の国。寒すぎると冬眠してしまう私には無理!)
と断ったのに、なぜか諦めないリュークと期限付きでお試しの恋人に?!
「泊まっていい?」
「今日、泊まってけ」
「俺の故郷で結婚してほしい!」
あまく溺愛してくるリュークに、ミーナの好きの気持ちは加速していく。
やっぱり、氷の国に一緒に行きたい!寒さに慣れると決意したミーナはある行動に出る……。
ミーナの一途な想いの行方は?二人の恋の結末は?!
健気でかわいいリス獣人と、見た目が怖いのに甘々なペンギン獣人の恋物語。
一途で溺愛なハッピーエンドストーリーです。
*小説家になろう様でも掲載しています
泣き虫令嬢は自称商人(本当は公爵)に愛される
琴葉悠
恋愛
エステル・アッシュベリーは泣き虫令嬢と一部から呼ばれていた。
そんな彼女に婚約者がいた。
彼女は婚約者が熱を出して寝込んでいると聞き、彼の屋敷に見舞いにいった時、彼と幼なじみの令嬢との不貞行為を目撃してしまう。
エステルは見舞い品を投げつけて、馬車にも乗らずに泣きながら夜道を走った。
冷静になった途端、ごろつきに囲まれるが謎の商人に助けられ──
外では氷の騎士なんて呼ばれてる旦那様に今日も溺愛されてます
刻芦葉
恋愛
王国に仕える近衛騎士ユリウスは一切笑顔を見せないことから氷の騎士と呼ばれていた。ただそんな氷の騎士様だけど私の前だけは優しい笑顔を見せてくれる。今日も私は不器用だけど格好いい旦那様に溺愛されています。
花の国の女王様は、『竜の子』な義弟に恋してる ~小さな思いが実るまでの八年間~
杵島 灯
恋愛
子どもの頃に義弟を好きになったお姫様(後に女王様)の想いが実り、幸せになるまでの物語。
----------
花が咲き誇る小さな国の王女・ジゼルには、十四歳になったある日、弟ができた。
彼の名はライナー、年は十歳。
弟といっても彼は隣の帝国へ嫁いだ叔母の息子、つまり本来はジゼルの従弟だ。
今は亡き叔母と過去に話をしていたジゼルは、ライナーが自分の義弟になったいきさつを理解した。――理解できたはずだ。おそらく。
「安心して、ライナー。これからは私があなたを守ってあげるから」
こうして可愛い義弟と楽しい日々を過ごすジゼルだったが、ある日ライナーに好きな人がいるらしいことを聞いてしまう。
ショックを受けるジゼルは自身がライナーが好きなのだと自覚したが、この恋は実らないものだ。諦めるためにライナーから距離を取り、更には自身の婚約者候補まで探し始めるジゼルは……。
----------
※他サイトでも掲載しております。
表紙イラスト&タイトルロゴ:むなかたきえ様(@kkkie_m)
冷酷非情の雷帝に嫁ぎます~妹の身代わりとして婚約者を押し付けられましたが、実は優しい男でした~
平山和人
恋愛
伯爵令嬢のフィーナは落ちこぼれと蔑まれながらも、希望だった魔法学校で奨学生として入学することができた。
ある日、妹のノエルが雷帝と恐れられるライトニング侯爵と婚約することになった。
ライトニング侯爵と結ばれたくないノエルは父に頼み、身代わりとしてフィーナを差し出すことにする。
保身第一な父、ワガママな妹と縁を切りたかったフィーナはこれを了承し、婚約者のもとへと嫁ぐ。
周りから恐れられているライトニング侯爵をフィーナは怖がらず、普通に妻として接する。
そんなフィーナの献身に始めは心を閉ざしていたライトニング侯爵は心を開いていく。
そしていつの間にか二人はラブラブになり、子宝にも恵まれ、ますます幸せになるのだった。
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる